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オリンピックとeスポーツ。IOCはオリンピック・ヴァーチャル・シリーズを発表。その意味を解説する。

平林久和株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト
https://www.olympic.org/news より

オリンピック・ヴァーチャル・シリーズ開催

以下は私見である、と前置きをしたうえで結論を先に述べると、ゲームとオリンピックは良いかっこうで組み合わさった。

4月22日、国際オリンピック委員会(IOC)はeスポーツイベント「Olympic Virtual Series (オリンピック・ヴァーチャル・シリーズ、以下OVS)」を正式発表した。

期間は2021年5月13日から6月23日まで。実施する競技は野球、自転車、ヨット、ボート、モータースポーツの5種類。なおこれは、東京オリンピック・パラリンピックのプレイベントとして行われる。IOC公式イベントのひとつでもある。日本製のゲームは、コナミの『eBaseball パワフルプロ野球2020』(野球)、ポリフォニー・デジタルが開発した『グランツーリスモ』(モータースポーツ)が採用された。

IOC会長のトーマス・バッハ氏は「OVSはバーチャルスポーツの分野で新しい視聴者との関わりを深めることを目的とした、新しいユニークなデジタルオリンピック体験です。この構想は、オリンピックアジェンダ2020+5とIOCのデジタル戦略に沿ったものです。スポーツへの参加を促し、特に若者に焦点を当ててオリンピックの価値観を促進します」と談話を発表している。

簡単にまとめると、IOCはゲームをスポーツの一種と認めた。IOCは、ゲームが持つさまざまな効用に期待しているということだ。

過熱するeスポーツとオリンピックの複雑な関係

eスポーツをオリンピックの正式競技に――。

この動きが一気に表面化したのは2017年のことだった。同年10月、スイス・ローザンヌで行われた五輪サミットにて、IOCはeスポーツの五輪競技化に向けて、前向きに検討を行う旨を発表した。早ければ2024年のパリ大会から、eスポーツがオリンピック競技になるとの憶測も飛び交った。

eスポーツを積極的に推進しようとする業界関係者、ならびに純粋にeスポーツを愛するプレイヤーたちにとって、オリンピック正式競技化は歓迎すべきニュースだった。

ともすれば、ただの時間の浪費ともとられかねないゲームを遊ぶという行為。それが高度なプレイ技術によって支えられた、スポーツの一種としてIOCから認められることは、ゲーマーのプライドを大いに満たす知らせでもあった。

実際に全世界にいるeスポーツのプロ選手は、他競技の選手同様に肉体的なハードトレーニングも行っている。ゲームは紛れもなくスポーツの一種である。そして、ゲームは若者に人気があり、スポンサー収入も見込める。ゆえに、ゲームはオリンピックの正式競技になるべき、というのが推進派の主張であった。

しかしその反面、ゲームをオリンピック競技とすると、他の競技とのバランスを欠くなどの懐疑派からの批判もあった。身体を動かす「フィジカルスポーツ」を行うオリンピックの場で、ゲームという「マインドスポーツ」(頭脳スポーツ)は明らかに浮いた存在となる。ゲーム内の表現に言及して反対論を唱えるむきもあった。その代表格ともいえるのが、ほかならぬ IOC のバッハ会長だった。

バッハ会長は、2018年にAP通信の取材に対して「我々は、暴力や差別を容認し推進するゲームをオリンピック競技として取り入れることはできない」「いわゆる殺人ゲームのことだ。我々の見解では、その種のゲームはオリンピックの価値観と矛盾することから、容認することはできない」と発言。各メディアで大々的に報じられた。

ゲームはスポーツか否か。スポーツだとすれば、それはオリンピックの正式競技とするべきか。賛成と反対、推進派と懐疑派の議論が交錯した、この数年間だった。

利権的な性質を持つ「種目」の意味

ゲームはオリンピックの正式競技としてふさわしいか? を論じる上で、もうひとつ欠かせない論点がある。それはどのゲームを使って競技をするのか、である。

ところで、eスポーツとはスポーツの世界における競技の名称にあたる。「eスポーツ」は「陸上」「水泳」「スキー」などと同類の言葉である。これら競技がさらに細分化されて「種目」となる。陸上競技ならば「100m」「走幅跳」「砲丸投」などが種目名である。

つまり 、eスポーツをオリンピック競技にするということは、種目に該当するゲームタイトルを具体的に決めることにほかならない。さらに付け加えれば、どのゲームで優勝した人物に金メダルを与えるのか。それを決めなくてはいけないのである。

