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「飯田商店」初の公認独立店が青梅でラーメンを作る理由

井手隊長ラーメンライター/ミュージシャン
「Ramen FeeL」のわんたん入り醤油らぁ麺

青梅市梅郷。

JR日向和田駅から多摩川を渡って吉野街道へ行くと、梅を栽培する農家がたくさんあり「吉野梅郷」と呼ばれるエリアになる。「梅の公園」はかつては約1700本もの梅が咲く関東屈指の名所だったが、2014年、ウメ輪紋ウイルスに感染し全伐採されてしまった。2016年より再植樹が開始され、2019年までには約1200本が植えられ、以前の絶景を取り戻すべく、復活にむけ一歩ずつ歩んでいる。

JR日向和田駅
JR日向和田駅

梅の影響もあり、以前に比べて観光客が減りつつあるこの地域に、連日大行列を作るラーメン店が今年2月にオープンした。「Ramen FeeL」である。

2月28日の開店初日から整理券(FeeL Fastpass)を発行し、朝9時には120杯分の整理券が完売という人気ぶり。深夜から並ぶファンも現れた。

Ramen FeeL
Ramen FeeL

このお店は「らぁ麺 飯田商店」初の公認独立店。

「飯田商店」は神奈川県南西部にある湯河原温泉にある超人気店。2010年のオープン以来その人気はとどまるところを知らず、「食べログ」では3.99点という高得点で全国2位、日本全国のラーメン情報をレビューやランキングで紹介している「ラーメンデータベース」では99.747点で全国2位(いずれも2021年4月10日現在)となっている。店主の飯田将太さんの食材に対する想い、たゆまぬ探究心や向上心が店作りのすべてに表れており、全国に多数のファンがいる。「飯田商店」のラーメンを食べるために湯河原を訪れ、温泉に泊まり観光して帰るファンも多数現れ、湯河原の街をも盛り上げている名店だ。

「Ramen FeeL」はそんな「飯田商店」出身者の独立店とあって、オープンから注目が集まったのだ。

わんたん入り醤油らぁ麺
わんたん入り醤油らぁ麺

こちらは「わんたん入り醤油らぁ麺」

3種類のチャーシューにわんたん、太めのメンマ、春菊、三つ葉が乗る。麺はしなやかな自家製麺だ。

醤油の香りが高く、じっくり炊いた鶏・豚のスープがじんわりととても美味しい。

店主の渡邊大介さんは埼玉県入間市の出身。幼い頃から自然に囲まれて生きてきた。

学生時代からバンドでドラムをやっていて、音楽でプロになろうと高校卒業後アメリカへ。3年間武者修行をした。

帰国後、ドラムの仕事をしながら、東京の人気ラーメン店でアルバイトを始めた。

「お客さんが目の前で美味しそうにラーメンを食べている姿を見て、幸せだなぁと思ったんです。その頃からラーメン屋さんっていい仕事だなと思うようになりました」(渡邊さん)

その後入ったお店では手腕を買われ、社員に登用された。この頃から渡邊さんの中で、いつか独立して自分の店をやりたいという夢が少しずつ湧いてきていた。

その頃、2015年のラーメンイベント「大つけ麺博」「飯田商店」が出店するというニュースが入った。湯河原の人気店の初出店とあり、大変な話題となっていて、渡邊さんも注目をしていた。

案の定大行列を作り、厨房は火の車状態。「飯田商店」のTwitterには「ヘルプ募集」の投稿が上がっていた。

その投稿を見た渡邊さんは、飯田さんの仕事を横で見られるチャンスとヘルプに応募をし、働くことになった。

いざ「大つけ麺博」の厨房に入ると、その本気の仕事ぶりに驚きの連続だったという。

「親方(飯田さん)に寸胴の洗い方を怒られたんです。『そんな洗い方をしてたら寸胴がダメになるだろ!』と。

ラーメン作りだけではなく、そこにもちゃんと“仕事”があるんだと感動してしまったんです。ここで本気で働きたいとすぐに思いました」(渡邊さん)

その1ヶ月後、飯田さんに弟子入りを懇願。いつか独立を目指していることも伝え、12月から湯河原のお店で働き始めることになった。

朝から晩まで必死で働いた。当時から大人気だったので、店の前の行列の対応と掃除で1日が終わった。1日4時間掃除をしていたという。ただ、ラーメンに向き合う飯田さんを横で見ているだけでとても勉強になった。

「美味しいラーメンを作らなければという責任感がビシビシ伝わってくるんです。開店の1分、2分前までラーメンを少しでも美味しくしようと試行錯誤していました。来てくださるお客さんの熱もハンパではないですから。

全国からラーメン一杯のために人を引き寄せる力って本当に凄いなと思って見ていました」(渡邊さん)

