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米政府職員フードバンク食料配給に殺到 80万人が1ヶ月無給となった 食品ロスや食料支援は他人事でない

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
フードバンクの食料配給に並ぶ米国連邦職員(撮影:Ian Stewart/NPR)

トランプ大統領が「国境の壁」をめぐり、予算案への署名を拒否したための米政府機関の一部閉鎖は、史上最長の35日目(2019年1月25日)にして、一時的に解消となった。

米政府機関、史上最長となる閉鎖が35日目まで続いた

2019年1月15日、池上彰氏の講演「ニュースから世界を読む」を聴きに行った。世界各国のニュースや事例を取り上げ、最後は「無知の知」の重要性に触れ「新しいことを知るのがいかに楽しいことか」で話が締められた。

その中で、米国の政府機関が一部閉鎖され、国家公務員である連邦職員に給与が支払われていない話があった。空港でセキュリティチェックを担当するTSA(運輸保安庁)では一部の職員が「病欠」で欠勤し、アルバイトをして生活費を稼ぐケースが出ているという。池上氏の話では、スミソニアン博物館や国立公園でもそのような事態が発生していたとのことだった。

海外メディアは軒並み報道

池上氏の話を聞いた3日後の2019年1月18日、ニューズウィーク(Newsweek)日本版で「米政府閉鎖で一カ月近く無給の連邦職員、食料配給に殺到」という記事が配信された。首都ワシントンの連邦職員2,200人が、寒空の下、食料配給に並んで受け取ったという。

首都ワシントンの連邦職員は、1月12日にはフードバンクを利用しはじめている。その日は「キャピタル・エリア・フードバンク」が連邦職員を対象に週1回の食糧配給を行う初日だった。

同フードバンクでCEOを務めるラドハ・ムシアは本誌の取材に対し、市内でおよそ1万3600キロの食料と、豆の缶詰などの保存食が入ったボックス3,000箱を配布した、と語った。

寒空の下、約2200人の職員が臨時設置されたフードバンクの前で待機し、寄付された食糧を持ち帰った。

「特別な支援がなければやっていけない状態です」と、米環境保護庁で政策アナリストを務めるパメラ・レフトリクトはフードバンクのスタッフに言った。「家には子供もいるし、不安でたまらない」

出典:ニューズウィーク(Newsweek)日本版 2019年1月18日付記事

1月24日付のフォーブスジャパン(Forbes JAPAN)や1月25日付のBBC NEWS JAPANなど、海外メディアがこの問題を報じている。

ABC Newsによる、首都ワシントンのフードバンクの中継(動画)によれば、「連邦職員やその家族が来ている」と報じられた(フードバンクの中継は、32秒から1分22秒ぐらいまで)。

米国のNPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)では、1月15日からのおよそ10日間、「federal workers(連邦職員)」「food bank (フードバンク)」「food stamp(フードスタンプ)」「SNAP(スナップ)」(下記、参照)という言葉の登場が連日続いた。

参照:SNAP(スナップ:Supplemental Nutrition Assistance Program )とは、米国の補助的栄養支援プログラムのこと。「フードスタンプ」もこれに含まれ、経済的困窮者はこれを持っていくとスーパーで飲食物と交換してもらえる。

筆者は2017年11月に「トランプ大統領が貧困層に向けた食料支援の予算を削減」という記事を書いた。トランプ政権は、このSNAP(スナップ)の予算を、2017年時点で既に削減している。

日本メディアでは、政府職員が食料支援に行列したことについて、ほぼ報じられず

日本の主要メディアは、米国政府の一部閉鎖については、もちろん報道してきた。だが、閉鎖期間中、連邦職員がフードバンクの食料配給に列をなしていることについて、海外メディアの日本版などを除くと、ほとんど報じられなかった。

全国紙では、2019年1月22日付の産経新聞の東京・大阪、双方の朝刊で、一行、触れられた。

貯蓄が乏しく給与だけが頼みの職員もおり、首都ワシントンでは無料の食料支援も行われている。

出典:2019年1月22日付 産経新聞 東京・大阪 朝刊 国際面

2019年1月25日付の産経新聞大阪版夕刊や、1月25日付の北海道新聞、静岡新聞、京都新聞、神戸新聞でも、「食料支給」という語句が含まれる程度だった。資産家でもあるロス米商務長官が、一部職員が欠勤していることについて「嘆かわしい」とし、金融機関のローンを利用するよう促した発言が紹介された。このことは、1月25日付のニューズウィーク日本版も(ロス米商務長官は)「職員がやりくりに困っている理由が理解できない」と報じた。金に困ったことのない権力者が、経済的に困窮している人の存在すら認識していない、という図は、どこかで見た気がする。

フードバンクのシンポジウムですら米国の事態の認知度は低い

2019年1月27日、岡山県笠岡市で開催された2018年度 岡山県備中県民協働事業「食のセーフティネット事業inかさおか」「地域に根ざす食品ロス削減活動 〜フードバンクの目指す方向〜」で、食品ロス削減についての基調講演を行った。

冒頭、米国での連邦職員フードバンク殺到について、知っている方に手を挙げて頂いた。50〜60名ぐらいの参加者中、知っていると挙げた人は2名程度しかいなかった。フードバンク活動や困窮者支援に関心の高い人でも、米国のこの事態は知られていない。

