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東野幸治の畏るべき才能 『ワイドナショー』休演でわかった「心ない司会者」の天才的真骨頂

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

東野幸治が休むと『ワイドナショー』は重くなった

2月20日の『ワイドナショー』は松本人志と東野幸治が休んだ。

東野の代わりを河合郁人(A.B.C-Z)が務め、松本人志の席にはヒロミが座っていた。

かなりの緊急事態である。

番組の雰囲気がいつもとまったく違っていた。

簡単に言うなら、かなり「重く」なっていた。

あらためて『ワイドナショー』の明るさには東野幸治の「声」が必要なのだとわかった。

松本人志はコメンテイターの一人

松本と東野が休んだ『ワイドナショー』2月20日と、二人とも出ていた2月13日の回をそれぞれ見返して比べてみた。

見比べると、いろんなことがわかる。

松本人志は、『ワイドナショー』ではあくまでコメンテイターである。

いろんなニュースに対して、私見を述べる。ついでに冗談も言う。

総括的な立場にはあるが、最終的なまとめ役ではない。

冗談を言いっぱなしでも、そのあとを東野幸治が拾ってくれる。

『ワイドナショー』の要は東野幸治にある。

「アンジャッシュ渡部建の復帰」ニュース比較

『ワイドナショー』全体のトーンを決めているのは東野幸治の声なのだ。

見ているときは松本人志のコメントがおもしろくて、そちらを楽しみにしている。

そこがこの番組の魅力だと感じている。

でもそれは東野幸治が作った土台があるからこその仕上がりなのだ。

東野&松本欠席の回を見て、つくづくそうおもう。

2月13日も20日も「アンジャッシュ渡部建の復帰」について、話題になっていた。

13日は、まもなく復帰するというニュース、20日は千葉テレビで復帰したという話題であった。地味な番組に一回出ただけなので、事態はあまり進展していない。

二週続けて、同じニュースを扱っているようだった。

それぞれの展開ぶりを比べてみる。

河合郁人とヒロミが代役だった回

まず2月20日、松本&東野が休みだった回。

司会進行の席に座らされたのがA.B.C-Z河合郁人であり、彼はまず冒頭にヒロミに振った。

ヒロミのコメントを受け河合が自分の感想を言い、するとヒロミがシソンヌ長谷川に振る。

佐々木恭子アナが入ってきてシソンヌ長谷川に話を振り、長谷川はヒロミと話を進める。

河合が引き取ってから、ふたたびヒロミと長谷川のやりとりになり、ヒロミから泉谷しげるに振る。

そのまま泉谷と河合がやりとりしていると、そこへ元HKTの村重杏奈が入ってきて、佐々木恭子アナが無難にまとめる。

最後に河合が締める。

そんな展開であった。

いろんな人が進行して、話題はふつうに

あまりに、いろんな人が進行しようとして、意見の流れは「なんでもないふつうのこと」になってしまっていた。

(アンジャッシュ二人でこれからおもしろいことをやれるかどうかが大事だから見守ろう、という内容をみんなで言葉を変えて語り合っていた)

