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君たちはどう売るのか 大量の恵方巻廃棄にスーパーが投じた一石「対前年比○%増」は成長指標として万能か

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:アフロ)

疲弊していた。恵方巻に。

2018年1月24日から2月2日までに集めた恵方巻関連のチラシ(筆者撮影)
2018年1月24日から2月2日までに集めた恵方巻関連のチラシ(筆者撮影)

食べ過ぎたのではない。恵方巻について書いた筆者の記事を読んだ、複数のテレビ局や番組から取材の電話が殺到し、取れないくらいだったのだ。2月4日の日曜の夜、映画館にいる時にかかってきた電話から始まり、2月5日の月曜日の午前から夕方まで何度もかかってきた。Yahoo!ニュース個人の記事を読んだ人、ダイヤモンド・オンラインの記事を読んだ人、朝日新聞デジタル(2018.2.3付)記事の取材コメントを読んだ人、さまざまだった。たまたま別の取材や食品企業との対談予定が詰まってしまっており、後からかけ直そうにもかけ直す時間がない。仕方なく、着信記録を見て、駅まで歩きながら、電車の車両の端に立ちながら、食品企業の本社ロビーで電話した。ここのところ毎年、恵方巻廃棄が問題になっている。2016年から問題提起を続けてきたが、改善の兆しも感じられない。来年もまたこんなことが続くのだろうか。ため息が出た。

そんな中、ある方からメールが届いた。恵方巻の大量販売を、「もうやめにしよう」と広告を打った兵庫県のスーパー、ヤマダストアーの記事(2018.2.5付)を見つけて、私に知らせてくれたのだ。こんな潔いスーパーもあるんだ。嬉しかった。すぐ後に取材が控えていたため、時間は限られていたが、記事に「心から拍手を送りたい」とオーサーコメントを書いた。ここ数週間、取材を受けていた朝日新聞も、デジタル版で記事にしていた。

「対前年比○%増」は成長指標として万能なのか

ヤマダストアーの広告全文を見ると、最後にこう書いてある。

「今年は全店、昨年実績で作ります」

「昨年実績で作る」という言葉は、一般の方には馴染みがないかもしれない。商品やサービスを製造・販売する企業に勤めている人ならすぐピンとくると思う。多くの企業は、前の年の同じ月にどのくらい売れたか(実績)を見て、今年の生産計画や販売計画を立てる。「昨年実績で作る」とは、昨年売れたのと同じ数だけ作る、ということだ。

「対前年比」という言葉もある。昨年と比べてどうなのか。多くの場合、「昨年実績で作る」ことはせず、前年を上回る数字が設定される。ヤマダストアーも、朝日新聞への取材で「スーパーでは『去年より多く作る』のが常識」と答えている。

だが、人口が減っているのに、何をどうすれば恵方巻の売り上げがこの先も永遠に増え続けるのだろう。恵方巻だけではない。コンビニを取材した時、とにかく何でも「前年比で増えていること」が求められると聞いた。おでんもクリスマスケーキの売り上げも、店舗の出店数も。

右肩上がりのグラフは経済系メディアでよく目にするが、昭和の時代の栄光を、平成が終わろうとしている今だに引きずっているようにも見える。いつまで右肩上がりが続けられるのだろう。それは「持続可能」(サステナブル)なのだろうか。

売り上げより資源を大切にする敬意と利他の精神

ヤマダストアーの広告には、「水も土も海洋資源も地球が無料で私たちに与えてくれています」「ヤマダの鮮魚従業員も『海産資源は絶対減ってる』って言ってます。だから大事にしたいんです」とある。売り上げ至上主義に対し、一石を投じている。自分の店さえ会社さえ売り上げが良ければOK、ではない。天然資源への敬意と、利他の精神がそこにはある。

「欠品」リスクを顧みない姿勢

広告には「今年は早くに無くなるかもしれないけれど、ヤマダはこれ以上成長することよりも今を続けられることを大事にしたいです」「売れ行きに応じて数を増やすことを今年は致しませんので、欠品の場合はご容赦くださいませ」とある。

