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清野菜名と新垣結衣 偽装結婚ドラマ『婚姻届に判を捺しただけですが』女優と『逃げ恥』女優の決定的な違い

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:アフロ)

『婚姻届に判を捺しただけですが』はお金のための偽装結婚

TBS火曜ドラマ『婚姻届に判を捺しただけですが』は偽装結婚カップルのドラマである。

主演は清野菜名、相手役は坂口健太郎。

ヒロイン明葉(あきは)は大金が必要となり、「既婚者の肩書きが欲しいだけ」の男・百瀬柊(ももせしゅう)の提案に乗って、500万円を借り、偽装結婚することになる。

まわりには結婚したと言って、実際に婚姻届も出し、一緒に暮らし始める。

でも家の中ではきちんと別れて暮らしている。

「お金のため」の偽装結婚である。

2016年の同じ枠で放送された『逃げるは恥だが役に立つ』

世間を欺くために、付き合ってもいない相手と偽装結婚するというのは、『逃げるは恥だが役に立つ』と同じである。

これはちょうど5年前のTBS火曜ドラマだ。

2016年10月から12月まで放送され、社会現象にまでなった大人気ドラマである。

5年経って、似たような設定のドラマが展開している。

でも、やはり、いろんなところが違っている。

ふたつのドラマの似通っているところ

大きな枠組みは似ている。

恋愛感情はなく、付き合ってもいない二人が「結婚した」と偽って、同居を始める。家の中では、最初はきちんと距離を取って生活していたのに、いつのまにか距離が縮まっていく。

どちらもそういうドラマだ。

『婚姻届に判を捺しただけですが』のほうはまだドラマは途中なので、最後はどうなるかはわからないが、でも、似たような展開になるのではないか、とおもっている(違っていたらごめんなさい)。

でも、TBS火曜ドラマの恋愛もので、最終話での大どんでん返し、というのは見たことがない。いままであまり登場しなかった人物が真犯人だとわかって驚愕、という展開は起こらないはずだ。恋愛ドラマらしいところに着地する。はずである。

「信頼のための偽装(契約)結婚」であった『逃げ恥』

構造はかなり似ているが、ふたつのドラマの細かいところはずいぶん違う。

久しぶりに『逃げ恥』を通して見てみてそう感じた。

新垣結衣が底抜けにかわいいし、この二人が実際に結婚するのかとおもって見直すと、感慨深いのだが、まあ、それはいい。

『逃げ恥』のほうは、ヒロインみくり(新垣結衣)は家事が得意ということになっている。

ヒラマサさん(星野源)が家事代行サービスの代わりの人間を探していて、たまたま失職中だったみくりがその仕事に就く、ということから始まった。

「雇用主と従業員」という関係で、この関係を維持したまま、契約結婚生活に入っていく。

「金のための契約(偽装)結婚」ではない。

もともとお互いを「信頼していたこと」から見せかけの結婚に踏み切る。

見せかけ結婚に踏み切った理由も、両親を始めとした周囲の人を安心させるため、である。

つまり「世間の信頼のため」の偽装の結婚だといえる。

新垣結衣と星野源だから現出した世界

あらためて『逃げるは恥だが役に立つ』は、設定プロットが絶妙だと感心する。

大事な設定部分を挙げてみる。

「お互い、最初から信頼しあっている」

「仕事をきちんと分担し、お互いの仕事を尊重している」

「礼儀正しく、わきまえがある」

認め合っている二人が、「仕事」として同居を始め、より信頼を高めて親しくなり、そこへ「恋愛要素」が入りこんで、楽しく混乱していく。

そういう構成である。なかなか素晴らしい。

そして、これはやはり、新垣結衣と星野源だから現出された世界だと言えるだろう。2021年から見ると、本当にそうおもう。

『婚姻届に判を捺しただけですが』では男性がかなり奇妙な存在

2021年の『婚姻届に判を捺しただけですが』は、構造は『逃げ恥』と似ているのだが、人物設定が違う。

男性・百瀬(坂口健太郎)は、仕事は優秀で、高収入で、イケメンである。なかなかモテるタイプのようだ。

ただ、百瀬は、ほぼ初対面の酒の席でいきなり「結婚しませんか」と言い出す男で、あまりまともな人物ではない。偽装結婚の理由も、ひたすら恋愛をこじらせているから、と言えるもので、かなり奇妙な男性である。