2019年1月27日、岡山県笠岡市での基調講演(撮影:原田佳子氏)
2019年1月27日、岡山県笠岡市での基調講演(撮影:原田佳子氏)

会場では、フードバンク団体に食料品を提供する企業の方から、「(フードバンクは)どうしても他人事になってしまいがち」という意見が聞かれた。

食料自給率の低さはリスクなのに・・・

SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)の専門家からは「日本は周回遅れ」という声が聞かれている。目先のこと、自分の目の前のことしか興味・関心がない。

SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)(国連広報センターHP)
SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)(国連広報センターHP)

広島市で「捨てないパン屋」(ブーランジェリー・ドリアン)を経営する田村陽至(ようじ)氏は、著書『捨てないパン屋』で、食料自給率の低さがリスクであると強調している。かつてモンゴル帝国が隆盛を極めていた時、チンギス・ハンは、どうしても攻めきれない頑強な城壁の中に、ペストに感染した草食動物を焼いて投げ込み、城内にペストを蔓延させて、自軍の兵を一人も失うことなく敵を全滅させた、というのだ。

田村氏は、その話を引き合いに出し、

この城塞都市を日本に置き換えたらどうでしょうか?多くの食べ物を輸入に頼っている日本は、たとえ、農薬がきつかろうが、遺伝子組み換えをしていようが、安全性に疑問があったとしても、子供の成長に問題があったとしても、選択肢はありません。その気になれば、兵器を使わずに滅ぼしてしまうことができます。

食糧を自給できないということは、こういうリスクを引き受けなければいけないということなのです。

それに、そもそもそんな食糧でさえ、いつまでも、お金で買える時代は続かないのです。より高く買う国が現れたら、私たちには売ってもらえません。みなさんは知らないかもしれませんが、クルミやドライイチジクは、売ってもらえなかった年が過去にもうあるんですよ。

出典:田村陽至著『捨てないパン屋』(清流出版)

と書いている。

「まさか」の事態は起こり得る

トランプ政権になる何年か前、米国の国家公務員が、食うに困りフードバンクの食料支給の行列に並ぶという事態を、世界中の何人が想像できただろうか。フードバンクに食品を寄付していた政府職員が、今や、食料に困って、食料配給の列に並ぶ経験をする羽目になったのだ。

ムシアは、政府閉鎖が一部の政府職員を「深刻なアイデンティティ危機」に追い込んでいる、と言った。「先週の臨時配給のときに話した職員はこう言った。『私は長年フードバンクのために余っている食品を持ち寄る活動をしてきた。その私が食料配給の列に並ぶことになるなんて』

「今回の閉鎖は、たとえ安定した仕事についていても、給与の支払いが1~2回滞っただけで困窮する人々がたくさんいる実態を浮き彫りにしている」

出典:2019年1月18日 ニューズウィーク日本版「米政府閉鎖で一カ月近く無給の連邦職員、食料配給に殺到」

ペンシルベニアのフードバンクでは、2019年1月15日から1月22日頃まで、空港職員など連邦職員の500家族以上に食料を提供した。インタビューで「彼ら(連邦職員)は、こういうサービス(パントリーシステム)に来るのに慣れていない」と答えている。

米国政府閉鎖は35日目で一時解消

トランプ大統領は、突如として譲歩する姿勢を見せ、暫定(つなぎ)予算に署名したため、史上最長となる米国政府閉鎖は、1月25日、35日目で解消された。とはいえ、「合意できなければ再び閉鎖する」とも発言している。

日本で、国家公務員がフードバンクの食料支援に殺到し、行列する・・・という図は、想像しにくいかもしれない。でも、食料自給率が低く、かつ、農業県である地方が自然災害を被る現状、可能性がゼロとは言えない。

だからこそ、理不尽な理由で発生する食品ロスは、できる限り少なくしなければならない。

ある調査によれば、困窮者へ国が支援すべきという考え方や理解は、世界47カ国中、日本は最も低い。食品ロス問題のみならず、それを削減できなかった場合に必要とされる人へ活用する活動についても、理解のための啓発を進めていく必要があるだろう。

注:一般的に、主食となるコメや麦などは「食糧」という表記を使い、すべての食品を指す場合に「食料」という表記を使う。ここでは、書籍の著者の使い方を尊重し、両方の表記を使用した。

関連記事:

2019年1月18日 ニューズウィーク日本版「米政府閉鎖で一カ月近く無給の連邦職員、食料配給に殺到」

2019年1月21日 CNET JAPAN 「GoFundMe、米政府閉鎖の影響を受けた職員の救済キャンペーン」

2019年1月24日 Forbes JAPAN 「米史上最長の政府閉鎖 長期的な公務員離れ生む恐れ」

2019年1月25日 BBC NEWS JAPAN 「米上院、政府再開の法案否決 政府閉鎖34日」

2019年1月25日 ニューズウィーク日本版「米商務長官、政府機関閉鎖で欠勤の職員を『嘆かわしい、ローン利用すべき』民主党は猛批判」

2019年1月26日 The Guardian "Food banks helped keep federal workers fed through the shutdown"

トランプ大統領が貧困層に向けた食料支援の予算を削減

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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