総理大臣官邸は「炉心溶融」の隠ぺいを指示したのか? 元内閣審議官が明かす舞台裏と真相

原発事故当時の内閣審議官で元TBS報道キャスターの下村健一氏、独占取材に応じた

「炉心溶融」の公表がなぜ事故から2ヶ月以上経ってからのことだったのか。先月、東京電力の第三者委員会が報告書を公表し、東京電力の広瀬直己社長は「当時の社長が炉心溶融という言葉を使わないよう指示していたのは隠蔽ととえられても仕方がない」と謝罪した。

 一方で、報告書は「当時の清水正孝社長が、会見に臨んでいた武藤栄副社長に対し、東電の広報担当社員を通じて『炉心溶融』などと記載された手書きのメモを渡させ、「官邸からの指示により、これとこの言葉は使わないように」という旨の内容の耳打ちをさせた経緯があり、この事実からすれば、清水社長が官邸側から、対外的に「炉心溶融」を認めることについては、慎重な対応をするようにとの要請を受けたと理解していたものと推認される。」 と指摘し、「炉心溶融」の公表が遅れた原因の一つは、当時の総理大臣官邸からの指示だった可能性を示唆した。

 ところが、報告書の公表を受け、菅直人元総理や枝野幸男元官房長官ら当時の政権幹部はこれを否定。先月30日、民進党として東京電力や第三者委員会に対し、代理人弁護士を通じて謝罪と撤回を求める抗議文書を送付する事態に発展している。

 そもそも、第三者委員会は、官邸側からの指示とされるメモの存在について報告書の中で「清水社長や同行者らから徹底したヒアリングを行ったが、官邸の誰から具体的にどのような指示ないし要請を受けたかを解明するには至らなかった」と説明しており、 菅元総理や枝野官房長官など、当時の政権幹部らへの聞き取りを行って指摘をしているわけではない。

 一体、総理大臣官邸と東京電力との間に当時どのようなやり取りがされていたのか?

 8bitNewsでは、核心を知るキーマンの一人に独占インタビューした。原発事故当時の内閣審議官で、総理や官房長官らの様子を総理大臣官邸で広報担当者として直接見聞きしてきた、下村健一氏を取材。「炉心溶融」が東京電力で禁句として扱われるようになっていった過程が見えてきた。

 官邸からの圧力は本当にあったのか?元TBS報道キャスターというジャーナリストの観察眼で内幕を目撃していた下村氏の証言から、「炉心溶融」隠ぺいの舞台裏を明らかにする。

■「不都合でも隠すな、不確かなら喋るな」共有された総理大臣官邸のスタンス

 下村氏はインタビューの中でまず、総理大臣官邸からの東京電力への直接的な隠ぺい指示の可能性を否定。伝言ゲームと忖度(そんたく)による東京電力と総理大臣官邸、そして原子力・安全保安院との間に生じていった「ズレ」を証言した。

(堀)

 当時の情報発表の方針について、総理大臣官邸ではどのような認識で行っていたのかまず教えてください。

(下村)

 当然あの時は、誰であっても一番怖いのは「炉心溶融」だというような大雑把な認識がありますから「炉心溶融なんですか、これは?」というのは当然、記者会見でも一番の焦点の質問の一つ、ですよね。だから答え方として、「(我々だって)わかったら説明したいよ」というのが官邸の(本音の)スタンスでした。

 当時、事故直後ぐらいから、菅さんと枝野さんが我々広報の人間に向かっても言っていたのは、この2つの原則でいくからなというものでした。それは「不都合でも隠すな。不確かなら喋るな」。とにかくこの2つで行くからな、と。

 つまり、今まで続けてきた原子力安全神話からすると不都合なことであっても、今までの国策から矛盾してしまうからといっても、「言わないでおこう、とすることはしない」というのが一つ目の原則ですね。不都合でも隠すな。そして、2番目が「不確かなら喋るな」。これはもう我々メディア側にいた人間にとっても、それはそうだよねと思いましたから、なんでですかとは誰も言わない。そうだよなと。(大混乱の)今こそ、一番確証を得られた事だけを喋るべきだなと思ってましたから。

 で、炉心溶融に関しては、2番目の原則の方に当たったわけですね。「本当にわかりません」という東電の説明に対して、じゃあしょうがない、わかったらちゃんと発表しましょう、今は「その可能性もある」という事だけを正直に発表しましょうと、そういう事です。

