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フードファディズムはなぜ食品ロスを生み出すのか

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:アフロ)

2018年1月17日に放送されたNHK「ガッテン!」の葉酸特集について、NHK「ガッテン!」葉酸特集をご覧になった方へという記事を書いたところ、一週間経っても多くの方に読んで頂いている。この記事は、番組制作者や登場された専門家に向けて書いたものではない。情報を、短絡的に一元的に受け止めている視聴者に向けて書いたものだ。中でも、報道側の立場にいらっしゃる方が、いち視聴者になりきって「葉酸は認知症や動脈硬化予防に欠かせない栄養素という大変役立つ内容だった」と、葉酸の効能を手放しで賞賛するブログを書いていらっしゃるのを目にした時には驚いた。葉酸はビタミンB群の一種で、健康を保つための大切な栄養素ではあるが、それだけを摂ったからといって、100%、認知症や動脈硬化を防げるものではない。番組制作者や登場した専門家の先生方も、そのような受け止め方を期待してはいなかったと思う。

食品ロスをテーマにしている筆者が、なぜこれを書かずにはおれなかったのか。2011年まで勤めていた食品メーカーに入社したのは1997年。以来、もう20年以上も、この類いの健康情報の報道や、放映後の一般消費者の動きを見てきた。

筆者が勤めていた食品メーカーは、小麦ふすまを主原料とした食品を製造している。1990年代のある時、スーパーモデルがこれを食べて体型維持と美容に役立てている、と放映された。その途端、お客様対応窓口には電話が殺到し、たちまち在庫がなくなってしまった。ある国から輸入していたが、もう製造が追いつかない。急遽、別の国から輸入することになった。船だと、コストは抑えられるが、日数がかかり過ぎる。仕方がない、空輸した。それによって、予定外の経費を捻出することになった。

さて、空輸で手に入れられることが決まってひと安心した。すると今度は、これまで輸入していた国の小麦を使った製品とは、色や見た目が著しく異なることがわかった。小麦の品種が異なるためだ。これだと、普段から愛用しているお客様が心配してしまう。品質には問題ないことを伝えなければいけない。急遽、製品のパッケージに「小麦の種類が異なるため、色に違いがあります」という注意表示を入れて印刷する必要が出てきた。食品メーカーの方ならわかると思うが、食品工場で工業生産している食品のパッケージというのは、「はい、じゃあ今から変えます」と、すぐに変えられるものではない。パッケージの原稿である版下を、いろんな法律にのっとって必要事項を表記し、ようやく完成させた後は、製造量や出荷量が決められた生産計画をにらみながら、一気にまとめて大量に印刷するからだ。フィルムなどは、大きなロールで巻いて納品されるので、それこそ量も膨大だ。

販売量が増え、売り上げが増えるのはありがたい話だが、反面、予定していなかったコストや労力、社員の負荷も増えた。

それだけではない。この製品を長年愛用している方すら買えなくなるくらい、在庫が無くなってしまったのだ。印象的だったのは、脚に障害があり、車椅子で生活している女性のお母様からの電話だった。「娘は、脚が悪くて運動することができません。運動量が少ないと、便秘になってしまう。だから、食物繊維の多いおたくの製品を食べているんです。これがないと、娘はダメなんです」と、切実な思いを訴えてこられた。とはいえ、ない袖は振れない。もう日本の工場で作ったものの在庫は切れてしまった。仕方がないので、海外で販売されている、英語のパッケージのものを包んで宅配便で送った。似たようなお問い合わせをたくさん受けた。この大騒動があったおかげで、こんなにもこの製品を必要としている方の存在を知ることができた。が、売れて良かった!万々歳!というより、せっかく長年この製品を愛用し続けてくださっているお客様に迷惑をかけてしまったという、後味の悪さが強く残った。

こうして爆発的に売れたものというのは、視聴者(消費者)の熱が冷めると、一気に売り上げが縮む。多くの企業は「対前年比で○%増」を売り上げ目標にしている。何かの要因で爆発的に売れた翌年というのは、苦しい。通常と比べて高めな売り上げ目標が設定されるからだ。が、現実には、爆発的レベルの時ほど売れない。在庫過多になる。食品ロスが生じ、食品の廃棄が発生する。

