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鉄鍋や鉄玉子は、鉄欠乏性貧血の治療に役に立ちますか?

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

皆さんは、鉄鍋で料理をすると鉄欠乏性貧血を予防できるというような話を聞いたことがあるでしょうか? 

SNSなどでも、『鉄玉子』という小さな鉄の塊(インゴット)を料理に入れたりお湯を沸かしたりすると、鉄欠乏性貧血を治療もしくは予防できるといった話を見かけることがあります。

果たしてそういった鉄鍋や鉄玉子は、鉄欠乏性貧血を予防したり、治療したりする効果があるのでしょうか?

今回は、鉄玉子や鉄鍋で料理をしたりお湯を沸かすことで、鉄欠乏性貧血の治療や予防に効果が期待できるかという話をしてみたいと思います。

鉄鍋や鉄玉子を使うと、貧血の予防や治療になるか?

写真:イメージマート

英語では鉄玉子という名称はなく、『iron fish(鉄の魚)』とか、鉄鍋であれば『iron pan』などといいます。

そして、実際に、これらの製品を使って鉄欠乏症や鉄欠乏性貧血に効果があるかを検討し、複数の研究をまとめた結果が発表されています[1]。

すると、鉄鍋で検討した8件のうち4件の研究で、そして鉄のインゴット(すなわち鉄玉子)で検討した3件のうち1件の研究で、貧血の指標となる血液中のヘモグロビンや鉄の値が改善したという結果でした。

鉄鍋や鉄玉子で、貧血の指標が良くなる人が一部いる、そんな感じの研究結果といえるでしょう。

鉄玉子を使用すると、どれくらいの鉄が水に溶け出してくるのでしょうか?

では、鉄玉子で、どれくらいの鉄が水に溶け出してきているのでしょう。

きちんとした論文を見つけ出すことができなかったのですが、いくつかのサイトでは、鉄玉子をひとつ水1Lに入れて沸かすと、沸騰時で0.042mg、5分後で0.069mgの鉄が溶け出してくるとされていました[2]。

では、人間にとって、鉄はどれくらい必要なのでしょうか。

日本人の食事摂取基準(2020年版)では、1日あたりの鉄の摂取推奨量は、生後6~11ヶ月で4.5~5mg、12~14歳で8.5~12mg、成人で6.5~11mgとされています(年齢・性別・月経の有無で変化)[3]。

ざっくりグラフにするとこんな感じになります。

文献2、3を基にシルエットACの素材を用いて筆者作成
文献2、3を基にシルエットACの素材を用いて筆者作成

鉄鍋であればどうでしょうか?

鉄鍋で、調味料を加えずにたまねぎ100gに水50mlを加えて5分加熱すると、溶け出す鉄の量は0.08mgでした[4]。

すごく少ない量ですよね。

では、全く効果がないのでしょうか。先に、鉄鍋や鉄玉子で貧血の指標が良くなる人が一部いるという研究結果をご紹介しましたよね。

先に示した論文には、実は注意点があります。

この研究で用いられた研究は栄養が不足しやすい発展途上国における研究ばかりなのです。もともと鉄が極端に不足している人に対しては、少量の鉄剤でも効果が実感しやすいことは日常診療でも経験されます。そのため、鉄の1日摂取推奨量と鉄鍋や鉄玉子から溶け出す鉄の量に大きな差があるとはいえ、少し効果が期待できるのかもしれません。

しかし、先進国である日本で同じような結果になるかどうかは、はっきりしたことが言えません。

そして、さらに別の要因も考える必要があります。

料理の方法により、溶け出す鉄の量や質が異なるのです。

料理の仕方で、溶け出す鉄の量が変わるという研究結果もある

写真:アフロ

鉄の溶け出す量や体への鉄の吸収は、料理の方法でも変わることが知られています。

日本の食生活で言えば、『酢を加える』という方法です。

たとえば、鉄鍋に食塩1%、酢10%を加え、たまねぎ100gを水50mlで煮ると鉄の量は2.26mgに増加します。酸性の酢により、鉄が多く溶け出したのだと考えられています[4]。

そして、ヘム鉄と非ヘム鉄の違いも指摘されます。

ヘム鉄は肉類や魚、貝類などに含まれ、非ヘム鉄は、豆類やナッツ類、葉物野菜などに含まれ、ヘム鉄は、非ヘム鉄よりも体によく吸収されることが分かっています。

そして、非ヘム鉄は、ビタミンCと料理をすると吸収が良くなります[5]。鉄のインゴット(すなわち鉄玉子)も、レモン果汁入りの煮汁のなかでは、溶け出す鉄の量が多くなるという研究結果もあります[6]。

鉄鍋や鉄玉子で鉄欠乏性貧血を積極的に治療することは難しいと考えられるが、鉄が極端に不足しているひとや、調理法によってはいくらか有効かもしれない

提供:イメージマート

私は基本的に、鉄欠乏性貧血の方に対して鉄玉子や鉄鍋を使いましょうと勧めてはいません。一般的な使い方では、溶け出す鉄の量はきわめて少なく、不安定な治療効果にとどまる可能性を考えているからです。

しかし、すでに鉄玉子や鉄鍋を使っているのですがどうでしょうかと聞かれることもあります。

その場合は『鉄が補給できればいいですね。もしかすると効果があるかもしれません。でも、鉄欠乏性貧血の場合は、鉄剤を内服するなど治療もきちんとしておきましょう』と、私はお話しすることが多いです。

料理の方法に応じては、鉄玉子や鉄鍋が補助的な効果がある可能性もいくらか期待できるかもしれませんし、おそらく肉類などをあまり食べることのなかった昔の食生活では有効だった可能性もあります。『おばあちゃんの知恵』のように受け継がれてきた知識であるのでしょう。

さて今回は、鉄玉子や鉄鍋と鉄欠乏性貧血に関して簡単に解説しました。

この記事が何かの参考になり、無理せず鉄の補充ができればよいなと願っています。

【参考文献】

[1]PLoS One 2019; 14:e0221094.

[2]お鍋にポンと入れるだけ。鉄分を補給できる南部鉄器「鉄玉子」ってご存じ?

2022年5月8日アクセス

[3]日本食品成分表2022(八訂)医歯薬出版

[4]日本調理科学会誌 2003; 36:39-44.

[5]Ann N Y Acad Sci 1980; 355:32-44.

[6]Tropical Medicine & International Health. 2011;16(12):1518-24.

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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