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新型コロナと向き合い、行動する地方自治体

一井暁子一般社団法人つながる地域づくり研究所 代表理事
「出前イーツ」スタッフとして働く「しごとコンビニ」登録者(しごとコンビニ提供)

4月7日、新型コロナウィルスの感染拡大を受けた緊急経済対策が閣議決定されました。事業規模は108.2兆円と過去最大です。

感染拡大を防ぐための外出自粛や休業の要請が経済に与える影響は計り知れず、国だけでなく、自治体も対策に取り組み始めています。

北海道東川町では、3月定例議会と4月10日の臨時議会において、続けて補正予算が議決され、合わせて1.1億円の事業規模の対策を打ち出しました。

人口8000人の小さな町は、新型コロナの影響と、どのように向き合っていこうとしているのでしょうか。

小さな事業所は、今支えなければ立ち直れなくなってしまう

今回の対策を取りまとめた市川直樹副町長のお話を伺うと、小さな町だからこそ、町民や事業所の生活や経営の変化が目に見えて分かり、そのために町としてできるところに手を打とうと努めていることが伝わってきました。

「飲食や小売、宿泊、家具等をはじめとして、落ち込みが激しいという声をたくさん聞きました。東川町は個人事業主など小規模な事業所が多いので、お金が回らなくなると立ち直れなくなってしまう。コロナが過ぎた後に回復すればいい、というわけにはいかないんです。」

「町内のお店など事業所の経営が成り立って初めて、住んでいる人の暮らしもいいものになると思います。」

既に3月議会での議決を受けて、融資を受けた事業者に対する信用保証料や利子の全額補給が始まっており、特に、町の主要産業である家具・クラフト等の事業者に対しては、公共施設の家具等を制作してもらって買い上げる事業を行います。

東川家具(東川町提供)
東川家具(東川町提供)

この事業費は4,800万円で、経済波及効果額は6,030万円に上ります(東川町産業連関表を作成した中村良平岡山大学大学院特任教授による算出)。

一般的に公共の発注では、納品して検品が完了するまで支払がないことも多いのですが、東川町では、事業者のキャッシュ不足を支えるため、発注後の早めの支払にも柔軟に対応するなど、実態に合わせたきめ細やかな配慮が感じられました。

町民の不安やつらさに寄り添う

「子ども達は一斉休校で大きな影響を受けました。保護者の皆さんも大変だったと思います。それに対して少しでも何かできないか。同時に、売上が大幅に下がっている飲食店を支えるために、町内の飲食店で使える『親子食事チケット』を発行します。」

「家族で美味しいものを一緒に食べてもらって、ちょっと気持ちが和んでくれたらいいですね。子ども達が、東川にはこんな素敵なお店があるんだ!と、町の魅力に気付いてくれるきっかけにもなればと思っています。」

0~18歳の子ども達に加え、町内にある高校や専門学校の生徒、日本で唯一の公立日本語学校で学んでいる留学生も対象とし、500円券6枚が、約1,600人に届きます。

こんな時だからこそ、新しい発想を

「もちろん、皆さんが外出を控えている時期ですので、このチケットは『出前イーツ』で使えます。」

出前イーツ(東川町提供)
出前イーツ(東川町提供)

「出前イーツ」は、東川町商工会青年部が主体となって、町と連携し、町内飲食店の「出前」を行う事業。3月末から始まっており、これまでに300件近い利用があったとのこと(4月10日現在)。

ご家庭での利用を想定していたそうですが、会社からの注文や、高齢で一人暮らしの親御さんのための注文など、思った以上の拡がりを見せています。

お店からも、新しいお客さんからの注文が多いという声が寄せられ、行ったことのないお店の味を「出前イーツ」で試してみて、気に入ったら実際にお店に行ってみよう、という新規開拓にもつながっているようです。

これまでの実績を基に試算すると、予定されている3か月間で飲食店の売上が450万円増加し、その約1.3倍、591万円の経済波及効果があります(同じく中村教授による算出)。

