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ロシアのウクライナ侵攻がSDGsを後退させる 世界の食料にもたらす影響

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:イメージマート)

「ロシアがウクライナに軍事侵攻」のニュースが日々報じられている。今回の軍事侵攻をSDGsのゴールに照らし合わせ、戦争はいかに社会を後退させるかということについて考えてみたい。

ロシアがSDGsで破っていること

SDGsのゴール、17のうち、16番目は「平和と公正をすべての人に」だ。

持続可能な開発のために、平和で包括的な社会を促進し、すべての人に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルで、効果的で説明責任を果たす、包括的な制度を構築する。

国連広報センター公式サイトより
国連広報センター公式サイトより

17のゴールの下には169のターゲットが設定されている。16番のゴールのターゲット1(16.1)は次の通り。

「あらゆる場所での暴力を減らす」あらゆる場所において、すべての形態の暴力、および、暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる(SDGsターゲットファインダーによる翻訳)

今回の、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、このSDGs16で約束した内容に反することだ。

食料は十分なのに飢餓が起こる理由

国連広報センター公式サイトより
国連広報センター公式サイトより

SDGsの1では「貧困ゼロ」を目指している。日本語訳では「貧困をなくそう」だが、英語の原文では「貧困を終わらせる」(End poverty)と書いており、より強い表現だ。

貧困人口は、徐々に減ってきていたはずだが、コロナ禍になり、数十年ぶりに増えてしまった。2020年には億単位で増えている。

国連広報センター所長の根本かおるさんは、2022年2月16日付の朝日新聞の記事(1)で、

「2020年には億単位の人が新たに極度の貧困に陥り、貧困人口が数十年ぶりに増えてしまいました。数十年間にわたる貧困撲滅のための努力が、帳消しになった」

と語っている。数十年にわたって、関係者が貧困撲滅に尽力してきたのが、すべて「無」になってしまった、そんな徒労感が伝わってくる。少しずつ前進してきたのが、巻き戻しになってしまった。

貧困が増えれば、当然、飢餓も増える。地球上に、78億人分の食料は十分ある。でも、お金がなければ食料を入手することができない。結果として、飢餓が生まれる。SDGsの2番のゴールである「飢餓をゼロに」(飢餓を終わらせる)の到達も遠のいてしまう。前述の根本かおるさんは、ポッドキャストで、飢餓のことを「静かな津波」と語っている。コロナ禍で、飢餓人口は1億数百万人レベルで増えてしまった。

コロナ禍で、貧困や飢餓の撲滅が遠のいた。今回のロシアによる軍事侵攻は、そこに輪をかけて、社会の平穏を失わせ、進歩を後退させてしまっている。

戦争はSDGsのすべてのゴール到達を巻き戻す

筆者がテーマとする「食品ロス」は、SDGsの17のゴールすべてに関与している。中でも12番の「つくる責任 つかう責任」は最も関係しており、ターゲット3(12.3)では「2030年までに世界の小売・消費レベルの食料廃棄を半減させる」と、具体的な数値目標が掲げられている。

ただ、残念ながら、このゴールも遠のくだろう。ウクライナ国内の食品事業者の営業がストップし、在庫もとどまり、食料がだめになってしまう。食料を消費するはずの消費者(国民)は、すでに100万人以上が隣国であるポーランドやルーマニアなどに退避していると報じられている。EUの執行機関・欧州委員会は、2月27日、ウクライナからEUに逃れる避難民は、人口の約15%に相当する700万人まで増える恐れがあるとの推計を示している(2022年2月28日付、読売新聞)(2)。

ロシアのウクライナ侵攻は、世界のエネルギー市場を不安定にしているが、次は世界の食料に影響を及ぼす可能性があると指摘する報道がある。ロシアとウクライナは小麦の輸出国だ。他にもトウモロコシや植物油を供給している。今回の紛争により、食料価格が上昇し、飢餓が増える可能性を専門家が指摘している(3)。

