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『R−1グランプリ』バカリズムが見せた「異様な採点」の真意 その破壊力と可能性を探る

堀井憲一郎コラムニスト
(提供:イメージマート)

R−1グランプリの決戦は「ZAZY対お見送り芸人しんいち」

R−1グランプリ2022で優勝したのは、お見送り芸人しんいちであった。

最終ラウンドに立ったのは今年は2人。

ZAZYとの直接対決で、お見送り芸人しんいちに入れた審査員が3票、ZAZYが2票で、しんいちに決した。

最終決戦でどちらがおもしろかったかという判断はむずかしいところだろう。

バカリズムも認めていたが、もはや審査員がどっちが好きかで決まったところがある。

ピン芸人対決の場合、どれだけオリジナルな芸風であるかも勝負どころなので、漫才コンテストのように比較しやすい戦いにならず、審査は結局、自分個人がおもしろいとおもったか、どれだけ笑ったかになってくるしかないようだ。

新しい審査員に小籔千豊とバカリズム

2022年から新たに小籔千豊とバカリズムが審査員に加わった。

昨年2021年に審査員がかなり入れ替えられ、そのときのメンバーからハリウッドザコシショウと野田クリスタルが引き続き務めている。

この二人は審査員を務めると、「芸」の印象とは真反対の、真っ当でバランスの良い人なのだなということがひしひしと感じられる。

そして審査員長格は、5年連続の陣内智則である。

審査員は総勢5人に減った。

「視聴者投票枠」がなくなった。

審査員一人の採点の責任が大きくなった。

2022年は見せられる芸も減少

決勝に進出した芸人は8人である。

これも少なくなった。

ファイナルへの出場者が8人というのは大会史上もっとも少ない。

よほど2021年の「放送時間が足りなかった」ことに懲りたのだろうか。

ファーストステージでこの8人が芸を見せ、そのうち2人だけが最終ステージに進む。

つまり、R−1全体で「10本の芸」しか見られなかった。

これまでと比べて、ずいぶんあっさりしたものになってしまった。

バカリズムの採点が目立った

審査員は、8人の芸を100点満点で採点していく。

そこから2人が選ばれ、最終ステージでは、どっちが良かったかを選ぶ。

最終ステージでは点数をつけない。

採点はパフォーマンスが終わるたびに1人ずつつけていく。

リアルタイムで見ていて、その採点で目を引いたのは、バカリズムである。

おそらく多くの人もそうだろう。

彼だけ、やたらと点が低かったのだ。

92点以上しかつけない小籔千豊と91点以下しかつけなかったバカリズム

たとえば、同じく今年から審査員になった小籔千豊と対称的である。

バカリズムがつけた点数は、84点から91点だった。

最高が91点なのだ。

いっぽうの小籔千豊は最低点が92点で、最高点が98点である。

重なっていない。

バカリズムの採点の中心点(平均)は87.5。

小籔千豊は94.5であった。

演者8人を全員1点差で並べたバカリズムの凄み

ただ、低いほうや、高いほうへズレているからといって、べつだんそれによって採点が歪むわけではない。

中心点が定まって、採点にブレがなければ、審査は正常に進む。

バカリズムは中心(平均)点は低いけれど、出演者8人にすべて違う点数をつけていた。

彼は8人の芸をきちんと8段階にランクづけしたのだ。

ちょっとなかなかにすごい。

その作業をやっていたのは彼だけである。

全パフォーマンスを見たあとならやりやすいが、1人ずつ採点しながら8人とも違う点をつけるというのは、かなり凄まじい作業である。

審査でこういうことをやる人は、自分の世界をとても強く持った、かなり変わった人だと言うことができる。

別の言い方をするなら「天才的職人肌の人」にしかできない。

上位2人が90点台、残りは80点台というバカリズム方式

バカリズムの採点による順位はこうなっている。

(右のカッコ内数字が実際のファーストステージ順位)

1.91点:吉住(2)

2.90点:金の国 渡部おにぎり(2)

3.89点:お見送り芸人しんいち(2)

4.88点:サツマカワRPG(5)

5.87点:Yes!アキト(8)

6.86点:ZAZY(1)

7.85点:寺田寛明(6)

8.84点:kento fukaya(7)