『婚姻届に判を捺しただけですが』での女性

女性・明葉(清野菜名)は、デザイナー事務所に勤めており、独立を考えるくらいには腕がある。ただ結婚する気はまったくない。

彼女はかなりざっくりとした性格のようで、部屋は散らかり放題、家事も得意ではない。

相手の領分を侵さないという約束を守れず、几帳面な同居人をたびたびいらつかせている。おおらかといえばおおらかだし、だらしがないと見ればそう見れる。

「信頼」や「礼儀正しさ」があまり問題とされていない関係である。

でも、途中から明葉がどんどん百瀬を好きになっていく。

その無理筋の恋愛にドキドキするドラマである。

清野菜名のイメージは「かっこいい」女優

ドラマの味わいは、やはり主演の違いでもある。

清野菜名をどう評価するのかはむずかしいのだが、もともと恋愛ドラマに主演してきたタイプではない。

彼女の出たドラマで印象の強かった役は、たとえば『シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う』での見惚れるようなアクションシーンをこなすパンダ役だったり、『今日から俺は!!』はツッパリの主人公に唯一対等に話せる強気の女子高生役だったりする。

朝ドラ『半分、青い』ではヒロインの漫画家アシスタント仲間だった(もう一人のアシ仲間が志尊淳)。

あまり恋愛度合いの高い役ではない。

身体能力の高そうな役で、動きの見事なかっこいい女優さんというイメージが強い。

坂口健太郎の朝と夜の顔の違い

坂口健太郎は、ここのところずっと恋愛ドラマでの色っぽいイケメン役をやっている。

朝ドラ『おかえりモネ』でもヒロインの結婚相手として最後まで登場していた。

朝ドラが9月終わりではなく10月終わりまで放送されたので(始まりが5月だった)、朝は誠実な医師役として登場して、火曜の夜になると『婚姻届に判を捺しただけですが』で奇妙なイケメン役で登場して、見ているほうはなかなか面くらってしまっていた。

『婚姻届に判を捺しただけですが』では男のほうに色気が強く出ている。

新垣結衣は愛らしさでいっぱいの女優

『逃げ恥』の新垣結衣は、佇んでいるだけで愛らしさいっぱいだった。

新垣結衣は、芯の強さも見せるが、でも基本は「かわいらしい」女優である。

相手役の星野源は「女性に縁のない男」を演じて、色気を見せないようにしていた。

『婚姻届に判を捺しただけですが』と『逃げ恥』では、そこが違っている。

そもそもヒロインの恋愛における役割が違っており、登場してくる女優のタイプがまったく違う。

信頼から始まる恋愛と、反発から始まる恋愛の違い

『逃げ恥』の魅力は「まず信頼関係から始まる」ところにあった。

信頼からの恋愛である。

19世紀のイギリス恋愛小説のようである。

いっぽう『婚姻届に判を捺しただけですが』は最初はまったく信頼しあっていない。

「嫌い合っていた男女が、しかたない事情で近くにいることになり、やがて惹かれあっていく」というお約束を守っている。

反発からの恋愛だ。

これは20世紀のハリウッド映画的であり、20世紀ニッポン少女文化の型でもある。

そこが違う。

新垣結衣と清野菜名の違いと社会の5年の変化

「偽装結婚・契約結婚」という似たような設定ながら、まったく違う味わいになっているのは、主演の魅力の違いからでもある。

『逃げるは恥だが役に立つ』はとても見事な構造になっていた。

新垣結衣という女優とドラマとのあいだに、少しも離れた部分がなく、すぐれて人を惹きつける名作であった。

ただ2016年の名作である。

5年経つと、社会がかなり変わってきている。

いま『逃げ恥』が作られたとして、どこまで受けるかはちょっとわからない。

清野菜名は、ドラマで見るかぎり「恋愛を中心に生きていない女性」である。

恋愛ばかりが人生ではないと、しっかり信じている。

だからこそ、彼女が恋愛に向き合うところにきゅんとするのだ。

2021年の秋に、彼女主演の疑似結婚ドラマが放映されたところが、とても意味があるように見える。

「偽装結婚」もまた時代を反映するようだ。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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