国連世界食糧計画(WFP)の上級広報官であるスティーブ・タラヴェラ(Steve Taravella)氏は、

「世界が維持できない時期に、またひとつ紛争が表面化した」

「世界的に飢餓率は著しく上昇しており、飢餓の最大の要因のひとつは人為的な紛争です」

と述べている(3)。

ロシアの軍事侵攻により、ウクライナは食料の安全保障が実現できない。キエフのスーパーの棚は空になってしまっていると報じられている。

拙著『食料危機』(4)を書くにあたって、当時、FAO(国連食糧農業機関)駐日連絡事務所長だった、チャールズ・ボリコさんにインタビューした。その際、ボリコさんは、こう語っていた。

飢餓の主な原因は貧困です。食料を購入する経済力がなければ飢餓から抜け出すことはできません。そのため、FAOは貧困と飢餓を常に一緒に扱います。研究成果や最新の報告書から、人々が飢餓状態を維持し食料不安に陥る三つの要素がわかってきました。一つ目は紛争です。紛争が起きれば、食べ物を入手しに行くことができません。道路が封鎖されたり戦闘機が飛来したりして食料が手に入らなくなることもあります。(後略)

プーチン大統領やその側近は、「攻撃しているのはウクライナの軍事施設であり、市民ではない」という趣旨を語っていた。が、実際には、集合住宅にミサイルが打ち込まれ、子どもを含む市民が命を失われている。なんの罪もないウクライナの人々を、飢餓や食料不安に陥らせているのだ。

さらに、これまで述べてきたSDGsの16、1、2、12などのゴールの到達がおびやかされている。でも、それだけではない。3番の「すべての人に健康と福祉を」、4番の「質の高い教育をみんなに」など、どのゴールも、巻き戻しが予想される。

ロシアは、国連の常任理事国だ。(国連の常任理事国5カ国=フランス、イギリス、米国、ロシア連邦、中国)ロシアのSDGs世界ランキングを見てみると、決して高くはない。

2020年に57位、2021年には46位(5)。本来なら、世界を牽引する役割を持つ常任理事国のはずだ。

SDGs世界ランキング2021。ロシアは46位(SDGs Report 2021)
SDGs世界ランキング2021。ロシアは46位(SDGs Report 2021)

2015年9月の国連サミットでSDGsが採択された時には、当然、ロシアも賛同している。でも、今回のような現状になってしまっているということは、おそらく、ロシア(のトップ)は、心の底からSDGsの達成を願ったわけではなかったのだろう。

直ちに軍事侵攻をやめなければならない

SDGsは、バックキャスティングで目標が定められている。日本のように、「今がこうだから、目標はこの程度かな」というフォーキャスティング(ある意味、弱腰)ではなく、野心的なのだ。「これはちょっと難しいんじゃないか」という内容が掲げられている。「貧困ゼロ」「飢餓ゼロ」は、わたしたちの夢や希望。だから、2030年までに到達するのは難しいかもしれない。それでも、ここから遠ざかるのではなく、少しでも近づけていくことが、国連サミットで採択した私たちの責任だ。

2022年3月1日夜、熊本市の熊本城天守閣が、ウクライナ国旗の色にライトアップされた。ロシアによる、ウクライナへの軍事侵攻による犠牲者への哀悼と反戦の意を表している。

私たちにできることは、声をあげること。

必要な組織に寄付すること。

筆者が出演した映画『もったいないキッチン』(6)をプロデュースした、ユナイテッドピープル代表取締役の関根健次さんは、寄付先として国際協力機関を勧めている。

罪なき人の命が奪われることのないように。

子どもたちが落ち着いた心で、十分に食べることができるように。

平和的解決を心より願っている。

*本記事は、ニュースレター「パル通信」37号を編集したものです。

参考情報

1)コロナのインパクト「ものすごい逆風」 折り返しのSDGs 国連広報センター所長 根本かおるさんに聞いた(朝日新聞、2022/2/16)

2)EUへの避難民すでに30万人超、700万人まで膨らむ恐れ…市街戦で民間人犠牲も増加(読売新聞、2022/2/28)

3)What the Russian invasion of Ukraine could mean for global hunger(Vox, 2022/2/27)

4)『食料危機 パンデミック、バッタ、食品ロス』井出留美、PHP新書

5)Sustainable Development Report 2021 Rankings

6)映画『もったいないキッチン』

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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