総合結果よりZAZYが低く、Yes!アキトが少し高い。

ただ、ファイナルに進む2人を選ぶための採点なので、トップ2人が90点台、残りが80点台というのは、とても理に適った採点でもある。

ちなみに審査員の合計点からバカリズムの採点だけを除いてみると、1位はZAZY、2位がお見送りしんいちとなる。つまりファイナルに進む二人は変わらない。バカリズムは全体に採点が異様に低かっただけであって、総員の動向とは一致していたことになる。

小籔千豊の採点ランキングは5段階

小籔千豊の採点も並べておく。こちらはみんな92点以上。

1.98点:ZAZY(1)

2.97点:吉住(2)

3.94点:お見送り芸人しんいち(2)

3.94点:サツマカワRPG(5)

3.94点:寺田寛明(6)

6.93点:金の国 渡部おにぎり(2)

7.92点:kento fukaya(7)

7.92点:Yes!アキト(8)

92点から98点までで、95と96を使ってないから5段階の評価である。

小籔千豊の場合は「金の国 渡部おにぎり」の評価が低いが、それ以外はほぼ最終順位どおりである。

もっとも独自の採点だったのは陣内智則

のこり3人の審査員も少しずつ偏りがある。

ハリウッドザコシショウは吉住が少し低い。

野田クリスタルは、サツマカワRPGの評価がかなり高かった。

審査員の中では、いちばん結果と違っているのは陣内智則だった。

kento fukayaに93点をつけて、ZAZYに89点だったのが目立っていた。

kento fukayaはトップバッターで、その最初に93点をつけてしまい、そのため全体傾向とすこしずれたように見える。

審査員長格で、端っこに座っていても、ほとんど重鎮感を出さないところが陣内智則らしいところである。

バカリズム採点の提案している自由さ

並べるとやはり、バカリズムの採点のすごさがわかる。

彼の採点は「標準点を87点くらいにしませんか」という新たな提案でもある。

ちょっとすごい。

「そのほうが自由に採点できるのではないでしょうか」という提案なのだ。

言われてみればそのとおりだ。

84点か91点の8点幅で充分に審査はできるし、それで場を乱すこともない。本人がブレなければ、きちんとした評価ができる。

バカリズム採点が持つ「隠された絶大な破壊力」

そして、この採点は絶大な力を隠し持つことになる。

「かなり癖が強いが、圧倒的才能がある」という芸人が出てきた場合、審査員がバランスをとってそこそこの点数に抑えても、この「バカリズム方式」で採点していれば、それをひっくり返すことができる。

87を基準点にしていれば、99点をつけることによって、事態を変えることが可能なのだ。そういう絶大なる破壊力を持つことになる。

横並びの他の審査員と違い、ひとりまったく違う力を意識することができる。

ただ、その力は「持っていること」だけに意味がある。

最終兵器を発射するボタンを手元に持っている権力者と同じで、その力は、「ボタンを押すぞと脅すことはあるが、本当には押さない」ことによってのみ維持される。

つまり本当にやっちゃダメなのだ。

でもそういう力を持っていると意識することによって、いろんなものが変わってくるだろう。

80点台ばかりの採点が並ぶ可能性は低い

87点あたりを基準点に点差を広げずに採点するという方式は、「へんな採点者」だと見られることさえ気にしなければ、じつに画期的であり、理に適った採点でもあるのだ。

ただ「へんな採点者」だと見られることを気にしない、というのは、かなりむずかしいとおもわれる。

実際に、80点台ばかりがつけられるより、90点台の点数が並ぶほうが、見映えがいい。パフォーマーも嬉しいし、見ているほうもテンションがあがる。そもそもショーとして主催しているほうも、高めの点が並ぶことをとても欲しているだろう。

その要求をつきやぶって、みんなが80点台ばかりつけるのは難しいとおもわれる。

あらためて認識されるバカリズムの才覚

ただこの方式でもきちんと評価できるし、圧倒的な破壊力も隠し持つことになる。

それをバカリズムは何となく示してくれた。

そういう方式で採点していると、横並びの審査員にも奇妙なプレッシャーを与えることになるだろう。そのぶん、精神的に優位になれる。それに何の意味があるのかといわれればそのとおりなのだが、でも、とりあえず当人に余裕が持てるところがいいだろう。

R−12022で見せたバカリズムの採点は、恐ろしく画期的だった。

奇妙な「使いにくいが絶大な力」も得たことになる。

審査員席に魔王が舞い降りてきたようなものである。

あらためてバカリズムの才覚に舌を巻くおもいである。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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