Yahoo!ニュース

食品寄付で高揚感?『飢餓との闘いは国民的娯楽である』

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:ロイター/アフロ)

11月13日は世界食糧サミットが開催され、「(世界食糧安全保障に関する)ローマ宣言」が採択された日だ。20年以上前の平成8年(1996年)、11月13日から17日まで、イタリア・ローマの国連食糧農業機関(FAO)本部に世界185カ国から代表者が集まった。ローマ宣言では「2015年までに栄養不足人口を半減させる」との目標が定まった。

振り返ってみると、1990年代初頭当時23.3%だった栄養不足人口率は、2015年には12.9%に削減された(2015年5月27日国連発表「世界の食料不安の現状2015年報告」)。当初目標としていた「半減」までは及ばなかったが、1990年以降、世界人口が19億人も増えた中で飢餓人口が2億人以上減ったことは、前述の報告書でも「顕著に減少した」と評価を得ている。それでも、世界の飢餓人口は7億9,500万人。世界銀行の「絶対的貧困」の定義である「1日1.90 USD(US$=ユーエスドル)未満で暮らす人」は、2015年時点で7億200万人(世界人口の9.6%)とされている。減ってはきたものの、世界の10%近くが「絶対的貧困」や「栄養不足」状態にある。真水を飲めない人も、世界には、およそ10億人、存在する。

クローズアップされる社会的課題:「食品ロス」と「貧困」

日本でも、「食品ロス」と「貧困」が社会的課題としてクローズアップされている。それを同時に解消する手段として、フードバンクやフードドライブが挙げられている。

参考記事:

農林水産省 「フードバンク」とは

カーブス 「フードドライブ」とは

東日本大震災の食料支援でトラックに乗せてきた食料を積み降ろしする筆者(撮影:一緒にボランティアに来て下さった方、2011年4月撮影
東日本大震災の食料支援でトラックに乗せてきた食料を積み降ろしする筆者(撮影:一緒にボランティアに来て下さった方、2011年4月撮影

筆者も食品メーカー勤務時代にフードバンクに自社商品を寄贈し、社内のフードバンク窓口を兼任し、フードバンクが主催する食品企業会議に出席していた。震災での食料支援を機に独立し、その後3年間は、フードバンクの広報責任者として、取材や講演依頼を受け、この2つの社会的課題の啓発活動に携わってきた。今は「食品ロス」の啓発のための全国やASEAN諸国での講演・講義や、企業への研修・コンサルティング、取材・執筆をおこなっている。地域では、市会議員や商店街の方と協力して「食品ロス削減検討チーム川口」を主宰し、食品ロスを集めて、小中高生の学習支援施設に寄付するフードドライブをおこなっている。

2017年6月に「食品ロス削減検討チーム川口」が実施し集まったフードドライブ食品(筆者撮影)
2017年6月に「食品ロス削減検討チーム川口」が実施し集まったフードドライブ食品(筆者撮影)

そもそも食品を作り過ぎている現状

食品ロス問題の啓発を始めて改めて思うのは、そもそも食品を作り過ぎているのではないかということだ。こんなに必要なのか?捨てる前提で作るなんて、家ではあり得ない。

流通経済研究所の発表によれば、フードバンクで削減できている食品ロスの量は、日本の年間食品ロス発生量(621万トン)に対し、0.06%(3,808トン/2015年)に過ぎない。だが、フードバンクやフードドライブは、数を追い求めるものというより、この問題に意識の薄い一般の方々に、確かにこの問題があることを知らしめるためのシンボリックな活動であると考えている。実際、ボランティア活動を通してこの活動を知った方の中には、その後、何年間も継続して従事される方も少なくない。

このような活動は、「食品ロス」と「貧困」という社会的課題が存在してこそ成り立ちうる。この2つの社会的課題が消えてなくなれば、必要ない。もちろん、これからも、この問題がゼロになるわけがない。だから、少しでも社会的課題が解決するためにおこなっている。活動の現場にいる人は、課題を目の当たりにしている。だからこそ、政策提言できる立場にある。

食料支援活動は「楽しい」し、自分が「満足感を得られる」

タイトルに掲げた『(米国では)飢餓との闘いが国民的娯楽になっている』は、社会学者のジャネット・ポッペンディエクが述べた言葉だ(書籍『食の社会学』より引用。エイミー・グティプル、デニス・コプルトン、ベッツィ・ルーカルの共著、伊藤茂訳、NTT出版)。この言葉に込められた意図や背景をきちんと理解しないと、不真面目な内容だと誤解されるかもしれない。ポッペンディエクは決して「飢餓」問題を茶化しているわけではない。あえて言葉を補うなら「先進国では飢餓との闘いが国民的娯楽になっている」と言えるかもしれない。

書籍『食の社会学』には『フードバンク、フードパントリー、スープキッチンなどのボランティア活動やフードドライブに大勢の人が参加している』ことが、ポッペンディエクの言葉(=国民的娯楽)の背景として挙げられている。『食料不足に苦しんでいる人を見ているといたたまれない気持ちになり、それを必要としている人に与えると大きな満足感が得られる』という言葉も引用されている。フードバンクやフードドライブ、余った食品を持ち寄り調理して食べるサルベージパーティは、楽しいのだ。楽しいからこそ人は集まるのであり、やりがいや満足感があるからこそ活動が継続する。

