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授乳中に新型コロナのワクチンを接種しても、赤ちゃんに害はありませんか?

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

新型コロナの流行にともない、私の外来でも新型コロナのワクチンに関する質問が増えています。たとえば妊婦さんや授乳されているお母さんからもです。

新型コロナにかかった妊婦さんは、妊娠していない方よりも重症化する可能性が高いことがわかっています[1]。

ですので、CDCからも厚生労働省からも、妊娠中の方に対して新型コロナのワクチンが推奨されるようになりました[2][3]。

では、授乳中はどうでしょうか?

そこで今回は、授乳中の新型コロナワクチンに関して、最近の報告を簡単にまとめてみたいと思います。

授乳中に新型コロナのワクチンを接種して、授乳していない人と変わらない効果がありますか?

写真:アフロ

授乳中、妊娠中、そしてどちらでもない人に131人集まってもらい、新型コロナのワクチンの効果を比較した研究があります。すると、授乳中のお母さんも、同じ年代の授乳していない人と同じくらい抗体をつくることができることが明らかになっています[4]。

ですので、授乳中でも、新型コロナのワクチンはお母さんを守る効果があるということですね。

さて、この先のテーマでは、良く混同される点があります。

それは、

イラストACから筆者作成
イラストACから筆者作成

1)mRNA新型コロナワクチンを接種したあと、母乳中に新型コロナに対する抗体が検出されること

2)mRNA新型コロナワクチンを接種したあと、母乳中にワクチンの成分が検出されること

を区別しなければならないということです。

このふたつは似ているようで全く違いますので、わけて話を進めてまいりましょう。

授乳中に新型コロナのワクチンを接種すると、母乳に新型コロナに対抗する抗体が検出されるようになる

イラストACから筆者作成
イラストACから筆者作成

まず『mRNA新型コロナワクチンを接種したあと、母乳中に新型コロナに対する抗体が検出されること』から考えてみましょう。

皆さんは『母乳中には感染症を防ぐ抗体が含まれているから、赤ちゃんを守ってくれる』という話を聞いたことがあるでしょう。

これは、母乳中の分泌型IgA抗体が、赤ちゃんを感染症などから守るという報告などからいわれていることです[5]。

授乳中のお母さんが新型コロナのワクチンを接種すると、母乳中には新型コロナに対する抗体が、少なくとも6週間は検出されるという報告があります[6]。

このような効果は、これまでも百日咳ワクチンやインフルエンザワクチンでも報告されています。たとえばインフルエンザワクチンを妊娠中の母親が接種すると、少なくとも6カ月間は母乳中のインフルエンザに対するIgA抗体が検出されたことが報告されています[7]。

実際にこの抗体が、赤ちゃんを新型コロナの感染から守るほどの量かどうかは、さらに今後の研究が必要です。新型コロナのワクチンは、お母さんを感染症から守るだけでなく、授乳しているお子さんを感染症から守る抗体をプレゼントする可能性があるということですね。

ただし、母乳に含まれる抗体は短期間で効果がなくなることが予想されますので、あくまでお母さんへのワクチンの効果への『おまけ』のようなものですので過大な期待はできません(※)。

そして、授乳をしていないからだめという意味ではないですよ。

お母さんがワクチンを接種するということは、お母さんから赤ちゃんへ感染するリスクを減らすという意味でも立派な赤ちゃんを守る方法と言えますから。

そもそも、新型コロナワクチンに使用されているメッセンジャーRNA(mRNA)とはどんなものでしょうか?

そもそも、メッセンジャーRNA(mRNA)とはどんな物質なのでしょうか?

mRNAとは、DNAという重要な設計図の原本を書き換えないようにその情報を伝えるための、『遺伝子の設計図のコピー』です。

この設計図のコピー(mRNA)だけで新型コロナに感染するなんてことはありませんし、もとの設計図(DNA)を書き換えたりすることはありません。

また、mRNAはすぐに分解されてしまうために、これまでワクチンとすることが難しかったくらい、保存が難しい物質です。

そして、数日間維持するようにできた新型コロナのワクチンが、実用化に結びついたことになります。

つまり、

1)そもそもmRNAが母乳中に検出されたとしても、赤ちゃんが新型コロナにかかることはありません。

2)mRNAがもし赤ちゃんの口にはいっても、もともと不安定なmRNAは分解されてなくなってしまいます。

ということです。

そのうえで、mRNAはどれくらい母乳中に含まれるのでしょうか

授乳中のお母さんに新型コロナワクチンを接種すると、母乳中にワクチンの成分、mRNAは検出されるほど分泌されるのでしょうか?