食品企業勤務時代に食育講演を行なう筆者(知人撮影)
食品企業勤務時代に食育講演を行なう筆者(知人撮影)

フードファディズムとは

そんな騒ぎの後に聞いたのが「フードファディズム」という考え方だった。1952年、米国のマーティン・ガードナーという著述家が、著書『奇妙な論理』で触れたのが初めだと言われている。筆者は2000年代に入ってからすぐ、食品企業の社員の勉強会である「葵会(あおいかい)」で、群馬大学名誉教授の高橋久仁子先生を講師に招き、お話を伺った。

フードファディズムとは、食品に含まれている栄養素や食品が、体に与える影響を、過剰に評価すること、あるいは逆に、過剰に悪く評価することを指す。科学的に証明された証拠(エビデンス)に関係なく、「これを食べると○○になる」「これを食べると病気になるから一切食べない」など、極端な食の購買行動や摂食行動につながる。

2002年頃に、高橋久仁子先生から教えて頂いた具体的な事例は、たとえば「オレンジジュースが体に良いという情報を知り、毎日大量に飲んでいたら、血糖値が急激に上昇してしまった」「にんにくがよいというので毎日食べていたら、胃に負担がかかり、症状が出てしまった」「ココアがいいというので毎日大量に飲んでいたら血液中の中性脂肪が増えてしまった」「トマトジュースに含まれる塩分に気づかず、大量に飲み過ぎで塩分摂り過ぎになった」など、健康被害に関する内容だった。高橋久仁子先生は、食品の放射能汚染とフードファディズムと題したインタビュー記事で、「放射能を排出する食べ方は栄養学的に意味がない」とも語っている。

稲穂と玄米と白米(画像:iStock)
稲穂と玄米と白米(画像:iStock)

寒天が健康によいという寒天ブーム

高橋先生の講演を聴いた後、まさにそれを目の当たりにした。2005年の寒天ブームだ。テレビの健康番組で紹介されたことで、一気に需要が高まった。その時のことを、伊那食品工業株式会社の会長、塚越寛さんは、著書『リストラなしの「年輪経営」いい会社は「遠きをはかり」ゆっくり成長』で、こう語っている。

(前略)年輪のように、遅いスピードでもいいから、毎年毎年、少しずつ成長していくことを選んだわけです。

 ところが、年輪経営を心がけている私にも抗し難い波が押し寄せました。それは、2005年に巻き起こった寒天ブームです。

(中略)いつもなら私は無理をするような増産には踏み切りません。ただ今回は、お年寄りの方や福祉・医療関係者から、「ぜひ使いたいので頼む」とお願いされたことが心に響きました。(中略)

2005年、伊那食品工業はそれまでやったことなかった昼夜兼行態勢で寒天の増産に取り組みました。その結果、この年の売り上げは前年比40%増となりました。かつてない伸び率に、私は喜びではなく懸念を感じていました。

案の定、寒天ブームが一段落した2006年からは、売上げが減少に転じました。利益も前年を下回りました。(中略)この後遺症から脱するのは数年かかりました。

寒天ブームは、逆に「年輪経営」の正しさを、私たちに教えてくれたものと思っています。

出典:塚越寛著『リストラなしの「年輪経営」いい会社は「遠きをはかり」ゆっくり成長』(光文社)

伊那食品工業は、1958年の創業以来、2005年までの48年間にわたって、増収増益を続けてきた。筆者が評議員を務めている日本食物繊維学会の研究発表大会で、数年前、会長の塚越さんに直接お会いする機会があった。お話ししてみて、伊那食品工業は、ゆっくりと年輪を重ねていく「年輪経営」を大切にしており、地道な企業経営があってこそ、質の高いこの会社が存続し続けてきたのだと改めて実感した。塚越さんは、前述の著書で『「ブーム」というのは、「最大の不幸」』と述べている。

