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賞味期限が2日過ぎたキットカットを配って詫びるスカイマークとそれを報じる朝日新聞

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
スカイマーク公式サイトより筆者スクリーンショット

2021年2月3日、朝8時10分、神戸発新千歳行きの便(乗客78人)のスカイマーク機内で、賞味期限が2021年1月のチョコレート菓子「キットカット」(ネスレ社)を配り、スカイマークが公式にお詫びした。それを2月4日付の朝日新聞が報じている。1月31日まで賞味期限はあったわけだから、2月3日朝8時といえば、まる2日過ぎただけだ。たった2日賞味期限が過ぎただけで、プレスリリースでお詫び文を出し、マスメディアがそれを報じる必要はあるのだろうか。

賞味期限は品質が切れる日付ではなく「おいしいめやす」

おおむね5日以内の日持ちの食品に表示され、品質が急激に劣化しやすい「消費期限」と異なり、賞味期限は、美味しく食べられる目安に過ぎない。下のグラフで、気をつけるべきは、赤い線の消費期限。弁当や総菜、サンドイッチ、おにぎり、生クリームのケーキや刺身などに表示され、時間の経過とともに品質が急激に落ちていく。一方、加工食品の多くは緑の線で描かれる賞味期限表示だ。1未満の安全係数で掛け算されて20%以上短く設定されていることが多いため、過ぎてもすぐに品質が劣化するものではないことがグラフの曲線から見てとれる。

消費者庁の賞味期限・消費期限に関する資料を元に、株式会社office 3.11が作成
消費者庁の賞味期限・消費期限に関する資料を元に、株式会社office 3.11が作成

消費者庁は2020年秋、賞味期限の愛称・通称コンテストを実施、筆者も審査員を務めた。その結果、大臣賞に選ばれたのが「おいしいめやす」だ。ピンポイントの日付で品質が切れるわけではなく、目安に過ぎないことを端的にあらわしている。

国の、食品表示を司る機関である消費者庁が、賞味期限は目安に過ぎないと言っているのだ。

2020年12月16日、富山県で開催された食品ロス削減全国大会で展示された消費者庁のブース。賞味期限がおいしいめやすであるとパネルで示している。(筆者撮影)
2020年12月16日、富山県で開催された食品ロス削減全国大会で展示された消費者庁のブース。賞味期限がおいしいめやすであるとパネルで示している。(筆者撮影)

スカイマークの神妙なお詫びリリースと陽気なTwitterアカウント

賞味期限がたった2日過ぎたチョコを78名に配り、すでに配った乗客は特定できている、にもかかわらず、「健康被害はないが、万が一受け取ったら窓口に連絡するように」と企業が大々的にプレスリリースを発表する必要があるのだろうか。

一方、スカイマークの公式Twitterでは、2月4日付で福岡の太宰府(だざいふ)天満宮の名物、梅ヶ枝餅(うめがえもち)について陽気につぶやいており、プレスリリースでの

当社はこのような事態を発生させたことを重く受け止め、再発防止に向けて管理体制の徹底、強化に真摯に取り組み、信頼回復に努めてまいります。

という、必要以上に神妙な姿勢の厳粛なお詫びと対比させると、なんとも不思議な印象である。

マスメディアが不特定多数に報じる必要性への疑問

対象者が限られ、また仮に個別に連絡するにしても顧客は特定できる事柄なのに、影響力の強いマスメディアがわざわざ拡散する必要があるのか。確かに企業の在庫管理が徹底していないから起きたことだが、賞味期限が過ぎたものを配ることがまるで企業の不祥事かのように報じるから、消費者も、いつまで経っても誤解したままなのではないか。朝日新聞も、これまで食品ロスについて膨大な量の取材をして得た知識と情報の蓄積があるのだから、報じるなら、賞味期限と消費期限の違いぐらい簡単に説明をつけたらどうなのか。

2019年10月16日、筆者が登壇した朝日新聞主催の朝日地球会議2019で、自社が報じた食品ロス関連の記事を発表する朝日新聞(村岡悟氏撮影)
2019年10月16日、筆者が登壇した朝日新聞主催の朝日地球会議2019で、自社が報じた食品ロス関連の記事を発表する朝日新聞(村岡悟氏撮影)