サルベージパーティで持ち寄られた、乾パンと粒うにの瓶詰めでつくった「うにのカナッペ」(2017年2月26日、筆者撮影)
サルベージパーティで持ち寄られた、乾パンと粒うにの瓶詰めでつくった「うにのカナッペ」(2017年2月26日、筆者撮影)

ここ数年間で起きた話だ。ある自然災害が発生した後、食品を集めて被災地に提供する・・という試みがあった。その時には、3.11の東日本大震災と違って、津波は起きていなかったため、復興は3.11に比べて早いペースで進んでいた。だから、被災地では、ほどなく商店が開店し、人々もそこで購買を始めていた。だが、そこに、タイムラグが生じての「無償の食品提供」があったため、地元の人たちが「無料で食べられる」ところに流れてしまい、商店での売上が落ちてしまった。かたや、支援した側の人たちは、「支援をした」ことで、大きな自己満足感を得ていることが伝わってきた。これって、支援する側の自己満足のためのものだったのだろうか。都民ファーストならぬ「被災地の人ファースト」なのではないか。

食料アクセス問題は食の過剰生産問題と密接に結びついている

書籍『食の社会学』では、食料へのアクセスにまつわる問題の原因が社会にあり、過剰生産の問題と驚くほど密接に結びついていることが指摘されている。

最近、知る人が増えてきている、国連が定めた「SDGs:エスディージーズ(持続可能な開発目標)」に基づけば、適切な量を作り、適切な量を売り、適切な量を消費する、のが理想的ということになる。

目標 12 持続可能な消費と生産のパターンを確保する Goal 12 Ensure sustainable consumption and production patterns

SDGs(持続可能な開発目標)
SDGs(持続可能な開発目標)

食品が余るからこそ、フードバンクやフードドライブが存在し得るのだ。もちろん、余ること自体には未来永劫変わりはない。食品製造業を大規模で営んでいる以上、余らないことなどあり得ない。ただ、現状では「余り過ぎ」で「捨て過ぎ」ているから、余る量をできる限り少なくするため、いろんな方策を講じているのだ。日本気象協会の気象データを活用し、需要予測の精度を向上して、ロスを削減するのもそうである。

参考記事:

なぜ食品業界は日本気象協会に仕事を依頼するのか

また、高機能包装を開発して賞味期限を延長する取組(農林水産省公表)もそれに該当する。最近、報道されたように、賞味期限表示を「年月日」から「年月」化するのもそうである。これらはすべて「Reduce(廃棄物の発生抑制)」に相当する。

筆者自身、食品メーカーに勤めていたとき、このような「Reduce」の努力を、いち社員としてしていたか?していなかった。すでにフードバンクに多大な寄贈をしていた米国本社から、日本のフードバンクであるセカンドハーベスト・ジャパンを紹介され、全社一名での広報・栄養業務に加えて、社会貢献事業としてのフードバンク担当を兼務していた。フードバンクは楽しいのだ。喜んでくれる人がいて、自分も気持ちがいい。やりがいを感じる。ボランティアに来る人は、清々しい表情になって帰っていく。書籍『食の社会学』でも『わずかな出費で(食品を寄付し)自らの感情のボルテージを高めている』ことが触れられている。

先日、食料支援を礼賛する記事を目にした。現場に入って長く働いたことがないからこそ書ける記事だと感じた。食料支援の現場に入り込んで長期間働けば、たとえば「2年以上、母と19歳・14歳の娘2名がインターネットカフェに住みこんでおり、栄養価の高い食料を緊急に必要としている成長期の子ども(14歳)にアクセスしづらく、今すぐ届けにくい」(NHK「女性の貧困」シリーズで2014年1月27日・4月27日に放映された事例)など、いろんな課題を認識し、どうにもならないジレンマにさいなまれる。ポジティブな面だけではなく、別の面も併せ持っていることに触れなければならないと感じる。支援をしたことで自分が満足感を得るためだけではなく、食品を受ける人が一番満足するのはどういう形なのかを考えなければならない。でも、食品を受けとってほしい人は、隠れていて見えづらい。そして、その人々は、一律ではなく、多種多様である。

提言:まずは作り過ぎ、売り過ぎ、消費し過ぎのレベルを0.01%でも下げる努力をすること

このような食料支援の活動を報じるメディアには、環境の原則である「3R」の最優先が「Reduce=リデュース(廃棄物の発生抑制)」であることを報じて頂きたいと、取材の機会があるごとにお願いしている。食品リサイクル法の基本方針でも、Reduceが最優先と掲げられている。3Rの2番目に「Reuse=リユース(再利用)」が来て、3番目が「Recycle(リサイクル)」である。

食品を製造、販売、消費する一連の流れで、余るのは仕方がないし、ゼロにはできない。だが、過剰なほど大量に余るのが織り込み済みで、それが当然というのは違和感を感じる。余り過ぎている現状から、たとえ0.01%でも減らすことが必要で、それでも減らないものを「Reuse(再利用)」し、「Recycle(リサイクル)」する・・・という「3R」の原則を、あらためて認識することが必要ではないだろうか。

参考記事:

3Rってなんだろう(資源・リサイクル促進センター)

農林水産省:「食品リサイクル法」とは

追記:タイトルが専門書からの引用で(『飢餓との闘いは国民的娯楽である』)難解との指摘があったため、追記しました(2017年11月13日 18:54)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

井出留美の最近の記事