ルートを検討する「しごとコンビニ」登録者(しごとコンビニ提供)
ルートを検討する「しごとコンビニ」登録者(しごとコンビニ提供)

「出前イーツ」の東川町ならではの特徴は、「出前」を「しごとコンビニ」が担っているところです。

「しごとコンビニ」は、「手の空いた時間を活かしてちょっと働きたい人」に登録してもらい、事業所や町役場等から受託した仕事とマッチングして働いてもらう仕組みです。現在、70名程度いる登録者の中で希望を募って、「出前」スタッフとして活躍してもらっています。

「元々は、子育て中の女性や高齢者、外国人留学生等を想定していたのですが、新型コロナの影響で、仕事がなくなった方や減った方、あるいはそうなるかもしれないと心配している方に対しても、気持ちが落ち込む時だからこそ、安心を提供できると考えています。」

「時間も好きな時、都合のいい時に働けますし、パソコンの講座なども開いていますので、今後に備えて勉強やスキルアップをしていただくこともできます。」

実際に「出前」スタッフとして働いている人からは、「出前を届けた先からも、お店からも、感謝の言葉をかけてもらって、本当にうれしい。やりがいがあるのでがんばります」といった喜びの声が聞かれるそうです。

マスク制作について話し合う「しごとコンビニ」登録者(しごとコンビニ提供)
マスク制作について話し合う「しごとコンビニ」登録者(しごとコンビニ提供)

東川町では、「出前イーツ」に加え、町内の子ども達や福祉施設等のためのマスクの制作や、資料のデジタル化作業も、経済対策として「しごとコンビニ」に委託することにしており、合わせて960万円が、報酬として働いた人の手に渡ります。

コロナ後を見すえて

東川町の経済対策は、ご紹介したものを含め、15事業ありますが、全体としてどのような方針で立案されたのか、松岡市郎町長に伺いました。

「方針は3つです。

まず、その事業限りで終わらないこと。

次に、東川らしいまちづくりに役立つものであること。

そして、未来への投資、将来に残るものにすること。」

事業の内容を見てみると、確かに、政策的にも経済的にも、単発で終わらず、事業効果が次につながったり他に波及したりするような工夫がされています。

例えば、町独自のHUCカード(商工会が発行するポイントカード。行政ポイントや電子マネーも使える)を活用した、高率ポイント付与や電子マネープレミアムといった施策は一般的なものですが、そこに併せて、町内の魅力的なスポットをSNSで発信すれば特典を付ける、というひとひねりが加わります。

今は町外や外国から観光客に来てもらうことはできないけれど、コロナ後を見すえて、ファンづくりや関係づくりにつなげよう、という思いは、東川らしい空間をつくり、魅力を高めるために、公共施設の家具等の制作を依頼し、買い上げる施策にも通じます。当然、家具やクラフトも、培われた職人の技も、将来にわたって町の中に残ります。

新型コロナウィルスの感染拡大の終わりは見えず、経済への影響もどれほどのものになるのか見通しが立ちません。

しかしそういう状況だからこそ、全国の自治体が、それぞれの自治体の特徴や強みを活かしながら、社会や経済の変化に対応する新たな発想をもって、住民の暮らしや気持ちを支え、コロナ後に備える戦略的な政策に取り組むことが求められています。

一般社団法人つながる地域づくり研究所 代表理事

1970年生まれ。東京大学法学部中退。地中美術館(香川県直島)、岡山県議会議員などを経て、2013年、ローカル・シンクタンク「一般社団法人つながる地域づくり研究所」(岡山県岡山市)を設立。自治体と民間と住民をつなぎ、地方創生やまちづくりの現場を伴走支援する。「官民連携まちづくり推進協議会」「文化と教育の先端自治体連合」など、共通するテーマに取り組む、全国の自治体団体の事務局も務める。地域や自治体、企業の声を聞き、「しごとコンビニ」や「放課後企業クラブ」などの新たなしくみを生み出している。

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