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部費ゼロで全国出場の西工大バドミントン部、ICT研究で異色の挑戦

平野貴也スポーツライター
腕に計測機器を装着し、データ解析からスイングの改善点を見つけ出す【筆者撮影】

 練習環境もプレーも、ICT(情報通信技術)研究で改善する。一風変わった挑戦をしているスポーツチームがある。福岡県の小倉から約20キロ南、苅田(かんだ)という町にキャンパスを構える西日本工業大学のバドミントン部だ。2014年、電気情報工学を専門とする井上翼准教授が監督に就任。16年に同好会から部に昇格すると、19年に全日本学生選手権の出場権を獲得(翌年の全国大会は、コロナ禍で中止)。21年には、全国大会でベスト16に進出した。

ユニフォームには、スポンサー3社のロゴが掲出されている【写真提供:西日本工業大学バドミントン部】
ユニフォームには、スポンサー3社のロゴが掲出されている【写真提供:西日本工業大学バドミントン部】

 まだ強化を始めて数年で成果も出始めたばかり。しかし、ユニフォームには、3社(白月工業、ソフトウェアサービス、明幸フォーラム)のスポンサーロゴが付いており、少なくない金額のサポートを受けている。自前で活動資金を捻出しているところが一つの特長だ。バドミントンは、シャトルの費用がかかるが、当初は部費ゼロでの運営が可能だった。背景には、大学と監督の特性を生かしたICT研究がある。

部活動をICT研究対象へ、シャトルも「研究費」で購入

工学研究者でもある井上監督。競技を対象としたICT研究を始め、チームの強化につなげている【筆者撮影】
工学研究者でもある井上監督。競技を対象としたICT研究を始め、チームの強化につなげている【筆者撮影】

 一体、どのような研究が行われ、どうして部費の確保につながるのか。その前に、研究と部活動が結びついた経緯を記す。16年に部活動が強化対象となったが、井上監督の准教授としての仕事は、あくまでも研究がメインだ。しかし、同僚の一言が、研究と指導の両立を可能にした。

「バドミントンを研究の対象にすれば、高い意欲で取り組めるのでは?」

 翌17年、井上監督は「多変量解析を用いた個人競技に対するゲーム分析及び新しいコーチングシステムの構築」と題する研究テーマを応募(膨大なデータの中から特長的なプレーを抽出し、プレー改善のヒントとする方法の研究)。国の科学研究費助成事業に採択され、3年間で約400万円の助成金を獲得した。研究に協力するのは、自身が指導をする大学のチームだ。シャトルも必要な消耗品と認められ、研究費から捻出が可能だったため、この3年間は部費ゼロのまま、強化環境を整えた(前述のとおり、19年に全国出場権獲得)。

 また、自身の研究室の学生に、バドミントンを対象とした卒業研究を勧めた。研究生は、身近な場所で協力を得ることができる。部員は、研究に協力することで、新たな成長のきっかけをつかみ、同時に環境改善の助力を得る。井上監督は、研究と指導の両立が可能になる。指導者、研究員、部員の協力体制が整った。

1枚100万円のコートマットも2面購入

全国でも所有するチームが少ない試合用コートマットも2面分所有するなど、環境改善が進んでいる【筆者撮影】
全国でも所有するチームが少ない試合用コートマットも2面分所有するなど、環境改善が進んでいる【筆者撮影】

 科学研究費の助成期間が終わった後も、昨年度は、大学の同僚である亀井圭史教授との共同研究「ICT・AIを活用したデータサイエンスに基づくトレーニング・コーチング・モチベーション向上アプローチ」が、公益財団法人福岡県スポーツ推進基金のトップアスリート育成助成金(イノベーション導入助成部門)の対象に選ばれた。ここでは、シャトル購入費は対象外となり、部費の徴収も始まった。ただ、研究費が一部自己負担も必要だったこともあり、大学の就職指導を担当した際につながりを持った企業にチームのスポンサードを打診し、新たに資金を獲得。ユニフォームや、全国でも所有するチームが少ない試合用コートマット(1枚約100万円相当)を2面分用意するなど、研究と強化に必要な環境改善に充てた。

