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「牛乳1リットル300円」でもカナダ人が文句を言わない理由〜消費者意識の国際比較と日本の課題

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
A sign promoting Canadian milk in Canada(写真:ロイター/アフロ)

普段、筆者が買っている牛乳は低温殺菌牛乳で、200円台。一方、カナダの消費者は、1リットル300円で地元産の牛乳を買っている。日本より高いが、価格に対して不満を持っていない。アメリカ産を買えばもっと安いのに、なぜカナダ人はあえて高い牛乳を買うのか。そこには日本と先進諸外国における消費者意識の差があるようだ。

314名アンケート結果と日本の消費者意識

先日、Twitterでアンケートをおこなった。きゅうり1本が必要な時に、近くで採れた1本80円を選ぶか、遠くで採れた3本120円を選ぶか、どちらですか?というものです。314名の方が回答し、結果は、近くで採れたものを選ぶ人が68.5%、遠くで採れたものを選ぶ人が31.5%だった。

1本80円 近くで採れたきゅうりを買う     68.5%

3本120円 遠くの県で採れたきゅうりを買う 31.5%

今回、きゅうりを選んだのは、中学校の家庭科の教科書(東京書籍)に載っている質問が「きゅうり」だったから。食材の選び方、買い方を学ぶ項目のところに掲載されている。

この質問には、次の3つ以上の要素が含まれている。

  • 生産地として地元に近いところを選ぶか選ばないか
  • 1本だけ必要なときに、1本買うか、3本まとめ売りで買うか
  • 1本80円を選ぶか、1本あたり40円(3本120円)を選ぶか

結果として、地元のものを選ぶ人が68%だったが、1本あたりの価格が安い、遠くで採れたものを選ぶ人も31%いた。

家庭科の教育内容を見てみると、消費者の姿勢として、

  • 無理のない範囲で地元産を選ぶ
  • 必要な分量だけ、使い切れる分だけ買う
  • 見かけの安さだけで選ばない

ということが求められている。ちなみに中学校の家庭科の教科書では「曲がったきゅうり」「まっすぐな形のきゅうり」のどちらを選ぶか、という要素も含まれていた。

食の安さを重視する日本

食において、他の国々と比べて、日本は「安さ」を重視する傾向がある。2022年2月9日付の日本農業新聞(1)によれば、日頃、節約を意識している人は88%で、買い物場所で重視することのトップは「野菜・生鮮品の価格が安い」「日用品の価格が安い」で、ともに60%という結果だった(日本生協連調査、2021年11月30日から12月6日、有効回答数4,479件)。

価格が安いことを重視する背景には、日本の平均賃金の低さもある。2022年4月20日付幻冬舎GLOD ONLINEの記事(2)には、日本の賃金水準の安さが書かれている。たとえばOECD(経済協力開発機構)のデータでは、2020年の韓国の年間賃金は4万1960ドルなのに対し、日本の平均賃金は3万8515ドルとなっている。

なぜカナダの消費者は1リットル300円の牛乳に不満を持たないのか

しかし、日本人のお財布事情だけが安さを重視する理由ではない。環境や人権などに配慮された商品のコストを消費者が負担するという意識が低いことも要因として考えられる。

東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、著書『農業消滅』(平凡社新書)(3)で、カナダの牛乳は1リットルあたり約300円で、日本より大幅に高いものの、消費者はそれに不満を持っていないと述べている。

鈴木先生の研究室で学生が実施したアンケートによれば、カナダの消費者から「米国産の遺伝子組み換え(GM )成長ホルモン入り牛乳は不安だから、カナダ産を支えたい」という趣旨の回答が寄せられていたとのこと。地元産を支えたいという思いがそこにある。

鈴木先生は

農家・メーカー・小売のそれぞれの段階で十分な利益を得た上で、消費者も十分に納得がいくなら、値段が高くて困るどころか、これこそが皆が幸せになれる持続的なシステムではないか

と話している。

ただ、その背景にはカナダの平均賃金の高さもあるだろう。前述のOECD(経済協力開発機構)のデータを調べてみると、2020年のカナダの年間賃金は5万5300ドルなのに対し、日本の平均賃金は3万8515ドルと、日本より1.4倍高い。

生産者を支えようという姿勢は、カナダ以外の国でも事例がある。先日、帯の文章を依頼されて書いた書籍が『持続可能な酪農 SDGsへの貢献』(中央法規)(4)。この本で、法政大学経営学部教授の木村純子先生が事例として述べているのがドイツの事例だ。ドイツの住民は、地元の農家が作ったリンゴジュースを積極的に買う。その理由は「地元農家を支えるため」。地元農家を支えることで、村の美しい景観が荒れてしまうことを防ごうとしているのだ。やはり、ここでも「農家を支えたい」という消費者意識がみられる。

2019年にスウェーデンを取材した時にも同様のことがあった。取材に同行してくださったワンプラネット・カフェのペオ・エクベリさんによれば、スーパーに並んでいる地元産の食品のほとんどに、フェアトレードなどの認証マークがついている。ペオさんは、多少、価格が高くても、消費者は、環境や人権に配慮された食品を選ぶと話していた。地元スーパーでは売ることのできない食材を仕入れているホテル・レストラン「Stelor」もあり、ご夫婦で経営していて、とても魅力的なところだった(5)。

スウェーデンのStelor(ペオ・エクベリ氏撮影)
スウェーデンのStelor(ペオ・エクベリ氏撮影)

