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環境の変化を自ら求め、大躍進。ツインズ・前田健太から学ぶこと

一村順子フリーランス・スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 日本の3月といえば、卒業の季節。新たな環境を迎える人も多いと思う。卒業式、入学式、入社式、始業式。人生の節目に心を躍らせる人も一抹の不安を抱える人もいるだろう。そんな人々に、今回はツインズ・前田健太投手(32)のストーリーを紹介したい。

 桜が満開を迎える頃、海を挟んだ米国では4月1日(日本時間2日)、前田が敵地ブルワーズで行われる開幕戦のマウンドに上がる。昨年2月、ドジャーズからツインズへのトレード移籍を機に、新天地では、コロナ禍で60試合制となった公式戦で6勝1敗、防御率2・70と大活躍。サイ・ヤング賞候補2位となり、メジャーを代表する右腕に飛躍した。9イニング当たりの三振率は10・80と、04年のヨハン・サンタナの10・46を上回る球団記録を樹立。8月のブルワーズ戦での打者8人連続三振も球団新記録。ツ軍の看板選手になった。

 今春、フロリダ州のキャンプ地に戻ってきた前田は、去年とは違う前田だった。球団発行のメディアガイドの表紙を飾り、メジャー6年目で初の開幕投手に指名された。オープン戦は22日(同23日)時点で4試合に登板し、防御率0・63。家伝の宝刀チェンジアップとスライダーに加え、カーブ、ツーシームにも意欲的に取り組み、「チームメイトからボールの握りや、ピッチングについて聞かれることが多くなった」(前田)と周囲も変化した。

 「ドジャーズが悪かった訳じゃないが、4年間経験して学んできたことをツインズで活かすことができた。環境が変わって、いい成績を残して、こうやってチャンスが巡ってきた。メジャーに来て、まさか開幕の日に先発のマウンドに上がる日がくるとは、夢にも思わなかった。嬉しいし、楽しみですし、何とかチームが勝てるピッチングが出来ればと思う」

 大役に意気込みつつ、古巣への気遣いも忘れなかった。本人がユーチューブで明かした通り、自ら望んだトレード。4年間在籍したド軍では先発ローテ入りが確約されず、結果を出しても、シーズン途中に中継ぎに配置転換された。出来高制に比重を置く契約のため、球団が投球回数を制限しているとも噂された。真相はともあれ、前田が意を決して球団に申し出たことが、最初の一歩。所有権を持つド軍の理解もあって移籍が実現した。

 コロナ前の去年2月、キャンプ地で行われる恒例のメディア・デー。バルデリ監督に「ケンタはハッピーに見えますか」と尋ねられた。「ええ。とっても。(DH制で)打席に立てないこと以外は(笑)」と答えると、指揮官も「彼には心地よくやって欲しい。素晴らしいボールを持っている。きっとチームにフィットする」と笑顔を返した。ツ軍は全面的に前田を受け入れた。ド軍時代は左打者への課題を指摘されてきたが、ジョンソン投手コーチは長所を伸ばすことを奨励した。

 「左打者の被打率や相性など、データを見て、自分でもネガティブになり過ぎていた。長所を伸ばせば抑えられると声を掛けて貰って、自信を持ってマウンドに上がっている」。左対策として磨きを掛けたチェンジアップが威力を発揮。プロ経験のない異色の投手コーチとの出会いを、前田は「自分の成長に力を貸してくれる存在」と感謝する。「監督、コーチに信頼して貰っていることが嬉しいし、期待に応えたい思いが強い」。人が育つ背景に、周囲の期待と信頼は大きな要素なのだろう。

 カーショーを始め、スーパースターがゴロゴロいるLAの伝統球団ド軍と、中地区の中都市ミネソタを拠点とするツ軍は、球団資金もチームカラーも違う。明るいラテン系の選手も多く、「緩い感じはある」と前田。ド軍では襟付きが義務付けられた移動日のドレスコードもなく、のびのびしたムード。そんな中、前田は主力・ドナルドソン内野手に日本語の歌を聞かせるなど、地道に人間関係を築き上げていった。昨年8月のブルワーズ戦、9回途中までノーヒットノーランの快投も、抑えのロジャースが救援失敗。翌日、守護神がお詫びの手紙と高級お米券を贈ったエピソードは、前田がチームメイトに愛されている証拠だろう。

 去年のシーズン終了時、環境の変化を成功に導く鍵は何か、と尋ねたら「自分を知ってもらうことじゃないかと思う」という答えが返ってきた。元々の実力に加え、新しい出会い、発見を経て、前田は覚醒した。自分を高める人間関係が自信を回復させ、努力の方向性を明確にしたのだろう。移籍、転職、引っ越し…。人生の転機は時に軋轢を生み、困難を伴うことも。だが、正当な評価を求め、投手として更に高いレベルを求めた移籍は英断だった。どんな仕事にも困難は付きまとう。だが、そこに、やりがいや充実感、ハピネスを実感して人は更に成長する。筆者は、オンライン会見の度に前田から貰うポジティブな勇気を、何とか紙面で伝えたいと思っている。

 開幕投手は広島時代の2015年以来、日米通算6度目。「ある程度、年齢も重ねて、開幕投手の重みだったり、プレッシャーは感じている。メジャーで開幕投手を務めることがどれだけ大変なことかを経験してきたので、重みとしては、初めて日本でやった時とは全く違うと思う」と語った。渡米後、決して順風満帆ではなかったベテランの思いが、滲み出た。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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