ICT研究でプレーの改善要素をデータで洗い出す

 ところで、バドミントンを対象とした情報工学の研究とは、一体どのようなものか。三つ紹介する。一つは、プレー解析用アプリケーションの開発だ。試合を見ながら、タブレットに表示されたコート上に、選手がシャトルを打った地点を順に入力する。そのデータを解析にかけると、すぐに打点の分布図が表示された。昨年度の全日本学生選手権。男子シングルスで3回戦に進出した壇隆介(3年生※以降、学年は3月時)の試合を解析した井上監督は、コートの四隅でシャトルを打ち合う中、壇のコート中央に薄く色付いたエリアがあることに気付いた。映像を見返すと、この場所で失点するパターンが見つかった。試合の感想を聞かれた壇の「ボディを狙われたスマッシュをうまく処理できなかった」という答えとデータが一致した。四隅への移動を意識させられ、中央でボディを狙われていたのだ。このような課題の洗い出しが、感覚や感想ではなく、データとして見ることができる。

スイング計測時のデータ(左)。研究室の学生が解析を行い、分析用データを抽出(右)。肩、ひじ、手首の加速具合をデータで可視化。選手は、プレー改善のヒントとなるデータが得られる【筆者撮影】
スイング計測時のデータ(左)。研究室の学生が解析を行い、分析用データを抽出(右)。肩、ひじ、手首の加速具合をデータで可視化。選手は、プレー改善のヒントとなるデータが得られる【筆者撮影】

 もう一つ。利き腕の3カ所(肩、ひじ、手首)に速度計測器を付けた選手が、スタンディングスマッシュを10回打つ。0.1秒ごとに、3カ所がどの程度動いたか数値を取り、時間と速度をデータ解析した。スマッシュは、重心移動を伴うスイングをする際、肩、ひじ(腕)、手首の順に力が伝わる。つまり、順に加速するのが理想的なスイングと考えられる。取材日には、データを部員で見比べた。肩の加速の終わりに、ひじの加速が重なっている選手は、うまく力が連動しているようだ。しかし、順序良く加速していてもスピード自体が遅く、パワー不足の可能性が見えた選手もいた。肩の加速とひじの加速が連動しておらず、いわゆる「手打ち」になっている可能性が見えてきた選手もいた。

トレーニング中、ヘッドマウントディスプレイを用いて一流選手のラリーを何度も確認する選手(右)。細かな動きの違いに気づけるようになる【筆者撮影】
トレーニング中、ヘッドマウントディスプレイを用いて一流選手のラリーを何度も確認する選手(右)。細かな動きの違いに気づけるようになる【筆者撮影】

 最後は、機器を用いた模倣練習だ。一流選手のプレー映像から一部のラリーを切り出して真似をするのだが、選手は途中で何度もヘッドマウントディスプレイを覗き込んで動きを確認した。PCモニターで見ても同じだと思うところだが、実際に機器を装着してみると、他の情報から遮断された状況になり、より細かい動きに気付くようになる。これも研究として実験を行い、視界を限定すると集中力が高まることを脳波測定で検証したものだ。選手は動きを見直す度に細かい部分を真似するようになり、シャトルの落下点への入り方、フォームなどを知り、なぜ効果的なラリーになったのかという要因を探るようになっていた(後に選手の感想を紹介)。ほかにも、アイトラッカーという視点を追う装置を用いて、初心者、中堅経験者、上級者でプレー中の視点がどのように違うかを調べるなど(初心者ほどシャトルを目で追い、視点が定まらない)、研究と強化の掛け算が行われている。

研究室の学生も協力、資金投入の井上監督「やらない理由を考えるな」

井上監督の研究室の生徒も、卒業研究の対象をバドミントン部に絡めて行う。鶴田さんは、映像データの解析や抽出をテーマとしてライブ配信などに挑戦。部員以外の力を借りられるのもチームには利点だ【筆者撮影】
井上監督の研究室の生徒も、卒業研究の対象をバドミントン部に絡めて行う。鶴田さんは、映像データの解析や抽出をテーマとしてライブ配信などに挑戦。部員以外の力を借りられるのもチームには利点だ【筆者撮影】