「進行」役を次々とみんなが買って出て進行ばっかり気にしているものだから、「反対意見(ないしは茶化した冗談)」の存在が薄れてしまう。

まあ、準備時間も短く、この6人が一堂に会したのも初めてだったのだろう。

よくまあ何とかこなしたよな、という事態であった。

新しい知見まで生み出す余裕がなかったのも仕方ないとおもえる。

毎週これだと困るが、たまにだと、おもしろい。

よくやっていた河合郁人

そういう点で見れば、河合郁人はよくやっていたとおもう。

受け答えや、言葉のやりとりにソツがなく、喋りの内容は見事であった。

丁寧にみんなのセリフを書き起こして確認したから、そこはよくわかる。

MC役をこなそうとかなり努力していた。

彼ができなかったのは「声の質だけで明るい空気に転換する」という東野幸治的なメソッドである。

東野メソッドは東野しかできない。

そのメソッドと『ワイドナショー』の進行は、どうやらもう表裏一体となっていたのだ。

暗めの話題を明るく転換させることができず、また明確な対立も作り出せずに進んでいったから、とても不思議なテイストに仕上がっていた。

これがイレギュラーの回である。

東野の采配で全員に振られるレギュラー回

この回を見てからレギュラー回を見直すと、本来の構造がくっきり浮かび上がってくる。

司会が東野幸治、メインコメンテイターが松本人志での「アンジャッシュ渡部復帰のニュース」の展開を見てみる。

東野はまず芸能レポーターの駒井千佳子に振って、続いてAマッソの加納、ゴゴスマの石井亮次アナと聞いて、続いて武田鉄矢に振る。

そのあと松本人志に聞いてから、再び駒井千佳子に聞いて、ゴゴスマ石井に少しだけ振って、ワイドナティーンの東海林クレアとやりとりをして、最後に山崎夕貴アナに聞く。

そういう展開であった。

すべて東野の采配で動いている。

こうやってみると松本人志は大きいけれどでも一つの駒でしかないことがわかる。

だからこそ松本はのびのび発言しやすいのだろう。

見事な指揮者のような東野の振り

振るセリフを見ていると、きちんとコメンテイターの役割を決めてから東野が振っているのがよくわかる。

指揮者のようである。

それぞれの「振りのセリフ」を抜き出してみる。

「さあ、こちらのニュースですが、芸能リポーターの駒井さん!」

「さあ加納さん、先輩芸人さんですけど…」

「(加納を受けて)ていうところ…(声を明るく上げ)さあ石井さんはどうなんですか、んーまあ、一年八ヶ月謹慎と、不倫騒動で自粛っていう、状況からなんですけど…」

「武田鉄矢さんはいかがですか」

「さあ松本さん、(とても明るい声)一年八ヶ月ぶりに活動再開でございますけれど」

「駒井さん」

「(渡部は)モノとか作品とか説明したりとか、信用の高いおしゃべりをされてたんで、よけい今回のことが、石井さん、ちょっと……」

「クレアさんはどうですか。やっぱり嫌でしょう」(クレア:やだ)「やですね。やだね。やだねー、いや、ごめんねー」

「山崎さんどうですか、芸人さんの奥さんっていう立場」

「なるべく短めにお願いします」のサイン

見事なのは石井亮次の使いかたである。

彼へ振るときへの振りセリフが長い。

おそらく「なるべく短めにお願いします」のサインなのだろう。

石井ももちろん心得ていて、それぞれ一言ずつ(「オファーがあるかどうかなので」「その落差ってことですよね」)で済ましている。

こういう「常識的発言のワンクッション」をすっと入れることによって、「松本人志や武田鉄矢のややはずした意見」がわかりやすく楽しく聞けるのだ。そのあたりの東野の舵取りは見事である。

東野幸治が作り出す「明るい世界」

東野幸治のポイントは「喋りトーンの明るさ」にある。

セリフを見てもらえばわかるように「さあ!」という言葉をよく使う。

士気をあげるためのキャプテンの掛け声のようだ。

その一言に「気配を上げてお願いします」という意味を込めているし、その言葉のトーンそのもので、場の空気が明るくなる。

「無意味に明るい」トーンなのだ。

まさに職人的な技術である。

東野幸治本人は陽キャではない

東野幸治本人のキャラが明るいかというと、微妙なところだろう。

素の部分では、陽と陰の境目くらいの人であり「陰キャのなかでもっとも明るい人」くらいのポジションではないだろうか。

カメラがまわってないところでもふつうに話しかけてくるけれど、それがめちゃ陽気なわけではない。そういう気配の人だろう。

でも、番組進行では、とにかく場を明るくする。

「さあ!」のひと声に代表されるように「いきなり明るいトーンの声に切り替える」というワザでやりきっている。

ちょっとすごい。

心ない司会と言われる理由

彼がときどき「心ない司会」と言われているのは、そこにあるのだろう。

相手に寄り添っているというよりは、場の空気を先に作ってから、ゲストのトークを迎え入れる、という手法を取っている。

それを本来の地のキャラでやっているわけではなく、実は陰キャかも、という気配を醸し出しながら、いわば職人的な力技で場を作っていくから、まわりにそう感じられてしまうのだ。

たぶんそれは松本人志も同じである。

「場」を数ミリ地上から浮かせる仕事

東野幸治のやっていることは、いわば、司会している「場」を地上から数ミリほど浮かせているような仕事なのだ。

数ミリだから、外からはわかりにくい。

でも現場にいる人たちは、あきらかに浮いているのがわかる。

仕事のトーンがまったく違ってくる。

そういう凄みのある作業を東野はおこなっているのだ。

東野の、低い受けから、高いトーンへの声の切り替えが見事である。

かなり意識して訓練して、会得した技術だとおもう。

そのぶん効果は抜群である。

セリフの内容ではなく、声質で空気を一変させるのだ。

努力型ではあるが、ある種の天才だと言えるだろう。

だから「心ない司会」と呼ばれるのもまた、本望ではないだろうか。

『ワイドナショー』は東野と松本のコンビ芸を見る場

松本人志と見事なコンビとなっている。

東野が他のゲストとトーンを作っていって、ころあいをみて松本に振る。

松本もまた、かなり高い声のトーンで答えている。

東野の陽気を、さらに松本の陽気が増幅させる。

そのあとに出る発言は、マジなものでも、偏ったものでも、ただのボケでも、どれであっても見ている人を高揚させる。二人の連携によるものである。

場を作って、松本へ渡す東野の技量は見事である。

そして、マジな発言、危ない発言、ただのボケを、ない混ぜにして言い出す松本を、東野がきちんと処理している。

コンビ芸である。

先輩と後輩ながらもう長年一緒にやってきているというトーンがあって、お互いの信頼があり、高揚したトーンで進んでいく。

あらためて、『ワイドナショー』は東野&松本コンビのトークをおもしろがっていたのか、と気がついた次第であった。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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