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レッドソックスの取材現場から追う激動のトレード期限48時間。

一村順子フリーランス・スポーツライター
レッドソックス チェリントンGM 実際、寝る暇もない2日間だったことだろう。

激動の締め切り間際48時間

今年も7月末のトレード・デッドラインがやってきた。大リーグと日本のプロ野球の徹底的な違いの1つを感じる時だ。米国も日本も7月31日に迎えるウエーバーを経ないトレード期限。だが、それを巡る一連の騒ぎぶりは大きな違いがある。日本の交渉は徹底的に水面下で行われるのに比べて、メジャーの場合は交渉段階から分刻みでどんどんメディアに露出する。レッドソックスの本拠地フェンウェイパークからトレード期限締め切り(米国東時間午後4時)までの激動の48時間をお伝えしたい。

嵐の前兆29日

48時間前となる29日の午後4時。本拠地球場で試合前会見に臨んだファレル監督は「この業界は今、最も噂が飛び交う時。色々な思いも交差する。トレードに名前が挙がっている選手とは話もした。できるだけ平常心で試合に臨みたい。きょうもレスターはユニフォームを着て球場にいる」と話した。

プレーオフ進出の可能性が事実上消滅したレッドソックスはトレード市場で、今季限りでFAとなる主力を放出し、来季以降を見据えた戦力を獲得する“売り手”となった。左腕エースのレスターを筆頭に抑えの上原浩治らの名前が挙る中、指揮官は該当者と個別にコミュニケーションを図ったと明かした。26日に第1号としてジャイアンツに移籍した右腕ピービーも首脳陣から交渉状況を伝えられており、「チームを去るのは寂しいけれど、これもメジャーの一部。チェリントンGMからある程度聞いていたし、球団の配慮は有り難かった」と話していた。

こういうオープンさは日本にはない。日本の場合は極秘交渉が前提で、正式発表より先にメディアが報じた時点で消滅することもあれば、当該選手が自分の処遇を報道で初めて知るケースもある。最近は随分意識も変わってきたが、それでも日本では『生え抜き』へのこだわりが強く、トレード自体の否定的なイメージが根強いからかもしれない。球団は発表まで徹底的に隠すし、メディアも途中経過より、できれば、決定事項としてのスクープを狙う基本姿勢があるからだ。

一方、買い手と売り手に分かれてダイナミックに交渉を進めるメジャーでは、三角、四角トレードも頻繁。人気選手に6、7球団が絡むケースもある。関わる人間が多い程、情報は漏れる。加えて、日本のように朝刊や夕刊の締め切り時間帯に縛られない米メディアはツイッターなどを通じてバンバン情報を流す。「A球団が交渉した」「B球団とは決裂した」「交換要員で揉めている」等々…。トレードの噂話を専門に扱うネットが随時、情報を集めては記事をアップする。ESPNやFOXスポーツ、MLB.COMなど大手電子版もネタを寝かせることなく、リアルタイムで報じるから、7月最終週は時間刻みで時が過ぎ、残り48時間を切ると分単位で新事実が明らかになっていく。

試合後には更に驚くことが起きた。ファレル監督が翌30日の先発予定だったレスターは投げないと発表したからだ。「今の状況を考えれば、投げない方が皆に利益がある」。万が一怪我でもすれば、交渉は頓挫しかねないし、身辺騒がしいレスターを配慮した一面もあろう。だが、まだ決まってもいないトレードに備えて登板回避する文化は日本にはない。この発言で、米メディアの報道は深夜にかけて一段と激化。一夜明けた30日は朝から「レスター獲りにオリオールズが参戦」「アスレチックスも参戦」と詳細が明かされた。

いよいよ残り1日

30日午後4時。締め切りまで24時間に迫る頃、一斉にメディアは左腕ドゥブロンがカブスにトレードされたと報じ始めた。地元のラジオは『トレード期限ショー』とリスナー参加型で歴代トレードを振り返る特番をやりだした。97年にマリナーズから獲得したマイナーの有望捕手・バリテックが後に如何に偉大な選手となったか。ガルシアパーラを放出して獲得したデーブ・ロバーツの“世紀の盗塁”を決めて、ベーブルースの呪いが解けた04年…。それぞれの年にドラマがあり、語り継ぐ歴史がある。もはや、“お祭り状態”。米国のトレード期限は、ある意味、日本のドラフト会議に相当するような雰囲気がある。

締め切り当日は怒濤の合意ラッシュ

衝撃のニュースが伝えられたのは、期限当日31日の午前10時過ぎだ。ツイッターに多くの記者が「西海岸だ」「アスレチックスか」「裏を取った」「確認した」「セスペデスが交換要員だ」と投稿。テレビは速報を流した。正午を過ぎると右腕ラッキーもカージナルスへ移籍が決定。締め切り約1時間前には、中継ぎ左腕のミラーがオリオールズにトレードされたと報じられた。残り30分を過ぎて、「まだ、終わりじゃない」の一報があり、最終的には締め切り15分前に、遊撃手のドルーの宿敵ヤンキースへのトレードが報じられた。

電撃に次ぐ電撃。レスター、ラッキーの名前は当初から挙っていたものの、交換要員のセスペデスは寝耳に水だったし、最後のトドメとなったドルーにも驚いた。売りも売ったり。栄光のワールドシリーズ優勝から8ヶ月。レッドソックスは最後の24時間でドゥブロン、レスター、ゴームス、ラッキー、ミラー、ドルーの計7人を放出した。昨年の世界一先発陣で残ったのはバックホルツ只一人という凄まじいセールだ。実際、レスターの交渉が合意に達したのは30日午前4時という。2年前、長期契約を残すベケット、クロフォードら計4人の主力をドジャーズに放出し、総年俸270億円のメガトレードを成立させたチェリントンGMは、午後6時から行った記者会見で「これまでチームに貢献してくれた選手を出すのはタフな決断だったが、今季の低迷は私に責任がある。よりよいチームをつくって出直すためには必要だった」と振り返った。

抑え・上原は残留

去年以降の実績からトレード市場で引く手あまたの需要があると思われた抑えの上原は、結局、球団側が保留の意向が強く、無風に終わった。激動の1ヶ月間、上原は感情を表に出すことなく淡々と自分の仕事に徹していた。「なるようにしかならないし、自分がやれることは変わらない」。レンジャースへのトレードが決まった時は感極まって涙を流したが、「あの時は何が何だか分からない状況だった。1回そういうことを経験したから、今年はもう全然落ち着いていますよ」。メジャー流のトレードには慣れた様子だったが、さすがに30日の試合後には「凄いですね、メジャーの世界は。突然、いなくなりますから。皆、気持ちが浮ついて、落ち着いて野球ができない状況はあると思う」と胸の内を明かした。

優勝請負人を獲得して、いよいよ、プレーオフ進出だと怪気炎を挙げる勝ち組と、主力のロッカーが空っぽになり、スタメンにマイナー上がりの新人が名前を連ねる負け組。上原はレ軍在籍2年間で対照的な2つのトレード期限を経験したことになる。きょう1日から若手、新戦力に切り替わった新生レッドソックスはいきなりヤンキースと対戦する。「気持ちを抜いてやることは絶対に許されないこと。観にきてくれる人がいる限り、一生懸命やるのが僕らの仕事だから、頑張ります」と守護神は残り54試合の全力投球を誓う。一抹の寂しさとメジャーのシビアさをかみしめながら…。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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