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お花見や宴会で全国に拡がる「食べきり運動」の発祥は

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(ペイレスイメージズ/アフロ)

春は異動や新生活に伴い、歓送迎会が多い時期だ。ここ数年、首都圏では3月に咲き、4月には散ってしまうことが多かった桜も、今年は4月の入学式シーズンに満開となっている。私も先日、打合せの帰りに王子駅までバスに乗っていたら、音無親水公園のあたりに人だかりが見えた。駅を降りて歩いて行ってみると、有名な卵焼きのお店には数十人の行列ができており、満開の桜のもと、缶チューハイを片手に楽しむ人たちがたくさん集まっていた。

東京・音無親水公園で咲く満開の桜(東京都北区、2017年4月4日著者撮影)
東京・音無親水公園で咲く満開の桜(東京都北区、2017年4月4日著者撮影)

私が取り組んでいる「食品ロス」という社会的課題。食品ロスとは「まだ充分食べられるにも関わらず、賞味期限接近など、さまざまな理由で捨てられる運命にある食品」を指す。日本全体では年間632万トン。東京都民が一年間食べる量に匹敵する。その半分は家庭から、残り半分が事業者から発生する。事業者由来のうちでも発生率が多いのが「宴会」である。平成27年度の発生率を見てみると、飲食店や結婚披露宴と比べても、「宴会」の食べ残し率が高くなっている。

外食での食べ残し量。棒グラフ右端の「宴会」が最も高い(%、平成27年度、農林水産省資料による)
外食での食べ残し量。棒グラフ右端の「宴会」が最も高い(%、平成27年度、農林水産省資料による)

その宴会の食べ残しをなんとかして減らそう、ということで、福井県では、平成18年度(2006年度)より「おいしいふくい食べきり運動」を展開している。今でこそ、食べきり運動は、食品ロス削減の機運を受けて盛んになっているが、10年以上も前から行なっているのはかなり先進的と言える。

その後、長野県松本市の菅谷昭市長は、「会が始まってからの30分間は席について食事を食べよう」と提案し、市役所ではそれを実践した。その後、せっかくだから市民向けにも提案しようということで、(宴会の)最後の10分間に席で食事を食べきろう、というのが加わり、松本市の「30・10(さんまるいちまる)運動」が始まった。宴会の、最初の30分間は席で食事を楽しみ、最後の10分間は席に戻って食事を食べきる、というものである。この流れは、私としては納得できる。長野県小県(ちいさがた)郡での披露宴に出席したとき、「カンパーイ!」と発声が終わるやいなや、新郎新婦はじめ、新郎新婦の関係者がみな席を立ち、お酌してまわり始めたのである。もちろん、長野県の中でも差はあるのだろうが、それまで目にしたことのない光景だったので、かなり驚いた。最初に食べないでお酌して廻っていれば、当然、席に置かれた食事は残ることになる。

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長野県松本市の「30・10(さんまるいちまる)運動」を初めて知ったのは、2012年頃だっただろうか。かなり早かったと記憶している。消費者庁での「食品ロス削減」の意見交換会には、長野県松本市の職員、羽田野雅司さんが毎回参加していたので、そのときかもしれない。国(省庁)が主催する会議に、地方の市区町村の職員の方が呼ばれているということは、それだけ、その地域の活動が注目すべき事例だからだと思った。実際、お話を伺ってみて、積極的に食品ロス削減に取り組む姿勢に大変刺激を受けた。

当時は、宴会向けに、居酒屋向け「30・10(さんまるいちまる)」のコースターを作った、という話を紹介されていた。それがとても好評だったので、隣の(長野県)塩尻市なども「これはいいね」ということで、拡がっていった・・ということだった。

長野県松本市が制作している30・10(さんまるいちまる)運動のコースター(長野県松本市の公式サイトより)
長野県松本市が制作している30・10(さんまるいちまる)運動のコースター(長野県松本市の公式サイトより)

その後、しばらくすると、「30・10(さんまるいちまる)運動」は、九州の佐賀市など、全国にじわじわと拡がっていった。ひとつの地方都市が始めたものにしては、素晴らしい波及力である。