■官邸が求めたのは情報の「共有」、しかし、東京電力は情報公開には「了解」が必要と判断

 「不確かなことは喋るな」という原則は、東京電力と総理大臣官邸の間にも様々なズレを生じさせていったようだ。

 東電の第三者委員会の報告書では、福島第一原発の各号機が水素爆発を起こすなど事態が緊迫化するなか、3月14日午後8時40分頃からの武藤副社長(当時)の会見中に清水社長(当時)から「官邸の指示でこれとこの言葉(炉心溶融など)は使わないように」と広報担当社員を使ってメモを見せながら耳打ちした事実を挙げ、総理大臣官邸からの直接的な指示があったと推認されるとしている。さらに、報告書では同14日までの間に、官邸から様々な圧力があったかのような記述が続く。官邸からの圧力なのか?下村氏に舞台裏を聞いた。

 まず、報告書が「官邸からの東電に対する「炉心溶融」についての指示の有無」として指摘したのは、3月12日の1号機水素爆発直後の東電と総理大臣官邸とのやりとりについてだった。

官邸に詰めていた東電社員は、官邸への事前連絡なく福島第一原発 1 号 機の原子炉建屋爆発後の写真が公表されたことに関して、平成 23 年 3 月 12 日夜、首相及び官房長官から不快感を示されたため、翌 13 日午前、東電に戻り、清水社長に対し、官邸に説明に赴くよう進言した。 それを受けて、清水社長は、同日午後 2 時頃、小森常務、他の役員 1 名及 び社員数名と共に官邸を訪れ、官房長官執務室に清水社長 1 人が入室して、 官房長官と面談し(官房側の同席者がいたか否か、同席者がいたとしてその人物が誰かは不明である。)、また、首相執務室に清水社長、小森常務らが入室して、首相と面談したようである。その際に、清水社長や小森常務らが、首相や官房長官(同席者がいたとすれば、その同席者)から、どのような話をされたのかについて具体的に確認することはできなかった。 しかし、清水社長が東電本店に戻ってから、東電の部長に対し、今後、東電がプレス発表する際には、事前にプレス文案や公表資料等について官邸の了解を得るよう指示をしており、その事実からすれば、官邸側から、マスコミに公表する際には事前に官邸側の了承を得るようにとの要請を受けたものと推認される。

出典:検証結果報告書 福島第一原子力発電所事故に係る通報・報告に関する第三者検証委員会

(堀)

 官邸は情報発表に関して、事前の了解を得るよう東京電力に求めましたか?

(下村)

 (第一原発の爆発の写真が、官邸の知らないうちに公開されたことについて)官邸は、こんな大事な時に情報が共有されていないってことが不快だった、わけです。多分、清水社長側はそれを言われた時に「その写真を出したことが不快だ」と官邸が思っていると勘違いしたのではないでしょうか。そこから、「ズレ」が始まってるんですよ。

 とにかく官邸は、「不都合でも隠すな」というのが第一方針でしたから。前もって状況を把握さえしていれば、「この写真は出さないで」とは絶対言わなかったはずなんですね。だから、そこでまず第一ボタンの掛け違いが起きてしまった、ということですね。

 この後、清水社長が本店に戻ってから「今後の東電のプレス発表は事前に官邸の了解を得るように」という指示をしている。ここで「了解」という言葉が登場するわけですよね。これは相当大きな分水嶺というか、分かれ道になってしまったと思うんです。官邸としては、「事前に知らせろ」「共有しろ」ということだったのですが、「了解」という言葉に伝言ゲームで変わってしまった、瞬間的に。「了解」というのは「いいですよ」ということですよね。いいか悪いかを官邸が決める、ということですよね。そんなことは、官邸は求めてないわけですよ。

 例えば官房長官の記者会見で、記者から「東京電力が今こう言う発表しましたけど」と聞かれ、「えっ、私それ知りません」と官房長官が言う状況は、(一般論として)まずいわけですよ。ああいう中で、ちゃんと全体をコントロールしなきゃいけない時に、知ってる情報が(各プレーヤー間で)ばらばらだったらいかんっていうのは、もうこれは当たり前の話ですよね。だからそこを揃えようね、ということまでが官邸側からの要望だったんだけども、それが「事前に了解を得ろ」という指示に変わってしまった。これによって東電側は、「官邸から了解得ろと言われたから」と社長から言われれば、当然そこから下の人は、「あ、そうなんだ、じゃあ官邸がいいと言ったことしか出したらいけないんだ」という風に思いますよね。そこでズレていったんだと思います。

