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『同期のサクラ』の高畑充希が示す若者像 忖度できない人はどうなっていくのか

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:アフロ)

このクールのドラマではうまくコミュニケーションが取れない主人公が気になる。

『俺の話は長い』の生田斗真が演じる男や、『まだ結婚できない男』の阿部寛が演じる男。

なかでも『同期のサクラ』の高畑充希が印象深い。

『同期のサクラ』のヒロインの北野サクラ役である。

『同期のサクラ』高畑充希の魅力

北野サクラは大手の建設会社に勤めている。

だからまったく人とコミュニケーションが取れないわけではない。

ただ自分のおもいが強く、そこのバランスがうまく取れない。自分が正しいとおもったことをやり通す。人の気持ちをうまく推し量れない。いわゆる「忖度」ができない。

日本のシステムとはあまり合わないキャラクターである。

だから多くの人の心をつかむ。

いま、自分の育ってきた環境と、社会のシステムがあまりに乖離しているため、戸惑う人は多い。社会を構成してる年齢層は若者がおもうよりもはるかに幅広く、社会のルールの多くは、信じられないほど古いもので構成されているからだ。気がつくと愕然とする。しかし、個人の能力でそれを打破できるものではない。

でも北野サクラは強い。

主張が強く、心も強い。

自分の主張が受け入れられなくても、心が折れない。

また、正しいことを貫き通すことによって自分が不利益を被ろうとも、気にしない。ほんとは気にしてるのだろうけれど、それを負けたとは考えていない。上司に嫌われつづけて、社内での立場がまずくなっていっても、でも悪びれず、自分を変えず、正しいとおもったことを言い、行動にでる。

とてもすがすがしい。

同時に痛々しい。

その姿勢に仲間はできるが、上司には疎まれている。

会社で浮きまくっている。

なかなか大変だ。

しかも、なぜかドラマ冒頭から寝たきりである。何だろう、とおもって、ただ見ているしかない。

マーティン・ルーサー・キングのような「わたしには夢があります」

彼女はよく「わたしには夢があります」と言う。

「わたしには夢があります。ふるさとの島に橋を架けることです。わたしには夢があります。一生信じ合える仲間を作ることです」

彼女がこう話しだすと、マーティン・ルーサー・キングの声が聞こえてくるようだ。

おそらく歌い調子だからだろう。声の質と伸びが、聞いていてとても気持ちいい。

キング牧師の演説も歌っているように聞こえる。

そして高畑充希が演じるサクラも歌っているように聞こえる。見事である。見応えがある。この声を聞いているだけで、彼女に惹きつけられていく。

サクラを越えた高畑充希の魅力だろう。

このドラマが始まったとき2年前の日本テレビのドラマ『過保護のカホコ』とちょっとキャラが似てるなとおもった。

そのドラマとスタッフが同じらしい。意図的に似せているのかもしれない。

カホコはタイトルどおり過保護に育てられ、まったくの世間知らず、とてもピュアな存在である。もちろん世間の思惑が想像できないし、忖度ができない。大人の行動がとれない。

人とうまくコミュニケーションが取れないのだが、それでも何とか人と関わっていきたい。強くそう願っている。

そういう主人公である。

共感されやすい設定だ。似たようなことで悩んでる人が多いとおもう。

ただ、彼女のような強い行動にはなかなか出られない。

サクラもカホコもキャラ設定はとても現代的ながら、その行動はとてもヒーローぽいのである。

高畑充希ならではの役どころだ。

こういう役をここまでキュートに見せるのがなかなかむずかしい。

『ごちそうさん」からの高畑充希

高畑充希という役者をまざまざと見たのは2013年秋の朝ドラ『ごちそうさん』である。

主人公(杏)の夫(東出昌大)の妹役だった。

これまた、最初はほとんど喋らない女の子だった。ときどきとてもか細い声で話すだけで、それが主人公にどんどん懐いていって、見ていて心惹かれる存在だった。

2015年にはフジテレビの『問題のあるレストラン』に出て、2016年にフジテレビ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』にも出た。

これらは明るい役どころだった。

『問題のあるレストラン』は主演が真木よう子で、ほかにも二階堂ふみ、松岡茉優、菅田将暉という達者な面々が出ているなか、彼女は強い存在感を示していた。とても印象深く覚えている。

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』はヒロイン(有村架純)が好きになる男子(高良健吾)の彼女というか元カノというか、そういう役どころだった。きちんと働く女性で、そういう意味では主演二人より強い立場にいるのに、でも儚げでもあった。芯は強いのだけれど、どこか寂しげである。とても魅力的だった。

ちなみにこの『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』は主演は有村架純で、その恋敵が高畑充希で、小さい役に永野芽郁、最終話のゲストに芳根京子が出ていた。『とと姉ちゃん』『べっぴんさん』『ひよっこ』『半分、青い』のヒロインが揃って出ていたのだ。『わろてんか』の葵わかながでてれば、2016から2018までのヒロイン勢揃いだったのだが、どうでもいい話ですね。どうでもいい話ついでに、このドラマはタイトルが長すぎて、だから話題にしにくいのではないか、といま、タイトル『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』を何度か引用していておもった。

高畑充希は2016年春からは朝ドラ『とと姉ちゃん』で主演した。

前年2015年の大河ドラマ『軍師官兵衛』での黒田長政の妻役も出ていた。

このあたりはとても明るい役どころである。

高畑充希の見せる自分に誠実に生きる姿

2018年にはテレビ東京の『忘却のサチコ』に主演したが、これもちょっと同期のサクラに似ている。礼儀正しくて、よく勘違いをして、でも前向きな女性。仕事が編集者なのであまり正義を貫くシーンはないが、接待やら打ち合わせやら取材旅行でいつもあたふたしている。自分のなかで事前にあれこれ考えすぎてしまう。忖度しているのだが、それが空まわりして、忖度になっていない。

そのあたりカホコ→サチコ→サクラは同一路線上にある。

自分に対して誠実に生きている。そのぶんちょっとまわりとずれてしまう。

そういう役をやらせたら、高畑充希はとても魅力的だ。

『同期のサクラ』では顔まで変わっている。

「ケンタッキーにしない?」というコマーシャルを見てからサクラを見ればよくわかるのだけれど、顔がまったく違う。

ヘアスタイルやメイクだけの問題ではなく、目の力だとおもう。

おそらく「黒目をどんな状態にするか」ということを意識的に操っていて、それで表情を変えているのだろう。そういう不思議な部分に惹かれていってしまう。

高畑充希が、2010年代の若者の不安をしっかり引き受けてくれている気がする。

自信を持てない人をリアルに演じ、それでも生きていく姿を見せてくれる。

高畑充希が演じると、その懸命さについ励まされる。そういう存在になっている。

『同期のサクラ』がどのような結末を迎えるのか、とても気になる。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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