現代サッカーと電王戦<その1> 「破壊と創造」の引き金

2017コンフェデレーションズカップ決勝 ドイツ対チリ(写真:ロイター/アフロ)

 より速く、より多く――とは現代のキーワードだろうか。それは、世界のあらゆる分野で「破壊と創造」を引き起こしている。例えば、EU(ヨーロッパ連合)で「一人勝ち」の状態にあるドイツの政治がそうだ。わずか2年という短期間のうちに約110万人もの難民が一気に押し寄せ、受け入れの是非をめぐり国が大きく二つに割れてしまった。ついには政権の基盤を揺るがしかねない問題へと発展し、メルケル首相も限定的ながら「規制」の方向へ動かざるを得なくなっている。

 勝負の世界でもそうだ。例えば、将棋。より速く、より多くの未来(先の展開)を見通すことのできる将棋ソフト(人工知能=AI)の『ポナンザ』が今年、ついに名人を打ち負かした。敗れた佐藤天彦名人は「人間よりも将棋の神様に近い存在」と兜を脱いだ。いまや人間(プロ棋士)たちの間で長く共有されてきた定跡を破壊し、新しい価値観を創造している。それにしても「最終決戦」と銘打たれた電王戦(将棋ソフト対プロ棋士)の二局はサッカーマニアにとっても興味深いものだった。

 素人考えで恐縮ながら、ポナンザの差し回しが現代サッカーの潮流と重なって見えたからだ。それこそ「より速く、より多く」といった趣。最速かつ大量の駒をもって敵を追い詰めていく。第一局はその好例だろうか。駒損より手早く陣形を組み上げることを優先し、複数の歩を前へと進め、そこに銀や角を絡ませながら、たちまち要の大駒(飛車)を包囲し、投了へと追い込んでいる。それはまるで前線から敵を圧迫し、最短ルートでゴールに迫る現代サッカーのハイプレス戦法のようだった。

 こうした戦いぶりは先のコンフェデ杯でも際立っていた。王者ドイツが決勝でチリを仕留めた決勝点もゴール前で敵のアンカーを包囲し、ミスを誘って球をかすめ取る前線の圧力から生まれたものだ。まさしく電光石火。油断も隙もない。連勝記録で話題をさらった14歳の天才棋士・藤井聡太四段の差し方も高速らしい。羽生善治三冠によれば「かなり現代的でスピーディーな将棋を指す」と。最速の手順(最少手数)で玉を狩る「詰め将棋」で鍛え上げたという思考回路の成せる業だろうか。

 ボールゲームも最善手は速攻と言われる。サッカーの場合、球を奪ってから「10秒以内」に生まれる得点の割合が最も多いという。実際、数々の統計的な裏付けもある。ドイツではゴールから逆算した最速戦法へ傾倒する指導者が少なくない。その代表格が「教授」の異名を取る智将ラルフ・ラングニックだろう。現在はライプツィヒ(ドイツ)のスポーツディレクターに専念しているが、その哲学に共鳴する監督は多い。湘南(J2)を率いるチョウ貴裁監督もその一人だろうか。

ラングニック流を極論すれば「5秒で奪い、8秒で攻める」サッカーだろう。少々の球損(?)には動じない。すぐに回収できると踏んでいるからだ。このあたりが、いかにも大胆不敵。普通はリスクを恐れるところだろう。そのために、より速く、より多くの人を送り込んでガンガン圧力をかけていく。ハイプレス戦法をさらに先鋭化させ、作業効率を上げるわけだ。AIや藤井四段は「セオリーにない大胆な手を打ってくる」と言われるが、ラングニック流もこれに近いかもしれない。

 定跡とは本来、物事を効率よく進める上で都合のいいものだろう。だが、それに縛られることが、かえって足かせ(非効率)になるケースもあり得る。政府が「働き方改革」なるものを押し進めるのも、そのためだろう。価値観の転換が必要だと。恐れずに破壊のトリガーを引くことが「より速く、より多く」という次のステージの創造へつながるのかもしれない。あまたの常識にどっぷりつかっていない若い世代は「破壊と創造」の有力な担い手だろう。まさに藤井四段はその象徴か。

ラングニックを黒幕とするライプツィヒが意図的に若い世代を集める理由の一つもサッカー観をめぐる「余白」の大きさにあるようだ。昨シーズンのドイツ・ブンデスリーガ(1部)で昇格早々、2位に食い込むなど事がうまく運んでいる。こうなると、大胆な戦法から偏りのある補強までことごとく筋の通ったものにみえてくるから面白い。そこで、ふと思い出すのが異端の名将マルセロ・ビエルサの名言だ。奇抜なアイディアを思いつく者は、それが成功するまで常に変人である――。

 未来を先取りする「変人」に、より速く、より多く、出会いたいものだ。