国内最大のビジネスデータサービス「G-Search」で検索したところ、過去30年間で朝日新聞が「食品ロス」について報じたのは、読者の「声」も含めて690件。一番古い記事で1999年12月24日付。2009年5月23日には『「賞味期限」本当の意味は?』と題し、賞味期限の設定方法と「賞味期限が必要以上に短く設定されている」という専門家の声を報じている。もちろん、そのあとから2021年2月4日に至るまで、食品ロスについては何度も報じられている。今回の件を報じた記者は、自社内にあるこれらの知識と情報の蓄積を学んでいないのだろうか。

農林水産省は賞味期限が2ヶ月以上過ぎた備蓄食品の缶詰を積極的に寄付している

農林水産省は、2019年末、これまで廃棄していた備蓄食品を、初めて、フードバンクや福祉団体に寄付した。

2020年12月18日、賞味期限の過ぎた果物缶詰を含む備蓄食品を、福島県の福祉団体の車に積みこむ農林水産省の職員の方々(筆者撮影)
2020年12月18日、賞味期限の過ぎた果物缶詰を含む備蓄食品を、福島県の福祉団体の車に積みこむ農林水産省の職員の方々(筆者撮影)

そして2020年12月18日、賞味期限が2020年10月6日の果物の缶詰を、フードバンクや福祉団体に寄贈した。つまり、2ヶ月以上、賞味期限が過ぎた食品を寄付したことになる。気づかなかったのではない。わかっていて寄付した。なぜなら農林水産省は、賞味期限は「おいしいめやす」に過ぎないということを科学的に理解しているからだ。

寄付の当日、福島県からわざわざ車で寄付食品を受け取りにきた団体の代表は、コロナ禍なので東京行きをメンバーに止められたと語った。特に子どもたちと接する活動をしているから、子どもにうつしてしまうことを懸念した。だが、こうも語った。

それでも私はあえて来たんです。それはなぜかというと、農水省が(国が)備蓄品を放出するということがすごく重要だからです。各企業はそれぞれ(食品の寄付を)やっていますけども、国がやることによって、それ(寄付)が本当にいいことなんだ、正しいことなんだと、日本の企業全体が思うようになる。

2020年12月18日、農林水産省の職員にお礼を述べる福島県の福祉団体の代表(サンタクロースの帽子をかぶっている)(筆者撮影)
2020年12月18日、農林水産省の職員にお礼を述べる福島県の福祉団体の代表(サンタクロースの帽子をかぶっている)(筆者撮影)

農林水産省は、2020年12月16日に富山県で開催された食品ロス削減全国大会でも、賞味期限の過ぎた備蓄食品の缶詰を展示ブースに持ってきて、参加者に配っていた。当日はとても人気で、早々と品切れ?を起こしていた。

2020年12月18日、富山県で開催された食品ロス削減全国大会で、農林水産省が展示したブースの様子。賞味期限切れの備蓄缶詰が配布され、早々となくなり、この写真を撮影したときにはもうなくなっていた(筆者撮影)
2020年12月18日、富山県で開催された食品ロス削減全国大会で、農林水産省が展示したブースの様子。賞味期限切れの備蓄缶詰が配布され、早々となくなり、この写真を撮影したときにはもうなくなっていた(筆者撮影)

消費者庁は、賞味期限は「おいしいめやす」だと宣言してくれた。

農林水産省は率先して問題なく飲食できる賞味期限切れ備蓄食品を配り、賞味期限切れは、きちんと保管さえされていれば、確認すれば問題ないのだということを具体的に体現してくれた。なのに、航空会社が「健康被害はないけど念の為」にお詫びし、「賞味期限が2日過ぎたチョコを航空会社が配ったためお詫びした」などとマスメディアが報じていれば、消費者の賞味期限への誤解はいつまで経っても変わらないだろう。

関連情報

【お詫び】機内において賞味期限切れ「ネスレ キットカット(Nestle KitKat)」 を配布したことについて(スカイマーク株式会社 2021年2月3日付)

機内で期限切れの「キットカット」配る スカイマーク(朝日新聞 2021年2月4日付)

機内で期限切れの「キットカット」配る スカイマーク(2021年2月4日付朝日新聞の記事をYahoo!ニュースが転載)

「賞味期限切れ」備蓄食料を農水省が寄付 国として初の試み、その意義とは?(2020年12月21日、井出留美)

農林水産省初の試み、賞味期限が迫った備蓄食品を捨てずに寄付、食品ロス削減に繋げる(2019年12月26日、井出留美)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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