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結局、東京五輪の食品ロスはどうだったのか?弁当13万食1億1600万円分以外には?

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:ロイター/アフロ)

東京五輪が幕を閉じ、人々の記憶の中でもすでに過去のことになっていると思う。だが、今回の東京五輪で「レガシー(遺産)にする」はずだった食品ロスの計測結果は、オリンピック閉幕から3ヶ月以上経つ今も公表されていない。

農林水産省の回答は

事業系の食品ロスを所轄している農林水産省に尋ねたところ、次の回答だった。

オリンピック・パラリンピックの食品ロス削減の取組については、組織委員会において、持続可能性に配慮した運営計画(飲食提供対象者数等の考慮、ポーションコントロール、廃棄物の計量と見える化の実施状況等により評価することを計画)の結果をとりまとめた持続可能性大会報告書を作成し、年度末に公表予定とのことです。

「年度末」とは2022年3月のことなので、まだ何ヶ月も先の話だ。

TBS「報道特集」の回答は

東京五輪でボランティア向け弁当が廃棄されていることを最初にスクープしたのはTBS「報道特集」だった。42会場のうちの20会場で、ボランティア向けの弁当が13万食、1億1600万円分が処分されていることをつきとめた。だが、これはすべての会場のうち、半分以下に過ぎない。なぜ全部がわからないのかと問うと、番組関係者は、「20会場分は一社が担当していたが、ほかの22会場はバラバラで複数の会社が担当していたため、事実がわからない」とのことだった。

番組では、2021年の7月、8月、9月の合計3回特集され、筆者も9月に出演した。最初のスクープ以降、五輪関係者にも緘口令が敷かれたようで、ますます現状把握が難しくなった、という。選手村のビュフェでは食品ロス量が計測されているとの話だったが、深く調べていくと、どうやら廃棄量の計測はしていなかったようだ、と、番組関係者は語っていた。

TBS「報道特集」2021/7/24(筆者が放映されている場面を撮影)
TBS「報道特集」2021/7/24(筆者が放映されている場面を撮影)

200カ国から来日した海外メディアの食事も余っていた

大会では、ボランティア向け弁当、選手村のビュフェのほか、来日する海外メディアのためのケータリングの食材も余った。当初の来日人数から大きく減ったためだ。オーストラリアの分は、フードバンクのセカンドハーベスト・ジャパンに寄付され、他のある国の分は、マルヤス大森町店で販売されているのを、テレビ収録で目にした

マルヤス大森町店にて販売される大量のオリンピック関連食材(筆者撮影)
マルヤス大森町店にて販売される大量のオリンピック関連食材(筆者撮影)

だが、NHKの報道によれば、来日した関係者は200カ国に及ぶ

大会組織委員会によりますと、およそ200の国と地域から2000社ほどが来日し、メディア関係者の人数は先月21日の時点で1万6000人余りに上る見通しとなっています。

他の国の分はどうなったのか。現時点ではまったくわからず、年度末の報告を待たなければならない、ブラックボックスのままだ。

環境配慮の原則「3R」に基づき弁当を減らし、余剰は寄付すべきだったのでは

2021年7月27日、TBS「報道特集」によって弁当廃棄が判明した際の記者会見で、組織委員会のスポークスパーソンは「廃棄していない。リサイクルしている」と釈明した。

だが、環境配慮の原則「3R」に基づけば、リサイクルは優先順位の3番めだ。

3Rの優先順位(筆者作成)
3Rの優先順位(筆者作成)

最優先の「Reduce」が最も大事で、無観客が発表された7月8日時点で、弁当をつくる数を減らすべきだったのではないだろうか。それでも余ったら、優先順位の2番め「Reuse」に基づき、食べ物が必要な方に配布すべきだったのではないか。契約している事業者が収入減を気にするのだったら、つくる数だけ減らし、契約した金額は変えないという手立てもとれたはずだ。配布する余裕がないといっても、会期中に署名運動を行った皆さんは「会場まで取りに来る」と申し出ていた。

北九州市では東京五輪の反省を生かし世界新体操の余剰食品活用

北九州市では、東京五輪で大量の食品を処分した反省を生かし、世界新体操で余った食品を活用する取り組みがこの秋に実施されていた。

参考:

東京五輪の反省生かせ 世界体操「食品ロス」ゼロ、北九州市の挑戦(毎日新聞、2021/11/6)

2016年から東京五輪の準備が始まり、開催まで5年もあったのだから、もっと手立てはあったはずだ。

ロンドン五輪は2443t廃棄、食品ロスと闘う東京五輪 日本は「責任、安全、真夏」どう対策

*下記の記事は、2020年2月13日付『ロンドン五輪は2443t廃棄、食品ロスと闘う東京五輪 日本は「責任、安全、真夏」どう対策』です。Yahoo!の東京五輪ページが2021年9月30日付で閉鎖したと同時に記事が消えてしまったため、復活させて掲載します。

セミナー会場に掲示されたポスター(株式会社office 3.11撮影)
セミナー会場に掲示されたポスター(株式会社office 3.11撮影)