■枝野官房長官は知らなかった「炉心溶融」に言及した保安院会見担当者の交代劇

 報告書は、官邸からの指示を示唆する事柄として、3月12日の保安院審議官の交代劇についても指摘をしている。

平成 23 年 3 月 12 日の 17 時 50 分まで、保安院の記者会見の主たる説明者であり、炉心溶融を半ば認めるかのような発言をしていた原子力安全 基盤担当の A 審議官が、同日の 18 時以降の記者会見時における主たる説明者の役割から外れ、その後の記者会見では、B 首席統括安全審査官が主 たる説明に当たることとなった。同審査官は、炉心溶融の質問に対しては明言を避け、正確な状況を把握していないとして、炉心損傷の可能性は認めつつも、「炉心溶融」の用語を使わずに説明した。

出典:検証結果報告書 福島第一原子力発電所事故に係る通報・報告に関する第三者検証委員会

 この交代劇に関しては、一般でも「炉心溶融について言及した結果、審議官が交代させられた」国からの圧力を象徴するシーンだとして論じられることが度々あった。報告書ではこうした交代劇を見た東京電力側が、「炉心溶融」という言葉の取り扱いについて了解が必要だと判断する一つの要因になった可能性を指摘している。

 圧力はあったのか?下村氏は舞台裏をこう証言した。

(堀)

 炉心溶融の可能性については、3月12日の会見で原子力安全保安院の審議官が言及しました。しかし、その次の回から、会見で説明する担当者が代わりましたよね。官邸からの指示があったのでしょうか?

(下村)

 私も、ちょうどその時居合わせたんですが、官邸の中のどの部屋か忘れましたけども。原子力安全保安院の記者会見で、炉心溶融が起きているんじゃないかという趣旨の発言を審議官が話されたと。で、その時に枝野さんが「なんでこんな不確かな事を言うんだよ」ということを、誰という対象がいるわけではないけども、怒ってその時に口にしたんですよ。それを私も聞いていました。

(堀)

 会見の様子を見ながらですか?

(下村)

 リアルタイムで記者会見を見ながらではなかったと思います。あの会見でこんな事を言ったというような事実を知った瞬間の反応ですね。それを聞いてて、私もその通りだなと思いましたよ。ここで、本当はどうだかわからないうちに「炉心溶融だ」ということがバーッと一人歩きしちゃって、後で違いましたっていうことになった場合に、またあの、避難の判断基準なども変わってきかねないですしね。現にあの時は、避難行動によって入院患者の方が移動中に亡くなったりとか、それはもう命に関わる状況でしたから、ちゃんと確かなことだけを伝えていこうということがありました。確かじゃないことは、“可能性もある”っていう表現にとどめるべしと。まあその只中に、かなり「炉心溶融だ」という風に受けとれるような発言があったので、「その発言の仕方はまずいでしょ」というのは、枝野さんからすると当然の憤りだったと思います。

 で、その後、何があったかわからないんですけども、次の会見で、突然保安院の会見の担当者が代わってたんです。で、それを知った時の枝野さんの反応も、私官邸で見てましたけど、「あれ、変わっちゃったの、あの人?」というような発言だったんですよね。ということは少なくとも、枝野さんがあいつ下ろせと言ったんではなくて、誰かしらが、その前の枝野さんの憤りを見ていて、大変だ大変だ、これは官房長官がお怒りだということで、勝手に忖度して、交代させた方がいいというような話になったんでしょう。その時に、これは“官邸の意向”だって言葉が勝手に使われたかどうかはわかりませんけれども、とにかく次で人が代わっていて、怒った当人である枝野さんもびっくりした、というようなことがありました。これは、すごく象徴的だなと思いましたね。周りが忖度していくという。

(堀)

 枝野さんは相当驚かれていたんですね。

(下村)

 「あれ、代わったの?」ってびっくりしていましたね、それは。

(堀)

 代える必要はなかった、など担当者の配置換えがその場で問題になったりはしなかったのですか?

(下村)

 別にそこまではなかったですね。代わったことによって、後でそれが“官邸のプレッシャー”という(忖度が産んだ)怪物になって、東京電力に対してもっともっと沈黙を強いていく空気を作る――という先の展開までは、僕らも読めなかったですから。なんというか、そういうことが自動的に発生するっていうことまでは…。まだあの段階では(事故本体が予断を許さず)やんなきゃいけないことが山のようにありましたから「あれ、代わっちゃったの?」だけで、すぐに関心事は次のことに移っていった、という状況でしたね。

 下村氏の証言では、官邸からの直接的な隠ぺい指示はなく、非常時における伝言ゲームが続く中で、言葉の受け止めかたの違いによる誤解や忖度の連鎖が起きていたことがうかがえた。

■東京電力や総理大臣官邸は「炉心溶融」という文言を本来タブー視していなかった?

