悪質タックル問題で失墜した「日本大学」というブランドに復活の可能性はあるのか

アメリカンフットボール(写真:アフロ)

日本大学アメフト部の悪質タックル問題について

 アメリカンフットボールの日本大―関西学院大の定期戦(6日、東京・アミノバイタルフィールド)で日大の選手が悪質なタックルを行った問題については、連日さまざまな報道がされており、多くの皆さんもすでに知っているだろう。日本の大学は、大学スポーツを使って、大学のイメージを強化しようとしている。にもかかわらず、日本大学の今回の対応はどうだろうか。スポーツや法的な視点からの議論や解説は、他の方に任せることにして、ここでは、この問題と「日本大学」というブランドへの影響を考えてみる。じっくり考えると、この問題の影響の大きさと影響を受ける関係者の多さに驚く。

このことにより、日本大学というブランドは

 今回の問題により、「日本大学」というブランドの好感度は下がっているのではないだろうか。「日本大学」をよく知らない人は、「日本大学」は良くないことをした大学だと、認知しただろう。「日本大学」を知っている人にも、「日本大学」へのイメージへの悪影響を与えたはずである。

 マーケティングの世界で、このようなブランドの評価に、NPSという手法がある。NPSとは、ネット・プロモーター・スコアー(Net Promoter Score)の略だ。具体的には、

「あなたは○○を友人にすすめたいと思いますか?」と質問し、0~10点で評価してもらう手法だ。0は全くすすめたくない、10はとてもすすめる、という点数だ。

 今回の問題発生後、身の回りの人に、「あなたは、日本大学を友人にすすめたいとおもいますか?」と聞いてもらいたい。おそらく、5より少ない、批判的な点数を多く聞くことになるのではないだろうか?

ブランドの低下は、学生に影響がある

 このブランドの低下の問題は、まず在学生に影響がある。企業の人事担当者に、先ほどの質問を少し変えて、「あなたは、日本大学の卒業生をどの程度採用したいと思いますか?」と聞いてもらいたい。あまりスコアーは良くないのだろう。その学生が、今回の問題の当事者ではないにもかかわらず。

 そしてもっと問題なのは、アメリカンフットボールの部員への影響である。あくまでも今回の問題が、部員の問題ではないという前提の上の話である。優秀なアスリートであり、将来のあるスポーツマンのはずだ。その優秀な選手を、社会人のアメリカンフットボールのチーム関係者は、積極的にチームに招くだろうか。

 このように、組織の問題というのは、まず組織のブランドを低下させ、その結果、そのブランドの配下にいる人への影響がある。皮肉なことに、「日本大学」というブランドを良いものにしたのは、ブランドの配下にいた、今回の場合は大学生やスポーツ部員や、教職員が頑張っていたからである。しかし、今回の問題が起きて、その組織のブランドの低下が起きた場合に影響を受けるのも、同じ人なのである。

まずは、学生を救済すべきでは

 今回の問題で、一番考慮すべきなのは、将来ある在学生への影響である。アメリカンフットボールの部員の中には、まったく今回の問題と関係ない選手も多いだろう。日本大学のアメリカンフットボールのブランド・イメージが低下した中でも、きちんと活動ができるのであろうか、ちゃんと就職できるのか。とても心配である。

 もし、可能であれば、将来ある選手に十分な活動ができる場所を、アメリカンフットボール関係者の中で、考えて、与えてほしいものである。

中・長期のブランドの復活方法

 今回の「日本大学」のブランドの低下は、これから大学を受験する高校生にも影響を与えているだろう。高校生が、受験校を「日本大学」とした時に、親御さんはどのようにアドバイスするだろうか。まさに、「あなたは日本大学をお子さんにすすめたいと思いますか?」と聞くと、スコアーが低いのではないだろうか。

 このようにブランド・イメージが低下した場合の、ブランド復活に特効薬があるかと聞かれたら、答えは「ない」である。ブランドとは、時をかけて構築し、壊れるときには一瞬で壊れる。ブランドとは、人の「頭」の中で、総合的な判断により構築されるものである。したがって、現在の状況に加え、過去の状況も参考にしている。

 日本大学のブランドの低下は、アメリカンフットボールの監督と選手の関係によりおきた。ブランドを向上させるには、まずこの関係を、きちんとしたものに再構築し、さらにそれを透明にしないといけないだろう。本当に、「日本大学」のブランドを復活させようと思ったら、日本大学が自ら、自分たちの行う改革を、絶えず外部に伝え続けないといけない。

 大学ブランドの復活方法は、必ずある。しかし、時間と根気のいることである。今回の問題は、多くの企業ブランドでもあてはまる。今回の問題を「他山の石」として、捉えるべきかもしれない。