東京オリンピック・パラリンピック(オリパラ)開催まで半年を切り、運営サイドは「食品ロス」対策と闘っている。2443tもの食品が廃棄されたのは2012年ロンドン大会。日本は真夏の暑さに加え、世界でも高水準の食品安全基準、そして「事業者責任」という事情もあり、このままでは「食品ロスが大量に出ざるを得ない状況」と関係者は話す。大会の飲食関係者、そして世界から多くの人を迎える私たちができることは。

2012年ロンドン大会では2,443トンの食品が廃棄

過去の五輪の状況を見ていくと、2016年のリオ大会や2012年のロンドン大会では、選手村や会場で食品ロスを減らすための取り組みが実施された。ロンドン大会では持続性の担保を目指し、食に関する指針として“Food Vision”が示され、食品ロス削減やフェアトレードやオーガニック食材の活用を進めた。

そうして食品ロス削減を目指したものの、結果的には2,443トンの食品が廃棄された(発生源:調理時45%、食べ残し34%、保管中21%)。

ロンドン大会の食品ロスについて、BBCの公式サイトに長期間載っていた映像が印象に残っている。調理を担当したケータリング会社が、廃棄される大量の食事を撮影した映像だった。ロンドン大会の選手村では1日5回の食事が提供され、ある一定時間で処分されたという。

ロンドンと東京は、開催時期はほぼ同じでも、最高気温は東京の方が高い。2019年8月の平均最高気温では約8度も東京の方が高く(英・ヒースロー空港25.1度、東京32.8度)、食品調理により難しい環境になっている。

「食品ロス量の計測を東京オリパラのレガシーとする」

2020年に開催される東京大会。はたして食品ロスを減らすことができるのだろうか。

1月27日、東京都内で農林水産省主催「大規模スポーツイベントに向けた食品ロス削減セミナー」が開催され、多くの人が集まった。

2020年1月27日、農林水産省主催で開催された「大規模スポーツイベントに向けた食品ロス削減セミナー」で講演する崎田裕子氏(撮影:株式会社office 3.11)
2020年1月27日、農林水産省主催で開催された「大規模スポーツイベントに向けた食品ロス削減セミナー」で講演する崎田裕子氏(撮影:株式会社office 3.11)

会期期間が32日間におよぶ東京大会では、資源管理目標の一番目に「食品ロス削減」が挙げられている。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「資源管理WG(ワーキンググループ)」座長の崎田裕子氏曰く「作った料理は2時間で戻されるため、食品ロスが大量に出ざるを得ない状況」だそうだ。それでもICT技術を駆使しての需要(飲食提供数)予測や、一人あたりのポーションコントロール(提供量の調整)、関係者の意識啓発、食品廃棄物の計量など、食品ロス削減を目指すため、飲食を担当する企業が考えている真っ最中とのこと。崎田氏は、ロンドン大会では食料廃棄中の食品ロス(可食部)量が明確でなかったことに触れ、「食品ロス量の計測をしっかりするだけでも東京(オリパラ)のレガシー(遺産)になる」と語った。

日本の「衛生上の理由」がネックに

東京大会で調理を担当するのはエームサービス株式会社だ。過去に開催された複数の大会で、幅広い国籍の選手に対応できるノウハウを蓄積している。選手やスタッフなどへ1日合計およそ59,500食が提供されるうち、45,000食が提供されるメインダイニングではビュフェスタイルで食事を提供するとのこと。

2019年に開催された「原宿食サミット」の「食とオリンピック」トークセッションで、前参議院議員の松田公太さんは「かなりのフードロスが出ますよね。どう処理するか、どうやってリサイクルにもっていくか。それもすごく重要なことです。そこから、まさに日本の食を世界に示していけるんじゃないでしょうか。」と問うた。東京都議会議員の白戸太朗さんは「余った料理が賞味期限を迎える前に、一般の人に食べてもらったらどうかと提案したのですが、それは却下になりました。」と語っている。

拙著『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』(2016)で指摘した通り、東京大会では、食事が頻繁に作られ、余剰は廃棄されると見ている。開催期間が真夏であることに加え、日本では、日常の飲食店の持ち帰りですら、大半の店で「衛生上の理由から」許可されない。「保健所が厳しい」と断る店も多い。調理済み食品の再利用や寄付は、ほとんどと言っていいほど例を見ない。

日本は自己責任より「事業者責任」

ポイントとなる「持ち帰り」の日本の現状をもう少し見てみよう。2017年5月、農林水産省・消費者庁・環境省・厚生労働省の4省庁が、飲食店で食べ残しの持ち帰りをする際の、飲食店・消費者双方の留意事項を発表した。消費者が持ち帰る場合は「自己責任で」と明記してある。

だが、持ち帰りを積極的に許容している飲食店は浸透していない。筆者も、冬に中華料理店で頼んだら「保健所がうるさいから」と断られ、立食パーティでは「衛生面から持ち帰りは全部お断り」と言われた。

