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糸魚川大火のような都市大火は,わが国で今後発生するのか?

廣井悠東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

皆さんもご存知の通り,2016年12月22日午前に糸魚川市内で出火した市街地火災,いわゆる糸魚川大火から10日あまりが過ぎました.この大火は強風という自然条件もあいまって,焼失棟数144棟,焼失面積約40,000平米という甚大な被害となりましたが,筆者は12月24日と12月30日にそれぞれ現地に向かい,建物の燃え方などを詳しく調査しています.今回はこの調査結果をもとにして,糸魚川大火の焼失面積が大きくなってしまった原因と,同様の大火はわが国でふたたび起こりうるかについて,現時点で得られた情報から考えてみたいと思います.

40年ぶりの「都市大火」

そもそも「大火」という言葉は,焼失範囲の長さや面積を基準とした様々な定義がありますが,例えば「消防白書」では焼失した面積が33,000平米(1万坪)を越える火災を「大火」としています.このような大規模な市街地火災はわが国で古来より頻繁に発生しており,特に江戸時代は10万人が亡くなったと言われる明暦の大火を代表として,数多くの大火が起きていました.なかでも40年前の1976年に発生した酒田大火は最後の都市大火といわれ,これを最後に市街地における(地震を原因とするものを除いた)「平常時の大火」は発生していませんでした.そして大火が起きなくなったのは,延焼を遮断しうる広幅員道路や建物の耐火性能の向上,何より消防技術の進展と常備化の結果であると解釈されてきました.近年でも2002年6月に稚内市で約8,800平米が焼損した火災(平均風速9m/s)や,2008年1月に佐渡市で約2,100平米が燃えた火災(平均風速8m/s),2010年1月に別府市で約2,900平米が燃えた火災(平均風速10m/s以上)など,市街地火災はたびたび発生していました.しかしながら,これらはいずれも1万坪以上の焼損には至りませんでした.

原因(1) 飛び火による他街区への延焼

飛び火によって屋根に着火したと推定される建物
飛び火によって屋根に着火したと推定される建物

それではなぜ,今回は「大火」になるほど大規模になってしまったのでしょうか.もちろん詳しい原因は,今後の調査によって明らかにされていくでしょう.そのため今回は速報と位置付けながらも,甚大な被害に至った原因と今後大火の再発はありうるかに焦点を絞って考えたいと思います.一般に,市街地火災による被害は「出火」「延焼」「消防」「避難」の4変数で決まると考えられます.したがって,ここではこの4変数をもとにして火災が大きくなった原因を探ってみましょう.

はじめに「出火」です.報道によると糸魚川大火の出火点は1箇所といわれています.したがって,複数の出火点から同時に発生する地震時と比べて対処は容易であったとみてよいかもしれません.しかしながら,糸魚川大火では複数の飛び火による出火が多数目撃されています.空撮映像からは,北向きの強風が吹いていたにもかかわらず,出火点北部で北側から南側へ延焼しているシーンが一部確認できました.10m/s以上の強風であれば,出火点から風下方向,つまり南から北に延焼が卓越するはずです.これは筆者の現地調査でも,同様の傾向が確認できました.たとえば,広幅員道路の北側焼失家屋において北側の燃えの程度が強い箇所がみられました.さらには焼失区域から離れた場所で屋根から2階のみが燃えている建物などが確認されました.特に,通常であれば消防活動と組み合わせて延焼阻止が期待できそうな,10m以上の広幅員道路を越えて北側街区の奥に着火しているケースが多数見られました.現時点では詳しい消防活動の状況が分かりませんが,現地調査の結果,おそらく10点程度の飛び火による着火があったのではないかと考えています.つまり,飛び火により時間差はありながらも同時多発状態となり,対応が困難になってしまったことが,大火となった主要因のひとつとしてあげることができます.飛び火という現象は,過去の文献には何百メートル先にまで飛んだという記述もあり,消防のみならず住民の立場においても大火発生時にとりわけ注意が必要と考えられます.場合によっては市街地火災からある程度距離があったとしても,強風時は避難を検討する必要があるかもしれません.