イラストACから筆者作成
イラストACから筆者作成

では、2つ目のテーマ、『mRNA新型コロナワクチンを接種したあと、母乳中にワクチンの成分が検出されること』を考えてみましょう。

まず、授乳中のお母さん7人へ新型コロナワクチンを接種し、24時間後の母乳から、新型コロナのワクチンの成分であるmRNAが検出されるかを検討した研究があり、母乳中にmRNAは検出されなかったそうです[8]。

さらに最近おこなわれた検討では、ほとんどの母乳からmRNAは検出されず、『ごく一部』の母乳から、1mLあたり最大2ng(ナノグラム)のmRNAが検出されたと報告されています[9]。

つまり、授乳中の母親が新型コロナワクチンを接種しても、ワクチンの成分であるmRNAは検出されるほど母乳にはでてきません。そして稀に検出されたとしても、最大限を見積もっても、母乳1mLあたり2ng(ナノグラム)程度の検出量ということです。

ナノグラムという量にイメージがつきにくいかもしれませんね。

簡単に換算をしてみましょう。

1円玉の重さは約1g(グラム)です。

1gの1000分の1は、1mg(ミリグラム)です。

1mgの1000分の1は、1μg(マイクログラム)です。

1μgの1000分の1は、1ng(ナノグラム)です。

つまり、1gの1000,000,000分の1が、1ng(ナノグラム)です。

それくらい少ない量ということです。

そして、mRNAがどんな物質か、みなさんはもう理解されましたね。

mRNAは、もともととても消えてしまいやすく消化管で簡単に分解されてしまいます。

つまり、新型コロナのワクチンをお母さんに接種すると、お母さん自身をウイルスから守ることができ、そして母乳からでてくる抗体で赤ちゃんを守る可能性を上げたほうがはるかに有益と考えられるのです。

この記事が、保護者さんの接種への心配をすこしでも和らげる効果があれば、嬉しく思います。

(※2021年8月26日22時 追記)母乳に含まれる抗体の赤ちゃんへの効果をおおきく見積もっておられる方がいらっしゃるようなので、一部追記しました。母乳から移行した抗体は数時間~数日後には腸内で消化されるようです(Cell 2021; 184:1486-99.)

[1]Villar J, et al. Maternal and Neonatal Morbidity and Mortality Among Pregnant Women With and Without COVID-19 Infection: The INTERCOVID Multinational Cohort Study. JAMA Pediatr 2021; 175:817-26.

[2]私は妊娠中・授乳中・妊娠を計画中ですが、ワクチンを接種することができますか。(厚生労働省)

[3]COVID-19 Vaccines While Pregnant or Breastfeeding(CDC)

[4]Gray KJ, et al. COVID-19 vaccine response in pregnant and lactating women: a cohort study. medRxiv 2021. (査読前論文)

[5]liffe DB, Jelliffe EF. Breast milk and infection. Lancet 1981; 2:419.

[6]Perl SH, et al. SARS-CoV-2–Specific Antibodies in Breast Milk After COVID-19 Vaccination of Breastfeeding Women. JAMA 2021; 325:2013-4.

[7]Schlaudecker EP, et al. IgA and neutralizing antibodies to influenza a virus in human milk: a randomized trial of antenatal influenza immunization. PLoS One 2013; 8:e70867.

[8]Golan Y, et al. Evaluation of Messenger RNA From COVID-19 BTN162b2 and mRNA-1273 Vaccines in Human Milk. JAMA Pediatrics 2021.

[9]Low JM, et al. Codominant IgG and IgA expression with minimal vaccine mRNA in milk of BNT162b2 vaccinees. npj Vaccines 2021; 6:1-8.

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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