「どうせ買うなら日付の新しいものを」賞味期限の新しいものを奥から取ると食品ロスが増え価格が高くなる?

(写真:アフロ)

2018年1月26日付の全国紙の投書欄で、70代女性が「賞味期限の新しいものから選ぶのはマナー違反なのか」と述べていた。賞味期限の新しいものを取ろうと商品棚の奥に手をのばした人はどれくらいいるのだろう。

2017年9月から2018年2月まで、合計18回の講演を聴いてくださったうち、565名の方がアンケートに協力してくださった。アンケートの回答は、講演聴講者の持つスマートフォンやガラケーを通し、朝日ネットのリアルタイムアンケートシステム「respon(レスポン)」を使って回収し、集計した。

「買い物の時、賞味期限日付の新しいものを棚の奥から取ったことがありますか?」という質問に対し、565名のうち、88%に当たる499名が「はい」と答えた。

「いいえ」が 62名。4名が「わからない」だった。

「買い物の時、賞味期限日付の新しいものを棚の奥から取ったことがありますか?」(筆者作成)
「買い物の時、賞味期限日付の新しいものを棚の奥から取ったことがありますか?」(筆者作成)

多くの人は、「どうせ同じお金を出すなら新しいものを買った方がいい」と思うだろう。いつ食べるかわからないし。先のを買って、家の冷蔵庫に入れておけばいい。

購入する食品の量や種類は、嗜好や家族構成によってさまざま、十人十色だ。たとえば1リットルの牛乳を何日で消費するか。育ち盛りの子どもがいる家であれば、1日で消費してしまうという場合もあるだろうし、高齢で一人暮らしの方が1日200mlずつ飲むのであれば、飲みきるのに5日かかるだろう。

それぞれの消費スピードに合わせて選べばいい。

ただ、中には、必要もないのに、わざわざ後ろに手を伸ばして新しい日付のものを取る人がいる。私が聞いた中では、女性が「今日食べるあんぱんでも、絶対、今日の日付のは前から取らない。後ろから、先の日付のを取る」と言っていた。

大手コンビニエンスストアのオーナーの方に伺った時、「そういう人(わざわざ奥から取る人)がいるので、パンは、3種類以上の日付のものを置かないようにしている」と話していた。たとえば「4月6日」「4月7日」「4月8日」とあったら、「4月8日」が選ばれてしまい、「6日」と「7日」が売れ残る。

関西最大のリサイクルセンター「エコの森京都」に入ってきた食品。手前にサンドウィッチが見える(筆者撮影)
関西最大のリサイクルセンター「エコの森京都」に入ってきた食品。手前にサンドウィッチが見える(筆者撮影)

家の冷蔵庫だったら・・

これは、まだお金を払う前の店頭の話である。では、家の冷蔵庫に、「4月6日」「4月7日」「4月8日」の牛乳があったら、どれから使うだろうか。たぶん「6日」だろう。日付が迫っているものから消費する。

店なら新しいものを取り、家なら古いものから使う。これは、家のものはお金を払っている「自分ごと」で、店のものはまだお金を払っていない「他人ごと」だからかもしれない。

関西最大の食品リサイクルセンター「エコの森京都」に入ってきた食品(筆者撮影)
関西最大の食品リサイクルセンター「エコの森京都」に入ってきた食品(筆者撮影)

店の在庫も「自分ごと」

店のものなんて、どうなろうが、知ったこっちゃない。本当にそうだろうか。

店に古い日付のものが残る。コンビニでは、いわゆる日販品(デイリー)と言われる日持ちのしない食品を見切り(値下げ)販売しない店がほとんどだが、多くのスーパーでは、見切り販売する。それでも売り切れなければ、廃棄せざるを得ない。廃棄するにも業者に依頼するので廃棄コストがかかる。ではそのコストはどこから捻出するのだろう。スーパーの売り上げは、誰のおかげで成り立っているのか。買い物客だ。買い物客が支払うお金で経営を成り立たせている。赤字になってまで廃棄コストは払えない。では、誰が廃棄コストを払うのだろう。買い物客だろう。

関西最大の食品リサイクルセンター「エコの森京都」に入ってきた多くの食品(筆者撮影)
関西最大の食品リサイクルセンター「エコの森京都」に入ってきた多くの食品(筆者撮影)

もちろん、現実にはこんな単純な話ではないが、食品の廃棄が多ければ多いほど食料品価格に跳ね返ってくることは、食品ロスや食料廃棄に関わる専門家の多くが指摘している。『改訂新版 食品ロスの経済学』の著者である、愛知工業大学の小林富雄教授は、著書で「廃棄コストの発生を見越して定価に上乗せされれば、消費者も金銭的負担を強いられる可能性があり、両者の廃棄費用のシェアリングが課題となる」と述べている。

家の在庫も「自分ごと」

店での廃棄コストが高まれば、食料品の価格に跳ね返ってくる。と同時に、家の廃棄も多ければ、今度は住んでいる自治体のごみ処理費用が膨らみ、財源の多くをごみ処理費用に費やすことになり、その他の福祉や教育などへ費やすコストは薄くなる。

ごみ削減の分野で先進自治体である京都市は、2000年度に81.5万トンあったごみを、2016年度には41.7万トンまで削減した。京都市は「ごみ半減」を目指しており、ほぼ半減を達成しているが、さらに削減の39万トンを目指している。拙著『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』(幻冬舎新書)に京都市の施策を詳しく書いたが、京都市は年間で106億円もの大幅なコスト削減を達成している(平成27年3月、新・京都市ごみ半減プラン 京都市循環型社会推進基本計画 2015-2020による)。その削減できた分の財源は、他の有用なことに活用できたはずだ。

食品ロスの分野の権威、京都大学名誉教授で環境漫画家の高月紘先生は、残飯による損失は日本全体で11.1兆円と試算しており、これが農林水産業の生産額とほぼ同等であると、京都 生ごみスッキリ情報館で示されている。

京都大学名誉教授の高月紘先生のイラスト(右側。「京都 生ごみスッキリ情報館」公式サイトより)
京都大学名誉教授の高月紘先生のイラスト(右側。「京都 生ごみスッキリ情報館」公式サイトより)

つまり、作ったのと同じ分だけ捨てていることになる。

結局、どこで捨てようと、どこで余らせようと、その経済的損失は、自分自身に跳ね返ってくるのだ。