原因(2) 密集市街地内での火災

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続いて「延焼」と「消防」について考えます.先述のように糸魚川大火の焼失区域は約40,000平米で約150棟の家屋が失われており,単純に計算すればヘクタールあたり40棟ほどの密度であることが分かります.他方で国土交通省によれば「ヘクタールあたり60棟以上で老朽住宅棟数率50%または木造住宅棟数密度がヘクタールあたり50棟以上の地区を基本とした防災上危険と判断される市街地」は「密集市街地」と定義され,わが国にいまだ数多く残されています.このような密集市街地は「20世紀の負の遺産」と呼ぶ人もいるなど,防災上の観点から整備の必要性が叫ばれています.つまり,わが国では東京や大阪をはじめとして,今回の焼失区域を越える建物密度の地区が数多く存在するということになります.改めて糸魚川大火の焼失区域をみると,東西を横切る広幅員道路が2本通っているものの,出火点付近は極めて建物密度の高い街区となっており,いくつかの建物がほとんど密着しているような状態でした.火災は初期の対応が最も効果的であり,時間が経てば経つほど火勢が強くなるため,対応が困難になることが知られています.風上側はわずかに建物と建物の間に隙間があったものの,風下側と風横側東部は難しい消火活動を余儀なくされ,飛び火による他街区への着火もあいまって大規模な延焼に繋がったものと考えられます.他方で当日は懸命な消火活動が行われていましたし,近隣の消防本部からも応援が来ています.しかしながら糸魚川市は東西に長く,他の消防本部の応援を要請しても到着まで相当の時間を有するという状況でした.後者の点は,人口減少が進む地方都市の消防行政ならではの問題かもしれません.

人的被害が少なかった理由

ところで今回の糸魚川大火ですが,40,000平米が焼失したにもかかわらず,活動された消防団の方々が負傷されたものの,幸運にも死者は発生していません.この理由はいくつか考えられますが,特に4番目の変数である「避難」にその原因を見出すことができそうです.糸魚川市においては,22日の12時30分に本町および大町2丁目に避難勧告が出されています.水害や津波災害ならともかく,市街地火災による避難勧告はあまり前例がありません.しかしながら糸魚川市では,住民の迅速な避難を促すために防災行政無線や個別受信機で避難勧告を伝えると共に,職員の方々が実際に広報しながらまわることで避難を促しています.強風下で都市大火が発生していながらも人的被害が少なかった原因は,延焼速度が過去の大火とくらべてそこまで速いわけではなかったという原因のほかに,市や消防の迅速な避難に関する判断も一因だったのではと推察されます.

再発はありうるのか

それでは,今後もわが国でこのような都市大火は起こりうるのでしょうか.これまで40年間発生していないということを考えると,今回と同じ「平常時の都市大火」が再び発生するかどうかは,正直なところ今後の調査によって明らかになるとしかいえない状況です.しかしながら地震時はその限りではありません.先述のようにわが国にはまだまだ,糸魚川大火の焼失区域を越える密度高い市街地が数多く残されています.このような火災リスクの高い地域で大規模地震が発生した場合,今回大火に至った原因である「同時多発」「高い建物密度」の2要因が,甚大な火災被害を生む可能性は十分に考えられます.このような意味で表題の問いに答えるならば,「再発の可能性はある」と言わざるを得ません.

それでは,我々は糸魚川大火の教訓をどのように受け止めればよいのでしょうか.そもそも,密集市街地は接道要件や所有者の高齢化などにより新陳代謝が起こりにくい場所であることが知られており,一朝一夕の解決は難しいと考えられます.加えて,このような密集市街地が残されていることは悪いことばかりではありません.密集市街地は個性伴う生活空間であり,また時には観光資源ともなって,過去の文化と伝統を後世に残す貴重な地域です.都市空間は安全性のみならず,快適性,利便性など様々な長所をもつべきで,安全でありさえすればそれでよい,というわけでは決してありません.

このような難問に直面した場合,過去の事例を紐解くことは有効な方法と考えられます.文字数の関係で全てを紹介することはできませんが,例えば現代よりもっと火災リスクが深刻であった江戸時代には,火災対策として強風時の外出禁止などのルールが定められたそうです.また,江戸の人口調査では冬と夏の人口が異なり,特に女性が少なかったことから,火災の多い冬季には女性を故郷や郊外へ住まわせていたとも言われています.もちろん現代の市街地でここまでする必要はないとはいえ,江戸時代の人々が身につけていた,「火災リスクの高い市街地に住まうための作法」は我々にとって様々なことを教えてくれるに違いありません.現代でも常日頃から消火用の水をバケツに入れ住宅の軒先や植込みに用意する事例や,住民組織が可搬ポンプによる初期消火を訓練する事例など,ソフト対策で火災被害を軽減しようという取り組みは一部の密集市街地で精力的に行われています.いずれにせよ糸魚川大火を踏まえ,わが国の市街地がいまだ火災リスクの高いことを認識しつつ,道路の拡幅や建替えのようなハード的な対策だけではない,密集市街地ならではの工夫を考える必要がありそうです.

※本稿は速報性を優先して糸魚川大火を考察したものであり,現時点での推測も含んだ文章です.したがって今後の調査結果次第で,記述が変わることもある点をご承知ください.

東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど

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