今月から、青森県八戸市が市内のホテルや結婚式場で30・10(さんまるいちまる)運動を始めたという記事「食品ロス」解消へスクラム/八戸市とホテルなど「3010運動」もあった。

愛媛県松山市は、9年連続で一般ごみの排出量が全国最小だったが、飲食店からの食べ残しで、全国一位の座を東京都八王子市に明け渡した。そんなことも背景にあるのか、愛媛県では県内の飲食店50店舗を指定し、食べ残しがなかった客に料金割引などのサービスを進めるよう、提案している(読売新聞 2017年4月4日付)。

富山県では、食品ロス削減検討委員会が知事に宴会食べ残し削減を提言している(チューリップテレビより)。

2016年2月と5月、食品ロスを含めたごみの削減に積極的に取り組む京都市を取材した。京都市は、ごみ半減プランを制定し、2000年度に81.5万トンあったゴミの量を、2015年度には44.0万トンまで、半分近くも削減している。2015年10月にはしまつのこころ条例を施行している。

京都市で渡された資料を見ると、「30・10(サーティ・テン)運動」と書いてあった。京都市長が登壇されたシンポジウムの資料を見ても、「サーティ・テン運動」と書いてある。伺ってみると、長野県松本市の「30・10(さんまるいちまる)」を参考にした、とのことだった。

4月5日付で配信された毎日新聞の記事、<宴会>「食べ残しゼロ」に…啓発へ自治体が全国ネットを見てみると、どうやら、地域によって呼び方が違うようである。

長野県の駒ケ根市は「駒ヶ根20・10(ニーマルイチマル)運動」

山口県下関市は「宴は一期一礼(15・10)」

北海道札幌市は「ニコッと(2510)スマイル宴(うたげ)」

千葉県館山市は「30・15(サンマルイチゴ)運動」

千葉県館山市のホームページに説明は書いていないが、名産の「苺(イチゴ)」に引っ掛けたのではないだろうか。

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神奈川県横浜市は、毎月10日と30日は家庭の冷蔵庫を整理する日として冷蔵庫10(イーオ)30(ミーオ)運動を展開している。

埼玉県は食べきりタイムと称して、宴会の最後の15分間に食べきることを奨励している。

いろいろな呼び名があるが、「さんまるいちまる」という呼びやすさは、ここまで拡がった要因の一つではないか。

私が大学卒業後、最初に勤めたライオン株式会社では、毎年6月4日に、歯を大切にする取り組みをおこなっている。そのひとつが、80歳まで20本の歯を残そうという「8020(ハチマルニイマル)運動」である。今では8020推進財団も設立されている。これも呼びやすさ、覚えやすさがキーポイントになっている。たとえ歯のお手入れに関心の薄い人でも、頭の片隅に残りやすい。

2017年2月2日、参議院議員会館へ伺って、食品ロス削減についての提言をおこなったとき、環境省の方から「どうぞ」とPOPをいただいた。「30・10(さんまるいちまる)」の三角柱のPOPだった。「合コンバージョン」ほか、6種類あるそうだ。

環境省が制作した30・10(さんまるいちまる)運動の三角柱POP
環境省が制作した30・10(さんまるいちまる)運動の三角柱POP

一つの市が提案し、まずは市で活動を始め、その後、同じ県の別の市に広がり、それが別の都道府県にも波及し、最後には国が率先して運動を支援するようになる・・・・まさに理想的な動きである。

全国200以上の自治体がつながる全国おいしい食べきり運動ネットワークも昨年2016年10月に発足した。

中国や韓国では、お客が食べきれないくらいの食事を出すのが「おもてなし」、食べ残すのが「マナー」という風潮があるらしい。中国では宴会の食べ残しが年間5,000万トンにのぼるという説もあり、2012年から2013年にかけて「中国光盤運動(食べ残し撲滅運動)」が始まった。中国光盤運動に関する報道も増え、農業部(日本の農林水産省にあたる)も、「驚くべき量(の食べ残し)。食糧節約は国家戦略上、極めて重要。政府は節約を指示すべきである」と述べている(国営新華社通信発行 時事週刊誌「瞭望」より)

歓送迎会やお花見のシーズン、「30・10(さんまるいちまる)」を思い浮かべて、食事は食べキリ、物も気持ちもスッキリ!で新年度をスタートしたい。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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