だんだんと信頼を得ながら仕事をひとつずつ覚えていく渡邊さん。「飯田商店」の人気や評価が上がっていくにつれ、渡邊さんの技術も上がっていった。そしていつの日か飯田さんの右腕的な存在に成長していた。

2019年夏、「飯田商店」はラーメンをリニューアルし、ららぽーと沼津に初めての支店をオープンすることになった。それにあたり従業員も追加で採用し、「飯田商店」としては会社が成長する時期となった。

渡邊さんは自分の独立のことを考えても、そして「飯田商店」のこれからを考えてもどこかで区切りを付けないといけないと思い、飯田さんに卒業の相談をした。相談の末、翌年3月の「飯田商店」10周年まで働き、卒業することが決まった。

卒業を控え、独立に向けて動き出す渡邊さんに、飯田さんはラーメン作りを今まで以上に細かく教えてくれるようになった。

「鶏油を『嗅いでみろ』と、いい状態というのはどういうことかを教えてくれました。その後味見をさせてもらい、感覚を体に身につけさせていただきました。親方の魂ともいうべき麺作りも教えていただけるようになりました」(渡邊さん)

こうして渡邊さんは2020年3月で「飯田商店」を卒業した。

新型コロナウイルスの影響ですぐに独立するのは賢明ではないと、渡邊さんは様々なお店で勉強を続けた。担々麺店やイタリアンをはじめ、新店の立ち上げなどにも携わり、1年間でたくさんの経験をした。

いよいよ独立ということになり、場所は青梅に決めた。都心ではなく、決してアクセスのいい場所ではない。

多摩川の雄大な流れは絶景だ
多摩川の雄大な流れは絶景だ

「都心からは離れた場所で、心を落ち着けてラーメンを食べていただきたいという思いがありました。ラーメンを食べに行くまでのワクワク感も『飯田商店』に来てくださるお客さんから感じていましたし、そういうものを目指しました。ラーメン食べただけで終わらず、青梅や奥多摩を楽しんで帰っていただきたいと思っています」(渡邊さん)

「FeeL」は「想い」という意味。自分の想いだけではなく、生産者の想いも届ける
「FeeL」は「想い」という意味。自分の想いだけではなく、生産者の想いも届ける

王道の豚と鶏のスープをベースに牛すじも加え、修行時代のアイデアを具現化してラーメンを完成させた。塩ラーメンには干し海老、貝柱を合わせた。飯田さんから譲り受けた製麺機でしなやかな自家製麺を作り上げた。麺箱も「飯田商店」のものだ。

店名の「FeeL」「想い」という意味。自分たちの「想い」と生産者の「想い」をお客様に「感じて」もらうという意味を込めている。食材の生産者の想いを自分のラーメンを通じて届けることを大事にしている。

「オープンから1ヶ月経ちましたが、まだ“基本探し”をしています。自分がこうしたいと思ったことをすぐトライできる楽しさを感じながら、日々ラーメンを美味しくしようと精進しています」(渡邊さん)

整理券は平日は14時頃、休日は10時頃に完売する
整理券は平日は14時頃、休日は10時頃に完売する

オープン当時は一日120杯だったものを今は90杯に抑え、よりラーメン作りに集中できる環境にしている。整理券は朝7時から1時間ごとに配布して、平日は14時頃、休日は10時頃に完売する人気ぶりだ。

「飯田商店」出身、そして遠方ということもあり、お客さんの食べる前のハードルは物凄く上がっている。そのプレッシャーと闘いながら毎日ラーメンに向き合う渡邊さん。はじめは行列を警戒していた地元のお客さんも最近はだんだん増えてきた。

「うちのラーメンをきっかけに、青梅に遊びに来てくれる人が増えたらとても嬉しいです。今出せる自分のすべてをこのラーメンに込めています。遠くまで来ていただいたからには最大限喜んでいただけるように努力していきます」(渡邊さん)

「飯田商店」イズムを受け継ぎながら、自分としっかり向き合って作った本気の一杯。これからが本当に楽しみなお店である。

※写真はすべて筆者による撮影

ラーメンライター/ミュージシャン

全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター。東洋経済オンライン、AERA dot.など連載のほか、テレビ番組出演・監修、コンテスト審査員、イベントMCなどで活躍中。 自身のインターネット番組、ブログ、Twitter、Facebookなどでも定期的にラーメン情報を発信。ミュージシャンとして、サザンオールスターズのトリビュートバンド「井手隊長バンド」や、昭和歌謡・オールディーズユニット「フカイデカフェ」でも活動。本の要約サービス フライヤー 執行役員、「読者が選ぶビジネス書グランプリ」事務局長も務める。

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