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『おかえりモネ』は壮大なメッセージを届けてくれた 「人が死なない朝ドラ」が示した深いテーマとは

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:アフロ)

人の死なない朝ドラ『おかえりモネ』

『おかえりモネ』は人の死なない朝ドラだった。

ここのところの朝ドラは、明治大正昭和の激動の時代を描き、人が亡くなるシーンが含まれるのがふつうだったから、ちょっと珍しい。

『おちょやん』『エール』『スカーレット』は父が死ぬ

もともと激動の時代の“女の半生もの朝ドラ”では、「父の死」が描かれることが多かった。

前作『おちょやん』ではトータス松本演じるダメダメ親父が凄絶に死んでいくさまが印象的であったし、その前の『エール』も唐沢寿明の父が無理に明るく振る舞い、哀しく亡くなった。『エール』では主人公の恩師(森山直太朗)の戦死もまた、重く描かれていた。

その前の『スカーレット』の父(北村一輝)は、最後、仕事の無理がたたって病死した。

その前の100作め『なつぞら』は第一話冒頭で母を空襲で亡くし、哀しいトーンで物語が始まった。また、後半ではヒロインの子供のときからの友(吉沢亮)が畑で斃れるように亡くなるシーンが鮮烈である。

99作め『まんぷく』はヒロインの姉(内田有紀)が若くして結核で亡くなる。

98作め『半分、青い。』は現代劇であったがおじいちゃん(中村雅俊)が亡くなったし、2011年の地震で友人(清野菜名)を亡くしている。

『あまちゃん』では大地震のシーンそのものが描かれた

97作め『わろてんか』では、ヒロインの結婚相手(松坂桃李)が若くして死亡。

96作め『ひよっこ』は物語の期間が短く、あまり人は死んでいない。ただ「父の失踪」は父の死のアナロジーのようであったし、ちょっと脇役ではあるが、ヒロインが下宿したアパートの大家さん(白石加代子)が元赤坂の芸者で、かつて愛していた人が亡くなったその瞬間、アパートにいながら「いま、なくなった」と感じ取ったシーンがちょっと忘れられない。

ずっと遡(さかのぼ)っていくと88作め『あまちゃん』は登場人物は亡くならなかったようにおもう。が、ドラマの中で、2011年3月、大地震が岩手県を襲ったシーンが描かれていた。「人の死と関係ない穏やかなドラマ」だったわけではない。

人が死なない朝ドラは11年ぶり

登場人物やその周辺にまったく死の影がなかったのは、おそらく2010年の83作め『てっぱん』あたりまで遡らないといけないとおもう。2009年81作め『ウェルかめ』など、このあたりは現代劇が多かったので、あまり人の死が描かれない。「震災の前」の作品である。

人が死なない朝ドラはそれぐらい久しぶりになる。おそらく11年ぶり。

祖母が生きていたのは回想シーン

(以下、『おかえりモネ』のネタバレしています)

『おかえりモネ』も第一話の冒頭は1995年9月、ヒロインのモネが誕生する直前(母の陣痛)から始まった。そのときまだヒロインは存在していない。祖母(竹下景子)は元気だった。

ヒロインが誕生してすぐ、2014年に飛んで、そこから物語が始まる。

そこでは祖母は亡くなっており、語り部になっていた。

少しだけ登場したが、ほぼ回想シーンだけであった。

『おかえりモネ』では、人の死が描かれなかった。

「写真家のトムさん」は重いガンだったのでその後が心配ではあるが、描かれていない。

壮大なドラマだった『おかえりモネ』

『おかえりモネ』は壮大なドラマだった。

最近の朝ドラは、最後までしっかり見ないと、その意図がつかみにくいことが多い。

そういう構想が流行っている感じである。

ストーリーを追っているだけでは、大事なものを見落としてしまう。

だから、きちんと見られていない場合も多いのだろう(それはそれで普通の生活だとおもう)、批判的な記事も書かれる。しかたがない。

『おかえりモネ』は「回復の物語」であった。

『おかえりモネ』は何を描いていたのか。

この物語は2014年から始まり、2020年までの7年間が舞台である。

ただ、物語の底にあるのは「2011年3月11日」の地震だ。

その衝撃からの十年を描いている。

地震のシーンそのものは描かれない。

主人公のモネや、その周辺の人たちは、宮城県の気仙沼市にある離島で暮らしていた。

2011年3月11日午後2時46分、どこにいたかによって、その後の人生が大きく違ってくる。

自分で選べることではないのだが、そのときどこにいてどう行動したのか。そのことを「痛恨事」として、ずっと後悔しつづける人たちが描かれた。

その「後悔からの回復」の物語である。

地震のとき地元にいなかったモネ

ヒロインのモネは、地震の瞬間、高校受験のため、島からかなり離れた仙台市内にいた。そのため数日のあいだ、おそらく一週間ほど、自分たちの生まれた離島に帰ることができなかったのだ。

