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深田恭子の代役がなぜ比嘉愛未だったのか 『推しの王子様』の主役交代の持つ意味を探る

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:Motoo Naka/アフロ)

準主役が多かった比嘉愛未を主役に抜擢

ドラマ『推しの王子様』は深田恭子主演で企画されたものの主役が交代、比嘉愛未の主演となり、現在、放送されている。

比嘉愛未は2007年の朝ドラ『どんど晴れ』に主演したが、そのあとドラマでは“重要な準主役“というものが多く、恋愛ものでの主演というのはずいぶんとひさしぶりである。

『推しの王子様』の主人公は、乙女ゲーム制作会社の女社長である。社長自身が乙女ゲームのファンであり、多くの人に受けるゲームを制作しようと苦闘している。

乙女ゲームというのは、だいたい、「乙女(女性)の恋愛妄想」を満足させることをおもな目的としたゲーム、だとおもってもらえばいいだろう。

妄想ゲームから抜け出たようなイケメン男性が目の前に現れる。

でもその男は、とてもがっかりな存在だった。

彼を理想の男に育てようとする女社長を主人公にしたドラマである。

代演する役者の厳しさ

直前になって役者が入れ替わるというのは、いろいろ厳しいものがある。

すでに「本来その役を演ずるはずだった人」が発表されており、代わりの役者が出演すると、どうしても「本来の人」の影がつきまとう。

ひとつ前の大河ドラマでも大きな役の代演が話題になった。

代わった役者もよくやったとは言われているが、でも本来の役者が演じたらおそらくかなり違っていたものになっていただろうというのは、ドラマ好きの多くが想像することである。その「幻想」と戦わねばならないところが、厳しいところだ。

でも『推しの王子様』は比嘉愛未のドラマに見えてくる

ただ『推しの王子様』にかぎっていえば、これは深田恭子でなくてはならない、というドラマには見えない。もちろん主役が代わったのだから、いろんな修正もおこなわれただろうが、第三話まで見たところでは、深田恭子色の強さはさほど感じないのだ。

『推しの王子様』のヒロインは比嘉愛未でよかったのではないか、とおもえる部分が多いのだ。

つまり、比嘉愛未主演の企画だったようにも見えて、そのあたりが見事である。

「深田恭子が演じていたら」とおもって見直してみる

そこで、一話から三話まで、もしこれが深田恭子が演じていたら、とおもって細かく見直してみた。

そうすると、比嘉愛未がヒロインであるのがとても自然に見えてくるシーンがけっこう多い。

社長の姿は比嘉愛未が似合う

まず、ヒロインが社長として、いろんな業務に当たっているところ、外の会社と交渉しているときや、社内で社員に指示を出すところなど、こういう業務をこなしているところは、比嘉愛未にぴったりである。

貫禄さえ感じさせる堂々たる社長ぶりは、これは比嘉愛未でよかったと強く感じる部分である。

そして、そのまま日常生活においても、この「見た目はイケメンだけど、人間としての中身はグズグズな男」ワタルくん(渡邊佳祐)に、いろいろと注意することが多く、もっと真面目に生きろとか、人としてはこうするべきだとか注意するわけだが、そのときの比嘉愛未がいい。

厳しい言葉を投げかけつつも、どこかにあったかみを残した注意のしかたには、比嘉愛未ならではの魅力に満ちている。

深田恭子でもこの注意のしかたは味わいがあっただろうが、比嘉愛未は彼女ならではの世界を形成していて、とてもいいのだ。

いい男に育てようとする姿がサマになる

どうしようもないダメ男・ワタル君を一人前に育てるために、美容院に連れていき、また上等のスーツを仕立てるのに付き添い、これはだめ、こっちもだめ、これがいい、と見定めるシーンもまた、比嘉愛未にぴったりである。

たぶんこのシーンは深田恭子が演じても微笑ましい部分だっただろうが、比嘉愛未は背が高く、すらっとしているぶん、若い男を育てようとする姿がとても似合うのだ。腰に手を当てて、顎に指を当て、若い男の変貌を見定める姿が、比嘉愛未はとてもサマになる。

ツッコミをさせるなら比嘉愛未

比嘉愛未はツッコミが似合う。深田恭子はどっちかというとボケのほうが似合うというか、その瞬間のかわいさが魅力であるが、それと反して、比嘉愛未はツッコミのほうがいい。

大事な社長令嬢を接待しているとき、ダメ男は令嬢に無礼な振る舞いをしているにもかかわらず、覚えてきた甘いセリフを口にするので、「いまじゃない!」と比嘉愛未は鋭くツッコむ。それが二回あったのだが、比嘉愛未のツッコミを聞いているのは快感である。

もっと鋭くツッコんで欲しい。

またダメ男ワタルくんが、会社の人に女性と一晩だけ過ごすことはあるのか、と聞かれたとき、ヒロインは(不覚にも)彼と一晩を過ごしたことがあるので「ないないない!」と、誰も聞いてないのに社長本人が横から懸命に否定していて、これがまた比嘉愛未だと切れ味がよくて、とても楽しい。