2019年12月28日、東京都23区内で開催されたビュフェで余った料理。フランスパンも大量に余っていたが、店に聞いたら「衛生上の理由から持ち帰りは全てお断り」と言われた(撮影:井出留美)
2019年12月28日、東京都23区内で開催されたビュフェで余った料理。フランスパンも大量に余っていたが、店に聞いたら「衛生上の理由から持ち帰りは全てお断り」と言われた(撮影:井出留美)

日本では、調理済み食品どころか、賞味期限の長い加工食品の余剰活用すらしづらい環境にある。食品企業はよかれと思って余剰食品を寄付したことで経営リスクを負うぐらいなら捨てた方がいいと考える。日常的に余剰食品を活かす環境が整っていないのに、寄付せず廃棄処分する企業を責めることはできないだろう。いわんやイベントをや。

農林水産省とみずほ情報総研が2018女子バレーボール世界選手権とラグビーワールドカップ2019で食品ロス削減手法の検証

前述のセミナーでは、2018女子バレーボール世界選手権とラグビーワールドカップ2019でおこなった、食品ロス削減に効果的な啓発手法の検証結果が発表された。農林水産省の委託を受け、みずほ情報総研株式会社が行った。

2020年1月27日、農水省主催セミナーで検証結果について発表する、みずほ情報総研株式会社チーフコンサルタントの小林元氏(撮影:株式会社office3.11)
2020年1月27日、農水省主催セミナーで検証結果について発表する、みずほ情報総研株式会社チーフコンサルタントの小林元氏(撮影:株式会社office3.11)

発表した小林氏によれば、ビュフェ会場にポスターやPOPを掲示することで食べ残しの減少につながったという。

(引用;https://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/kankyoi/190322.html)
(引用;https://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/kankyoi/190322.html)

ラグビーワールドカップ2019で食べ残しが多く見られたのは、ローストチキンの皮や脂身、ビーフストロガノフやビーフシチュー、ブロッコリーなど。分析で発生要因として挙げられたのは、ローストチキンの皮や脂身は「脂質を摂らないよう残した」、ビーフストロガノフやビーフシチューは「平皿に取り分けられるとソースをすくい上げにくかった」、温野菜・冷菜の双方で提供されたブロッコリーは「味の好みが合わなかった」。

選手の食事は多種多様なニーズに合わせなければならない。組織委員会のサイトにあるように、競技によって特色が異なる。十分なエネルギーを必要とする競技もあれば、瞬発力より、持続力や体調管理の方が重視される種目もある。宗教上の問題として、イスラム教徒の選手に対してはハラル対応も求められる。

選手向けの食事に加え、世界各国から押し寄せる一般の観客も含めると、さらに負担は増大する。多種多様なニーズに対応しつつ、食中毒を出さず、食品ロスを最小限に抑えるのは非常に厳しいだろう。

筆者の興味を引いたのは、ナッジ(nudge)という行動経済学の手法を用いて作られた啓発ツールだ。ナッジとは、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー氏らが提供した概念だ。人々の行動を禁止するのでなく、行動特性を考慮し、よい方向へと促進する手法だ。お手洗いで見かける「綺麗に使ってくれてありがとう」のメッセージも、ナッジの手法によるものだろう。

セミナーで掲示されたPOP(株式会社office 3.11撮影)
セミナーで掲示されたPOP(株式会社office 3.11撮影)

W杯では、啓発ツールの三角柱POPに「食べきりに感謝!」「Thank you for finishing everything on your plate」などのメッセージが掲載された。

2019年ラグビー大会で検証するのに使われた啓発ツール(撮影:株式会社 office3.11)
2019年ラグビー大会で検証するのに使われた啓発ツール(撮影:株式会社 office3.11)

大会前の日常生活から「適量」作って食べる暮らし方を

東京大会でも、食事を作り過ぎなければ食品ロスは発生せず、捨てることはないだろう。だが、日本は「欠品」(足りなくなること)を非常に嫌う。万が一足りなくなるよりも、余って捨てる方を選ぶ。背景には食品小売の商慣習がある。欠品は、売り逃し、つまり、販売チャンスや売り上げを失うとして、メーカーに強く欠品を禁じている。欠品すれば「取引停止」や「補償金支払い」のリスクもあるため、メーカーは、決して欠品だけはしないように心している。

「欠品」しないのは、売買の機会だけではない。東京マラソンでは、初回に準備したランナーのための飲食料が少なかったため、足の速い人たちが全部食べてしまい、不足したランナーがコンビニに駆け込む事態となったと伺った。それ以降、足りなくならない量を準備している。毎年、ランナーのために寄贈されたバナナが数万本単位で余る現状を、筆者はフードバンク広報時代に目の当たりにした。

東京大会では世界各国から多くの人が来日する。「MOTTAINAI(もったいない)」の国が食料をたくさん余らせ、活用せずに捨てていては示しがつかない。

我々が海外旅行などで渡航した際、その国の日常生活を見るのと同様、来日者は日常の日本を見る。レストランの厨房や道に捨てられたごみなど…。大会中だけいい格好しようとしても、それはできない。東京大会で食品ロス削減を目指すのはもちろん、大会前の日常生活から、食品ロスを出さない暮らし…適量を作る・売る・買う・食べる暮らしを目指していきたい。

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食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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