日本と海外の消費者意識の違いはなぜ生まれるのか

なぜ、日本と海外では、このような消費者意識の違いが生まれるのだろうか。少し本題から外れるが、「日本社会における民主主義への誤解」が背景にあるかもしれない。自分の権利だけを主張し、責任は回避する、という姿勢。このことを、明治学院大学経済学部教授の神門善久(ごうど・よしひさ)氏は著書『日本農業への正しい絶望法』(6)で次のように指摘している。

民主主義には二つの基本要素がある。ひとつは、私権の主張で、市民が自己の利益を主張することだ。もうひとつは市民参加といって、市民が行政の一端を担う責務を負うというものだ。(中略)市民の行政参加については、日本はまったく遅れている。そもそも、私権の主張と民主主義を混同している場合も少なくないと思われる。(中略)日本は、本格的に民主主義を導入してから、たかだか六十年程度の歴史しかない。しかも、民主主義を自ら開発したのではなく、基本的には欧米の模倣だ。私権の主張という模倣しやすい部分のみを模倣し、市民の行政参加という模倣しにくい部分をさぼってしまったとみることができる。

日本では、1982年に国際消費者機構が提唱した「消費者の8つの権利と5つの責務」(7)についても認識されていないと考える。権利を主張する人は多いが、消費者には次のような責任もある。これは、日本の中学校の家庭科の教科書にも載っている。

批判的意識 (Critical Awareness):商品やサービスの用途、価格、質に対し、敏感で問題意識をもつ消費者になるという責任

自己主張と行動(Action)自己主張し、公正な取引を得られるように行動する責任

社会的関心(Social Concern)自らの消費生活が他者に与える影響、とりわけ弱者に及ぼす影響を自覚する責任

環境への自覚(Environmental Awareness)自らの消費行動が環境に及ぼす影響を理解する責任

連帯(Solidarity) 消費者の利益を擁護し、促進するため、消費者として団結し、連帯する責任

どうすれば日本の健全な消費者意識は育つのか

では、どうすれば日本の消費者意識に「責任」の概念を育むことができるだろうか。

1つには「買い物は投票」ということを認識して、日々の買い物をすることだ。自分が買うもの、買う店、選ぶ商品が、自分だけではなく、社会にも影響を与えるものであることを理解して行動を変えること。それは、その店や商品、企業が未来へ残っていくべきかどうかを消費者が決めることを意味する。たくさん買われるものは次世代に残り、そうでないものは廃れていく。このことを、グランドフードホールを経営する岩城紀子さんが著書『裏を見て「おいしい」を買う習慣』(8)でご自身の体験もふまえて指摘している。

もう1つには、岩城さんが著書でおっしゃっていた「バイイング・フロム・アルチザン」(職人からものを買え)(9)を心がけることだ。ヨーロッパから日本へ視察しに来た人が、「日本は不思議な国ね」と岩城さんに話した。「何万円、何十万円もするバッグを持っているのに、食べ物は安い店で買う」。お金はあるのに、心身の健康をつくる基本である食べ物にお金をかけていない、と。

神門善久氏は著書『日本の食と農 危機の本質』(10)で次のように主張している。

「消費者は生産者の顔が見える関係を求めている」という類の論調が氾濫しているが、ほんとうだろうか?八百屋・魚屋での購入を拒否し、スーパーマーケット、さらにはコンビニへと、より手軽な食材調達に走ったのは消費者自身である。かつての八百屋や魚屋は、単に食材を売る場所ではなかった。食材の産地や調理の仕方はもちろん、献立の相談にいたるまで、濃密な情報交換があった。消費者自身が、セルフサービスの気楽さ利便さを求めて、対面販売の八百屋や魚屋から去っていったのである。

消費者が選ぶものが残り、選ばないものは社会から消えていく。だからこそ、消費者には「未来に残すべき」ものを残していく責任があるのだ。

自分のことだけを考えるのではなく、自分が毎日食べている食べ物は、誰のおかげでいただくことができているのかを知り、心に留め、感謝する。食べ物に適切な価格を支払うことが、食べ物に関わる人の生活を支え、持続可能な社会を作っていくのではないだろうか。

*この記事は、ニュースレター『カナダ人が「牛乳1リットル300円」を納得して買う理由 パル通信(42)』を編集、追記しました。

1)「野菜・生鮮品安さ重視」6割 強い節約志向の消費者 生協組合員に買い物場所アンケート」日本農業新聞9面、2022/2/9

2)『「ビッグマック指数」中国、韓国に抜かれた!安すぎる日本の悲鳴』幻冬舎GLOD ONLINE、2022/4/20

3)『農業消滅』鈴木宣弘、平凡社新書

4)『持続可能な酪農 SDGsへの貢献』編著 木村純子、中村丁次、企画編集 一般社団法人Jミルク、中央法規

5)スウェーデンで大手スーパーからの食品ロスを活用するホテル&レストラン:SDGs世界レポ(25)(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2020/6/18)

6)『日本農業への正しい絶望法』神門善久、新潮新書

7)ながさき消費生活館「消費者の権利と責任」

8)『裏を見て「おいしい」を買う習慣』(岩城紀子、主婦の友社)

9)WHY BUYING ARTISAN PRODUCTS IS THE BEST THING, La Fuente Imports, July 30, 2019

10)『日本の食と農 危機の本質』神門善久、NTT出版

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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