食品メーカーなど製造業の方に食品ロスの講演をした時、食品メーカーの社員の方から「日本は欠品を許さない文化がある」と伺った。売り上げを失わせれば、スーパーやコンビニなどの小売店に補償金を払わないといけないし、悪くすれば取引停止になる。死活問題だ。だったら、足りなくなる(欠品)より、余って捨てた方がマシ。とはいえ、メーカーは廃棄コストを負担し、食品リサイクル法にのっとってリサイクルするので、余ることは、イコール、経営にも関わってくる。筆者が取材で出逢ったような欠品を許容するスーパーは、全国的にはわずかではないか。

欠品を許容している福岡県柳川市のスーパーまるまつ(筆者撮影)
欠品を許容している福岡県柳川市のスーパーまるまつ(筆者撮影)

スーパーなど小売店の言い分は「せっかく買いに来てくださったお客様に対し、品物がなかったらがっかりさせてしまうし、不便をかけてしまう」。でも、そんなにしてまで恵方巻を食べたいだろうか。なければないで良くないか。結局、競合店に客を取られること、「あそこのスーパーは品物が無い」「棚が空っぽ」と言われるリスクが怖いのではないだろうか。

ヤマダストアーは、欠品することを覚悟で、恵方巻を適量作り、8店舗中、5店舗で完売したそうだ(前出、朝日新聞記事より)。余ってしまった3店舗は来年への反省材料とすると言う。顧客からは激励の電話やメールが届き、消費者の意識が変わっているのを感じたそうだ。

リスクを恐れず、正しいと思うことを貫き、実践し、社会へ提言したことが、多くの共感を得たのだろう。

「何になりたいかより、どう生きたいか」

2018年2月4日付の朝日新聞「GLOBE」18-19面に掲載された、気仙沼ブランディングの御手洗瑞子(みたらい・たまこ)社長の特集記事。小学校6年生の時、学校で先生に「将来、何になりたいのか」と問われ、答えられなかった御手洗さん。帰宅して、それを伝えたところ、母親は「何になりたいかより、どう生きたいかでしょう」と諭したそうだ。

ここで思い出すのが、漫画化でベストセラーとなった書籍『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)だ。2018年2月2日のマガジンハウスの発表によれば、漫画版と文章版、合わせて210万部を突破したそうだ。漫画版は、何度もお会いしたことのある方が制作に関わっていたので、2017年8月24日に上梓されて、すぐ購入した。そこから販売数が伸びていく経緯を見ていたので、「こういう考え方を今の世の中が求めているのではないか」と感じていた。何(what)になるかより、どのように(how)生きるか。生きる姿勢を問うている。出版社として、売り上げを考えるのは当然だが、それ以上に、「今の社会にこれを伝えたい」「こういう手段で伝えれば(読み手に)伝わるのではないか」と考えた思いの強さや構想にかけた年月の結集が、あの本なのだと思う。

2018年2月2日現在、170万部を突破し、文章版と合わせて210万部を達成した書籍『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)(筆者撮影)
2018年2月2日現在、170万部を突破し、文章版と合わせて210万部を達成した書籍『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)(筆者撮影)

店はどう売り、私たちはどう買うのか

スーパーやコンビニ、百貨店は、恵方巻のような、季節もので、かつ、その日にしか売ることのできない日持ちのしない食品を、どう売っていくのか。そして、消費者である私たちは、どういう姿勢の店を選び、買うのか。

チンパンジー研究の世界的権威であるジェーン・グドールは、著書『ジェーン・グドールの健やかな食卓』(日経BP社)でこう語っている。

ぜひ覚えておいてほしいのが、すべての食料品の購入が投票になるということだ。私たちが買うもの、つまり私たちの投じた票が、この先自分たちが進む道を決めていく。

出典:『ジェーン・グドールの健やかな食卓』(日経BP社)

この「買い物は投票」という言葉は、中学校の家庭科の教科書にも登場している。

私たちは、どう買うのか。

参考記事:2018年2月6日付 朝日新聞社会面

(ニュースQ3)恵方巻き、定着の裏で大量廃棄

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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