牛乳(画像:ROOM)
牛乳(画像:ROOM)

牛乳への批判

寒天ブームと同時期には、医師の書いた本がミリオンセラーとなった。この本には「牛乳は人間にとって有害である」と書いてあったため、牛乳と関わりの深い、筆者の勤務先にも多くの問い合わせがあった。営業活動にも影響があった。仕事上でやり取りしていた医師の方々は「来る患者が、皆、あの本のことを聞く」と困惑していた。独立行政法人 農畜産業振興機構の公式サイトには、牛乳の生産量のグラフが示されており、1996年までは右肩上がりだったのが、そこをピークに、近年では下がっている。

牛乳の騒動の後にも、バナナや納豆などが健康情報番組で取り上げられ、いずれも爆発的に販売量が増えた。「納豆で痩せる」と謳った健康情報番組は、後に番組終了となった。

香川靖雄先生の勤める女子栄養大学。筆者は女子栄養大学大学院博士後期課程を修了し「食文化情報論」の講義を2011年から2018年1月まで担当した(2018年1月18日、筆者撮影)
香川靖雄先生の勤める女子栄養大学。筆者は女子栄養大学大学院博士後期課程を修了し「食文化情報論」の講義を2011年から2018年1月まで担当した(2018年1月18日、筆者撮影)

消費者が「メディアリテラシー」を持つことは食品ロスの発生抑制にもつながる

科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体「FOOCOM.NET(フーコム)」は、食に関わる専門家の多くが頼りにしている食情報サイトだ。ここでも紹介されている、東京大学医学系研究科・社会予防疫学分野教授の佐々木敏先生の著書『佐々木敏の栄養データはこう読む!疫学研究から読み解くぶれない食べ方』(女子栄養大学出版部)は、科学的根拠(エビデンス)に基づいた情報が書かれている。フードファディズムを防ぐためには、エビデンスに基づいた情報をもとに、食品の消費行動や購買行動をしていきたい。

NHK「ガッテン!」は、過去に放映された缶詰特集で、「作ってすぐのものより半年以上経ったものの方が、味がしみて美味しい」という缶詰会社の社員たちのコメントを紹介した。製造して70年以上経つ赤飯の缶詰を、実際に開封してみて、菌が検出されなかったという結果も紹介した。この事例は、賞味期限を品質が切れる時点だと誤解している人や、「食品とは新しければ新しいほどいい」と思い込んでいる人へ向けて、何度も紹介させて頂いた。

2018年1月17日放映の「ガッテン!」で紹介された、女子栄養大学と埼玉県坂戸市が取り組んで来た坂戸市葉酸プロジェクトは、女子栄養大学の香川靖雄先生が中心となって、長年かけて取り組み、育てて来たものだ。葉酸だけを極端に大量に摂りましょうという趣旨ではない。厚生労働省が5年ごとに定めている「日本人の食事摂取基準」では、成人の一日推奨量は240マイクログラムとされている。だが、日本人のおよそ15%は、遺伝子の関係で、体内で葉酸を活用する能力が低くなっている。そこで、諸外国で一般的な「400マイクログラム」を推奨し、できる限り、野菜などの自然な食物から葉酸を摂取しようとする取り組みだ。

放映後に、「葉酸をようさん(たくさん)摂る」「明日、葉酸サプリ買いに行く」といった書き込みがあったが、葉酸だけを大量に摂取するのは、番組制作者や坂戸市葉酸プロジェクトが意図していた視聴者の反応ではないと思う。消費者が、過度な消費行動・購買行動に走ることは、食品の需要と供給のアンバランスを生み、食品ロスにもつながりかねない。食品は、生きているものから生産されている。ニワトリは、24時間かけて、ようやく一個の卵を産み出す。人間の都合で一気に大量に産むことはできない。

われわれ視聴者の側が、情報を主体的に、俯瞰的に、時には批判的に読み解く「メディアリテラシー」を持つこと。それは、食品ロスの発生抑制にもつながる。一歩引いて、冷静に客観的に情報を捉えたいということを、自戒を込めて述べておきたい。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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