前向きな姿は比嘉愛未がいい

女社長でもときに弱音を吐く。

弱音を吐くが、でもこれから頑張ろう、という前向きな方向には比嘉愛未がいい。

弱音を吐いたまま、たとえばそのまま寝ちゃう場合は、深田恭子のほうがいいとおもう。

前向きな姿、仕事をする姿、人に指示を出す姿が、比嘉愛未にはとても似合うのだ。

もちろんただ比嘉愛未がいい、という確認のために見返したわけではない。

これはやはり深田恭子のほうがよかったかも、とおもえるシーンもあった。

ドラマ冒頭のモチーフは深田恭子に向けたもの

たとえば。

1話、「推しの王子様」に似ているワタルくんが空から降ってくるシーンがあるのだが(現実は借金取りから逃げるために建物の二階から飛び降りたところ)目の前に飛び降りられて、ヒロインはすごく驚く。

ここは、やはり深田恭子が似合うだろう。

「空から王子様が降ってきた」、というのは、おそらくこのドラマのモチーフであり、「物語が本格的に始まるドキドキの瞬間」である。

ここは深田恭子をイメージして描かれたシーンだとおもわれ、深キョンだと、そのすごく驚いた姿がとてもチャーミングだろう、と想像できる。

深田恭子の困った顔が見たいのだ

困った表情としては、第三話にもうひとつ。

スポンサー会社のゲーム内容への指示が二転三転し、複数の担当者の言っていることが違うので、直接お会いしたいとヒロインが会社に出向くと、そのときに出てきたのは会ったこともない社員三人。ヒロインは「????」という表情になり、目を左に右に動かして、何なのこれは、と驚いている。

ここもやはりぜったいに深田恭子がいいだろう。

驚いて、声も出せずに、きょろきょろする女社長を演じたら、誰も深田恭子にはかなわない。

「ぷんぷん顔」は深田恭子が似合う

ダメ男ワタルくんに注意しているとき、きちんと理詰めで話してるのは比嘉愛未が合っているのだが、ときに感情的になって「あーーー」と声を出すときは、ああ、これは深田恭子だと、かわいい感じになるのだろうな、とふとおもう瞬間がある。

また、自分に都合の悪い話になり、この話はこれで終了、と宣言してちょっと私は怒ってるのよ、という表情になるとき、そういう「ぷんぷん顔」はやはり深田恭子が似合う。

攻めているときは比嘉愛未、受けのときは深田恭子

受け身のとき、戸惑っているとき、やや感情的になっているとき、そういう瞬間に、これは深田恭子が似合うだろうと感じる。

だから、てきぱきと仕事をしているときは比嘉愛未がとてもしっくりとくる。

社長を演じるのは彼女のほうが似合っている。そう感じる。

社長だけれど、何かちょっと迷っているとき、「うーん、こっちかなあ」というようなとき、いわば弱さがちょっと露呈するときは、深田恭子でも見たかったとおもう。

そういう差がある。

攻めているときは比嘉愛未。受けのときは深田恭子。それぞれが合う部分が違う。

だからこそ比嘉愛未は深田恭子の代演となり、それがすんなりおさまっているのだ。

深田恭子が演じるのは「近くに感じられる存在」

あらためて、この役を深田恭子がやっていたら、とずっと想像しながらドラマを見ていると(あまりやらないほうがいい行為だとおもう)、ドラマそのものより、私が深田恭子にどういうイメージを抱いていたのか、ということがわかってくる。

深田恭子は「受け身」がいい。驚いた顔が見たい。

彼女は、近いところにいると、魅力が倍増するのだ。

そういう意味で、深田恭子はとても恋愛ドラマ向きの存在なのだとおもう。

逆に言えば、どんな設定のドラマでも、彼女が演じるかぎり、その周辺の恋愛要素を巻き起こしてしまうのだ。そのフェミニンさで満場を魅了する。

深田恭子は、冷静なときよりも、感情的になったときのほうが、いい女に見える。

それはとても恋愛向きである。

だからもう何十年も恋愛ドラマの主演を続けているのだろう。

そのぶん、どんな役を演じようと、それが社長でも、刑事でも、泥棒でも、教師でも、常に恋愛から逃れられない存在だということになる。

そのポイントから意地悪く見ているだけなら、いつも同じに見えてしまうだろう。かなり不幸な見方だとはおもうが。

対極にある比嘉愛未が演じたからこそドラマがおもしろい

比嘉愛未はその対極にある。

彼女は対象と少し離れているときのほうが、輝いて見える。

指示する役が向いており、屹立した存在を演じて、人を納得させる。

深田恭子の代わりに主役を演じて、無理を感じさせないのは、そこにある。

違う路線で迫り、深田恭子が主演だったときとはまったくちがう世界を作りだしている。

だから、主役を代わっても違和感を感じないのだ。そのへんが見事である。

深田恭子のフェミニンさを追ってしまえば、(そういうタイプの役者と代えてしまったなら)ずっと「深田恭子じゃない主役」としか見えなかっただろう。

また、このドラマは「イケメンなのにぐだぐだな男ワタルくん」の物語でもある。

リアルにダメ男に見える渡邊佳祐の演技は、なかなかすごい。

これもまた、比嘉愛未が主演なので、より渡邊佳祐の味わいが深くなっているようにおもう。

そのあたりは「準主役」のポジションが多かった比嘉愛未ならではの腕でもあるだろう。

うまくダメ男のダメ味を引き出している。乙女ゲーム世界にぴったりである。

常に恋愛要素を巻き起こす深田恭子の代演は、まったくそんな要素を持たないツッコミ型比嘉愛未だからこそ、きちんと成り立ったのだ。

毎週どうなるのか、楽しみに見られるドラマに仕上がっている。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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