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人狼ゲーム、過去最大規模のイベント『アルティメット人狼10』

平林久和株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト
『アルティメット人狼』で使用される13枚のカード。人狼ルーム@渋谷別邸にて撮影

字面と語感は良くないが、すこぶる知的で高級な遊びである。「人狼ゲーム」、または単に「人狼」と呼ばれる遊びがある。人々が集まる村の中に、人間の姿をした狼が紛れ込んだ。狼は正体を隠匿する。また逆に人間たちは狼を見破ろうとする。狼は人間を殲滅できるか、人間は狼を追放できるか。どちらの陣営が勝つかを競う。そんな遊びである。配役を決めるためにカードを使うが、カードゲームではない。コンピュータもボード(盤)も使わない。生身の人間同士の会話だけでゲームを進めて勝敗を決める。人狼ゲームとは、このように人間のコミュニケーションのみによって成立している遊びである。

人狼ゲームは「昼」「夜」の時の移り変わりをメタファーに用いる。ゲーム開始早々、参加者一同は「おはようございます」と朝の挨拶を交わしてから議論を始める。序盤は推理をするための情報が、とにかく少ない。表情考察などの人間観察をしながら狼を推理するしかない。人狼ゲームの序盤は、同じコミュニケーションであっても非言語的(ノンバーバル)コミュニケーションが中心となる。まずは、人の持つ感覚が試されるゲームとして進んでいく。

各プレイヤーは感覚を頼りにして「怪しい人と怪しくない人」を述べ合う。じつは、これらの意見は貴重な情報となり、次のステップの推理のきっかけになっていく。誰が誰を疑ったのか、逆に庇ったのか。発言者は過去の言動と現在の言動に一貫性があるか。嘘をついている人物特有の論理矛盾はないのか。人狼ゲームの面白さと難しさは、ゲームが進むにつれて情報が増えていくところにある。そして、ゲームの性質は、感覚重視のゲームから論理性重視のゲームに変わっていくのもまたこの遊びの特徴のひとつである。

究極のコミュニケーションゲーム、人狼──。この人狼ゲームのスーパープレイヤーが集まるイベントが、2019年5月25日と26日に開催される。「アルティメット人狼10」というイベントである。

アルティメット人狼の規模は、当初はこんなに大きくはなかった。インターネット中継の番組企画のひとつにすぎなかった。だが、回を重ねるごとに何人もの個性的なプレイヤーと巧みな戦術と名勝負が生まれた。年々、イベントの規模は大きくなり10回目となる今回は、900席もあるヒューリックホール東京にて、計3回公演されることになった。S席7000円(特典付き)、A席4000円のチケットは発売後すぐに完売した。

アルティメット人狼の表向きのコンセプトは、異業種格闘である。ロジカルシンキングが得意なゲームクリエイター、記憶力が抜群の将棋のプロ棋士やプロ麻雀の雀士たち、そして卓抜した演技力を持つ役者や声優たちの交流戦と銘打たれた。だが、実際は職業によって部分的に優れていることはあまりなく、優れているプレイヤーは総合的に優れているのである。つまり、今では有力な人狼ゲームプレイヤーの各界代表戦の意味合いが強い。

人狼ゲームはコミュニケーションのゲームである。ということは、無言よりは多弁、小声よりは大声で話をしたほうが有利ということがままある。また、専門用語を駆使することにより、より多くの情報を伝達したがるプレイヤーも多くいる。だが、それでは観戦していても面白くないし、わかりにくい。アルティメット人狼が標榜する「魅せる人狼」とは、ゲームとしてはフェアプレイ、興行としては大衆への伝わりやすさを目指したものだったのである。それが功を奏して、アルティメット人狼の出場者たちは、日本全国に広がる人狼ゲーム愛好者の憧れの的となった。

ところで、一見すると地味に見える人狼ゲームがどうして今、日本でこれほど注目されるのか? それをコンピュータゲームの反動ととらえるのはたやすい。テレビ画面やスマートフォンの画面には、おびただしい数のデジタルな世界観やキャラクターたちが提示されている。それに物足りない人々が、人狼ゲームに夢中になる。そうした言説をたまに見かけるが浅薄な考察であると思う。

デジタルとアナログといったメディアとは関係なく。また、テクノロジーにも関係なく。人間は面白い。これが人狼ゲームの魅力の根幹だろう。人間は人間という存在に果てしないほどの興味があり、人間のことを考えることが好きだ。そしてまた、人間の行動と人間が発する言葉には無限の広がりと変化がある。人狼ゲームというと特殊な遊びに聞こえるかもしれないが、「人間たちによる、人間を使った人間のためのゲーム」ととらえると、よりこの遊びの理解が進むだろう。

人狼ゲームは、それ単体として今後も世の中に浸透するものと思われる。このゲームの愛好者は、これからも増えていくに違いない。だが、人狼ゲームにはさらに秘めたる可能性を感じる。すでに、人狼ゲームをオンラインで楽しむアプリは多数リリースされているが、VRやVtuberやAIとも相性が良い。長期展望をすれば、いずれ「人狼ゲーム2.0」と呼ばれる時代が来るかもしれない。あるいは、人狼ゲームを改良した、まったく新しい遊びが考案されても何ら不思議ではない。

人狼ゲームの原型は1980年代にロシアで生まれた『Mafia(マフィア)』だと言われている。2000年代になるとアメリカのLoony Labs社が『Are You a Werewolf? 』(邦題『汝は人狼なりや?』)を発売、この頃から日本でも遊ばれるようになった。この歴史は英国で原型が生まれ、アメリカで商業化され、日本に渡ると異形の発展を遂げたRPG(ロールプレイングゲーム)に似ている。かつて、一部の好事家しか知らなかったRPGという遊びは、今では多くの人が知る遊びとなった。人狼ゲームも、それと同じ道をたどる気がしてならないのだ。

■□■過去最大規模「アルティメット人狼10」生放送■□■

株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

1962年神奈川県出身。青山学院大学卒。ゲーム産業の黎明期に専門誌の創刊編集者として出版社(現・宝島社)に勤務。1991年にゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。現在に至る。著書、『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。2012年にゲーム的発想(Gamification)を企業に提供する合同会社ヘルプボタンを小霜和也、戸練直木両名と設立、同社代表を兼任。デジタルコンテンツ白書編集委員。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探り、未来を展望することをポリシーとしている。

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