 原発事故当時、筆者はNHKアナウンサーとしてニュースセンターで深夜ニュースなどを担当していた。自分がニュースを読んでいない時間帯は、テレビニュースが届かない人たちに対してTwitterなどを使って、NHKニュースの原稿をリライトしてツイートする発信を続けていた。振り返ってみると、上記の経緯で東京電力が「炉心溶融」という文言に過敏に反応する以前は、この言葉をタブー視していなかったことがうかがえる。

3月12日、第一原発1号機の異変を伝える速報でNHKはこう伝えていた。

【速報 福島第一原発1号機】原子力安全・保安院によると、福島第一原発で放射性物質を検出。炉心の燃料が溶け出た可能性があります。

出典:Twitter(@nhk_horijun)

 実際に、東京電力の会見では当初、炉心溶融に関するやりとりもあった。第三者委員会の報告書でも「3 月12 日の早朝から、1 号機の炉心損傷 の可能性を認識しており、同日内の東電の記者会見では、炉心溶融していないかを問われ、小森常務は、炉心溶融の可能性がある旨の回答をしていた。」「同月14 日も、炉心溶融の有無の判断について、記者会見では厳しい追及があり、3 号機の爆発後の記者会見で、小森常務は3 号機について炉心溶融の可能性があることを肯定する趣旨と受け取られるような説明をしていた。 」としており、当初は東京電力側が炉心の溶融という事実を過剰に隠したがっている様子はうかがえなかった。異変があったのは、同日夜の会見で官邸からの指示があったとするメモが差し込まれてからだ。

 一方、総理大臣官邸の動きからも炉心の溶融という事実を意図的に隠蔽しているようには思えない。なぜなら、枝野官房長官は3月13日の会見、そして東電に先ほどのメモが渡った午後8時40分の会見直後の午後9時3分の会見で、記者から「2号機についてだが、燃料棒の溶融は起きたと考えているか」と質問されたのに対し、「それが起きている可能性は高い。1、2、3、いずれも。確認はできないが、起きている可能性は高いという条件は三つとも同じだ。」と回答し、炉心の溶融、メルトダウンの可能性についても想定しているという旨の発言をしている。

http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg4527.html (会見動画23分ごろ)

 「炉心溶融」の公表の遅れは情報伝達における様々なエラーから生じていった可能性が高い。当時の関係者たちのそれぞれの証言を結んでいくと、原発事故発生直後は過剰で意図的な隠蔽がされたようには見えない。その後の伝言ゲームによる情報のねじれと、責任の所在があいまいな忖度(そんたく)の連鎖が起きていた。それだけに、非常時における情報伝達の難しさを逆に浮き彫りにした形だ。

■しかし、下村氏は語る「3・11の広報は失敗だった」

 その上で下村氏はインタビューの中で、こう締めくくった。

(下村)

 結果的に3・11の広報がうまくいかなかったことは、間違いないです。未だにこれだけの、いろんな疑念が渦巻いているということは、あの当時の官邸広報はやはり失敗したんです、本当に。要するに、「国民の皆さん、これだけしか政府はわかっていません」っていうことを、国民に不安を抱かせずに伝える術を、なんとかあの大混乱の中で我々は編み出さなきゃいけなかったと思うんです。

 私も当時、たまたまあの時期に官邸の中に遭遇した人間として、一生十字架(広報失敗という結果責任の一端)を背負ってると思っています。だから今いろいろと、情報発信はこういう風にしましょうという活動を続けているのですが、これはもう一生続けてくしかないと思っているし、次にまたどこかで、またどんな形か、我々人類の浅知恵ではわからないような想定外の災厄が来た時には、パッと的確に情報が国民に共有されるようにしておかなくてはいけないと思っています。

 でも、これだけ今回反省してマニュアルを作っても、またそのマニュアルがどこにあるかわからなかったら、それで終わりなわけですよね。どこまでいっても教訓から学び続けるしかないんで、私もこういう機会にはどんどん尋ねられれば(お答えして)、あの時はこうだった、ここまでは思い至らなかった、ここは優先順位が一番にはならなかった、といった状況を共有してもらえたらと思っています。少しでも、前回よりはマシな次回であって欲しいと思うから。

※下村氏へのインタビューはおよそ40分間。ノーカット版の動画はこちらから。

【下村健一】 http://shimomuraken1.com/

TBS報道キャスターを経て、内閣審議官等。民主・自民の3政権で政府の情報発信に従事する最中に、3・11に遭遇。現在は慶應義塾大学、関西大学、白鴎大学で教鞭をとる他、小学教科書の執筆など、幅広く情報メディア教育に携わる。自称「情報スタビライザー」。(“スタビライザー”=船体などが一方に傾いた時に、姿勢を立て直す装置) 

著書に「10代からの情報キャッチボール入門」(岩波書店)他。