種目となるゲームタイトルの選定について、何を基準にすべきなのか。IOCは特に明らかにしないまま時が過ぎてきた。この空白期間を狙って、既成事実化と見られてもおかしくないような動きもあった。

「アジア版オリンピック」とも言われるアジア競技大会(第18回)が2018年8月、インドネシアの首都、ジャカルタで開催された。同大会ではeスポーツが公開競技として実施された。その種目は次の6タイトルだった。

『ウイニングイレブン 2018』(コナミ)、『スタークラフトⅡ』(ブリザード・エンターテインメント)、『リーグ・オブ・レジェンド』(ライアットゲームズ)、『ハースストーン』(ブリザード・エンターテインメント)、『クラッシュ・ロワイヤル』(スーパーセル)、『アリーナ・オブ・ヴァラー』(テンセントゲームズ)。単なるゲームタイトルの羅列に見えるだろうが、『ウイニングイレブン 2018』を除く5タイトルは、中国の大手IT企業、テンセントが傘下に収める、あるいは出資先の企業がリリースしたゲームだった。つまり、2018年開催のアジア大会でのeスポーツは「テンセントの息がかかった大会」のようだったのである。

eスポーツをオリンピックで開催することは、私企業の商品をオリンピック種目にすることを意味する。オリンピック憲章「IOCの使命と役割」の項には次の一文がある。「スポーツと選手を政治的あるいは商業的に悪用することに反対する」。この憲章に抵触することなくゲームタイトルを選ぶことは至難である。

「スポーツシミュレーター」という選択

以上のような経緯を踏まえて見てみると、このたび発表されたOVSは、オリンピックとゲームが抱える課題を正しく解決している。

eスポーツをいきなり正式競技にはしなかった。しかしながら、デジタルオリンピックという別種のシリーズを立ち上げたことは懸命な判断だった。IOCはゲーム=eスポーツの魅力を認めつつ、正式競技とは一定の距離を保った。折衷案と言えばそれまでだが、OVSという新しい居場所が用意されたと今回の発表を肯定的にとらえたい。

ゲームタイトルの選定においても一定の公正さが見られる。今回選ばれたのは、どれもゲームクリエイターが創作した架空の世界を遊ぶタイプのゲームではない。現実に存在するスポーツをデジタルで表現したもの。シミュレーター的な性格を持つものが揃った。また、各ゲームタイトルは過去実績があり、国際スポーツ連盟が公認しているもの、提携しているものを選定している。発表された組織とタイトルは以下の通りである。

世界野球ソフトボール連盟(略称・WBSC、本部・ スイス)

――『eBaseball パワフルプロ野球2020』(コナミ)

国際自転車競技連合(略称・UCI、本部・ スイス)

――『Zwift』(Zwift Inc.)

国際ボート連盟(略称・World Rowing、本部・ スイス)

――オープンフォーマット(*ソフトウェアの種類はオープン)

ワールドセーリング(略称・WS、本部・英国)

――『Virtual Regatta』『Virtual Regatta SAS』(Virtual Regatta)

国際自動車連盟(略称・FIA、本部・フランス)

―― 『グランツーリスモ』(ポリフォニー・デジタル)

各競技の国際スポーツ連盟は、それぞれのスポーツを疑似体験するのにふさわしいゲームタイトルを選んだ。これらによって本物のスポーツ大会さながらのコンテストが実施でき、また普及や選手育成などにも通じる。軸足をスポーツに置いた。オリンピックはオリンピックとしての伝統を守りつつ、eスポーツという革新を取り入れたといえるだろう。

ゲームがオリンピックの正式競技となることを願った推進派にとってOVSは物足りないイベントかもしれない。だが、数あるゲームタイトルのスーパープレイを視聴する場は、オリンピックという場ではなく、それぞれのゲームが持つ独自の世界観に内包されるのが自然だろう。

また、オリンピックとゲームの急速な接近を危惧した懐疑派も、スポーツの普及や選手育成にゲームが一役買うことになる現状に不満はないはずだ。

冒頭で述べたように、ゲームとオリンピックは良いかっこうで組み合わさった。そんな印象を持ったOVSである。

株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

1962年神奈川県出身。青山学院大学卒。ゲーム産業の黎明期に専門誌の創刊編集者として出版社(現・宝島社)に勤務。1991年にゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。現在に至る。著書、『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。2012年にゲーム的発想(Gamification)を企業に提供する合同会社ヘルプボタンを小霜和也、戸練直木両名と設立、同社代表を兼任。デジタルコンテンツ白書編集委員。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探り、未来を展望することをポリシーとしている。

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