 研究を伴う練習では、井上監督の研究室の学生が機材を扱ったり、指示を出したりしていた。鶴田楓さん(4年生)は、YouTubeなどの動画作品投稿が流行していることに着目し、映像データを研究材料にした。バドミントン大会のライブ配信にもトライ。他の研究学生と協力し、採用するカメラをスイッチして様々な角度からの映像を見せるだけでなく、リプレーや得点板を表示したり、メッセージ画面を表示したりと、様々な情報を視聴者に提供した。

 配信機材は、比較的手に入りやすいものを使っているが、それでも100万円程度にはなる。「興味を持って、こういうのがやりたいと言ったら、先生がいきなり機材を購入してビックリしました」と笑っていたが、作業をする姿は楽しそうだった。井上監督は「学生には、やらない理由を考えるなと常に言っています。やりたいことにまず挑戦する。やってみないと分からないことは多い。その中から、私にはできない発想やアイデアを出してほしい」と研究生に対する期待を示した。

ICTを用いたプレー改善、部外者との接点が選手の刺激に

前主将を務めた壇。ICT研究への協力やスポンサードによる恩恵を感じながら、プレーに取り組めているという【筆者撮影】
前主将を務めた壇。ICT研究への協力やスポンサードによる恩恵を感じながら、プレーに取り組めているという【筆者撮影】

 一方、選手の視点ではどうか。チームの前主将を務めた壇に、ICTを導入した競技の研究に協力することをどう感じるか聞くと、次のように答えた。

「やる度に、いろいろなデータが分かって、モチベーションが上がります。口頭で指摘されるだけだと、そんなことないと思ってしまいますが、データで示されると、なるほどと思います。スイングの計測は、改善を意識して練習したら、どう変わるのかが気になります。ヘッドマウントディスプレイは、本当にイメージがしやすくなります。僕は飛びつきスマッシュのパターンが上手く真似できなかったのですが、映像を見直したら、飛びつく前に小さくもう一歩ステップを入れているのに気が付きました。スポンサーも付いてもらって、会社の名前がついたユニフォームを着るので、恥じないプレーをしたいですし、研究生も協力してくれているので、良い結果を出して、みんなを驚かせたいです。2022年は、団体で(過去最高となる)全国ベスト8を目指します」

独創的な工夫で目指す、工業大学初の全国制覇

ICT研究による技術改善に頼らず、フィジカルも強化。近隣のゴルフ場(勝山御所カントリークラブ)の協力を得て、ひざへの負担が少ない芝でのランニングなども採用。様々な面で独創的な工夫が目立つ【筆者撮影】
ICT研究による技術改善に頼らず、フィジカルも強化。近隣のゴルフ場(勝山御所カントリークラブ)の協力を得て、ひざへの負担が少ない芝でのランニングなども採用。様々な面で独創的な工夫が目立つ【筆者撮影】

 目指すは、工業大学初のインカレ(全日本学生選手権)制覇。そして、ICT導入による競技の進化だ。現在、国内の公式戦では、ベンチにタブレットを持ち込むことは禁止されているが、井上監督は使用可能な大会を開催してみたいという。データによって瞬時に課題分析が可能になり、打開や対策が進めば、1つの試合の中で、より動きと駆け引きのある勝負が期待できる。

 近年、日本のアマチュアスポーツ界は、公金による助成や企業負担が難しくなり、自立を求められている。ICT研究の対象となることで環境改善と強化を進める手法は、チームが他ジャンルへの貢献や連係によって存在価値を高める手法の一つとして興味深い。また、近年は、スポーツ界におけるデータの活用も盛んになっており、どちらの点でも楽しみな取り組みだ。22年シーズンは、スポンサーも増える可能性があるという。九州の地から新たな可能性を示し始めている西工大バドミントン部の挑戦に注目したい。

・西日本工業大学バドミントン部(official)

https://twitter.com/nitbad

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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