これがモネの「痛恨事」になっている。

モネの友人の亮ちん(役名は及川亮、演じるのは永瀬廉)、そして妹ミチ(蒔田彩珠)、どちらも震災のときの「痛恨事」を抱えたままである。

重要なことは回想シーンで描かれる

このドラマでは、重要なことは回想シーンで描かれていた。

現在は「その後のこと」になる。

みんな胸にあるのは、2011年3月11日のことだった。それが物語の底にあった。

ある意味、このドラマでは「現在を生きる姿」をメインに置いていなかったのだ。

たまたま死ななかった人たちの物語

『おかえりモネ』で人が死ななかったのは、現在を描いてなかったからではないか、と気づく。

「震災で傷ついた人たちの後日談」物語だったと見ることができる。

いまの話ではないのだから、いま人が死ぬ話は語られない。

言い方を換えれば、「たまたま死ななかった人たち」の物語である。

でもそういう人たちが、「これからしっかり自分の人生を歩む人」に変わる姿を描いた。

その意図に気づいたというだけで、泣きそうになる。

妹ミチがずっと抱いていた「一人で逃げた」悔恨

震災のとき、家にいたのはおばあちゃんと、当時中一の妹のミチだけだった。

祖父、父、母、そして姉のモネも不在だった。

彼女は祖母と一緒に逃げようとしたが「どれだけ言っても、どれだけ引っ張っても、おばあちゃんはまったく動いてくれなかった」らしい。

だから、彼女は一人で逃げた。

最終話の前の前の回で、やっと彼女は姉にそう告白した。

「そのあと、たぶん大人たちがきておばあちゃんを助けてくれたんだとおもう……わたしは……ぜったい……自分をゆるすことはできない」

静かに、強く、妹は泣いた。

慈愛のモネは、強く妹を「赦す」

姉も、その言葉に突き刺されながら、でもまっすぐ受け止める。

そして赦(ゆる)す。

「みーちゃんは悪くない。ぜったいに悪くない」

姉として、全力で妹に寄り添う。

みーちゃんを罪の意識から解き放つ。

それは、自然界になりかわって、彼女を「赦す」役割をになっているかのようである。

まるで神の「みわざ」である。

118話のこの「赦す姉」を演じたとき、彼女の表情は慈愛に満ちていた。

清原果耶でなければ、ああいう表情は見られない。

まさにこのために彼女が起用されたようにおもえた瞬間である。

屈指の名シーン「かもめはかもめ」を歌いながらの捺印

亮ちんの母(坂井真紀)は津波のあと、行方不明のままである。

亮ちんの父(浅野忠信)は、妻の死を認めることができず、酒に溺れて、どんどんダメになっていく。自らどんどんダメになっていこうとしていた。

でも一人頑張る息子を見て、また周囲の手助けもあり、彼は立ち直る。

113話、彼は妻の死を認めて、死亡届にハンコを押す。

ここは、ひとつのクライマックスであった。

彼は、妻の好きだった歌「かもめはかもめ」を口ずさみながらハンコを押す。

(あなたのことは諦めた)という失恋の告白で始まるこの歌詞が、見ている人すべてを貫いていく。激しく揺さぶられる。

朝ドラ史上、屈指の名シーンだった。

見ながら、ただ涙が止まらない。いまおもいだすだけで、泣きそうだ。

小さく、聞こえるかどうかくらいの声で、歌詞を呟く。

それが、鋭く、深く、いろんなものを越え、空気を裂いて突き刺さってくる。

忘れられないシーンだった。

「みんな、そういうのでいい」というモネの言葉

震災から十年経って、彼たち、彼女たちは、動きだした。

それまではずっと止まっていたのだ。

モネも忙しく働きながら、でも、どこか止まっていた。

それに彼女自身が気づく。

地元に帰って、天気予報を伝える仕事をしながら、彼女は振り返っていた。

「一度あきらめたり、またやってみたり、みんな、そういうのでいいんだな」

それは遊びに来た女子中学生の言葉から気づいた。

このセリフの大事なところは「みんな」だろう。

みんな、それでいいんだということに気づき、認め、見守る存在になる。

「大自然そのもの」と人間を描いた見事な朝ドラ

かつて森林組合で世話になったサヤカさん(夏木マリ)と再会したとき(これも118話)、モネは面と向かって言う。

「わたし、サヤカさんみたいになりたい!」

おどろきつつ、笑うサヤカさん。

「誰が来ても受け入れる。いつでも『行っておいで』と送り出す……そして帰ってきたら、『おかえり』って言ってあげる」

そういう存在になりたいと彼女は言う。

これが、このドラマの到達点なのだ。

誰でも受け入れる。出ていくときは送り出す。帰ってきたら迎えいれる。

まるで大きな自然そのものだ。

人の営みは、どうしようも変えられない。ただ見守るしかない。

モネはいつのまにかそういう存在になっている。

その姿を見せてくれた。

大きなドラマであった。

慈愛の存在を演じ、清原果耶は見事であった。

彼女を見守るつもりで眺めていたが、気づくと彼女に包まれている気分になった。

そこがすごい。女優清原果耶の大きさによるものだろう。

見事な朝ドラであった。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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