グレーゾーンに明確な境界線。野球の醍醐味を損うハイテク時代のサイン盗みの功罪を考える。

昨年12月のウインター会議に臨んだアストロズのヒンチ監督。「今は何も話せない」(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 昨オフからMLBを揺るがせてきたアストロズの電子機器を使ったサイン盗み疑惑が、急展開を見せた。大リーグ機構はア軍の調査を終了し、1月13日(日本時間14日)にルノーGMとヒンチ監督の今季終了までの職務停止処分と、球団に500万ドル(約5億5000万円)の罰金処分、今季から2年間ドラフト1、2巡目指名剥奪の厳罰を課した。ア軍は、その日のうちに、ルノーGMとヒンチ監督の解任。翌14日(同15日)には、レッドソックスが17年にア軍でベンチコーチを務めていたコーラ監督を解任。機構は選手への処分を控えたが、16日(同17日)にはメッツが、招聘したばかりのベルトラン新監督を解任。アストロズでの現役時代にサイン盗みを主導していたからだった。キャンプまで約1ヶ月に迫った1月中旬に、3日間で3球団の監督が解任される非常事態。球界に激震が走った。

 処分が厳しいか甘いか、その適正については、議論の余地があるだろう。ただ、3日間を通じてサイン盗みの罪とは何か、改めて考えさせられた。サイン盗みの歴史は古く、現場では「みんな、やっている」という声も聞くし、高校野球でも度々問題化する。ブロックサインは盗まれる方が下手という認識だから、「盗む」より「見破る」と言っていいかもしれない。基本的に見抜くのはシロ、伝達行為はクロと考えていたが、そこにはグレーゾーンが存在した。マンフレッドコミッショナーは、二塁走者が球種を伝える行為は「ベースボールの一部」と容認したが、電子機器を使った伝達行為に厳罰を与えることで、そのグレーゾーンに明確な線引きをした。

 結局、それは、野球の醍醐味を損なわせる行為だからだろう。美しい放物線を描く本塁打や、手に汗握る投手戦など、野球の面白さは多岐に渡る。中でも、投手と打者の駆け引きはスリリングで興味深い。1球目の入り方、追い込んでの勝負球…。アメリカンフットボールにもあるリズムだけれど、プレーが1つずつ停止するスポーツは、いわば、将棋のように、読みや駆け引き、伏線が、試合を動かしていく。その特性が野球という知的で奥深いスポーツに味わいを持たせ、多くのファンは、勝っても負けても、「あの1球」に思いを巡らせる。

 ナショナルズ・シャーザーのスライダーのように、きっと来ると判っていても打てない球もあるし、読み切った球種を尚且つ完璧に仕留めるのが、好打者とも言える。だが、投手が1球1球、意図して投げることから野球のプレーは始まる。それが、ビデオで盗撮され、打者に通達されたら、それは、もう後出しジャンケンと一緒。頭脳プレーでも洞察力でもないチートであって、野球の趣を奪い去ってしまう。最近は、どのチームもサイン盗みに神経をすり減らし、バッテリーのサイン確認で試合時間は長引く一方だ。

 

 レッドソックスがアップルウォッチでサインを盗み、罰金処分を受けた17年9月、大リーグ機構は電子機器を使った伝達を禁止する旨を30球団に通知。違反行為への罰則を通告した。プレーオフではベンチに監視員を置くなど手を打ってきたが、リプレイビデオルールの密室で、ハイテクを駆使した巧妙な手口は、組織化され、球史に汚点を残す不祥事を招いた。

 テクノロジーの進化は、猛烈なスピードでスポーツの中に入り込み、その本質を変えていく。違法薬物問題は91年に禁止されながら、大リーグ機構は10年に渡って、見て見ぬ振りを続け、03年に始まったドーピング検査も、当初は罰則なしと規制が緩かった。そんな中、筋力増強剤、PEDと違法薬物も多様化。ドーピング検査の目を掻い潜る新種が後を絶たず、今尚、絶滅に至っていない。今回の大リーグ機構は。通達から約2年で前例を作り、グレーゾーンにくっきり限界線を引いた。日進月歩のハイテク時代、ゲームの公正さやファンや選手の安全性を高める変化は歓迎し、逆に、野球本来の楽しみを奪う変化は、今後も慎重に対処されるべきだろう。

 思えば、最新鋭のデータ活用で世界一となったヒンチ監督は野球IQの高い知将で、コーラ監督は現役時代からサインを見抜く眼力を備えていた。通算312盗塁のベルトランも、投手のモーションを見破る走塁技術は超一流だった。誰よりも野球の観察眼に優れた3人が、ハイテク時代に一線を超える罪を犯した。かつて、誰よりも飛ばす能力を持っていたボンズやマグガイヤたちが、ステロイド全盛時代に一線を超えてしまったように。