樋口尚文の千夜千本 第140夜「リチャード・ジュエル」(クリント・イーストウッド監督)

(写真:REX/アフロ)

演技陣のうま味を存分に引き出す鷹揚で軽快な演出

『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』『15時17分、パリ行き』と、有名な実話、実在人物をモチーフに〈実録物〉を連打していた(『運び屋』もそうらしいが)イーストウッドが、またまた興味津々の題材を持ってきた。アトランタオリンピックをテロから救った爆弾第一発見者の警備員が英雄としてもてはやされたそばから一転、容疑者扱いされてしまう話だ。

『アイ、トーニャ 史上最強のスキャンダル』『ブラック・クランズマン』に脇役で出ていたコメディアンにして俳優のポール・ウォルター・ハウザーが、素直で飾り気なく太っちょで、いかにもいじめられそうな主人公を実にうまく演じている。また、彼をいい意味でも悪い意味でもこういうマイペース過ぎる素直な子にしてしまった慈愛あふるる母親を、また堂々たる体格のキャシー・ベイツが演じていてさすがな感じだ。このドン臭いよい子を無条件に肯定するキャシー・ベイツの肝っ玉おっ母は、久々のはまり役ではなかろうか。

そして主人公の裁判に雇われた弁護士役の、『スリー・ビルボード』の記憶も鮮やかなサム・ロックウェルは、子どもじみた素直さゆえに打ち合わせ通りの作戦遂行ができない主人公にため息をつきながら、しかしその愛すべきキャラクターにほだされて奮闘するさまを見事に演じ、それぞれに素晴らしい演技陣のなかでもひときわ印象深い。それにしてもイーストウッドは、鷹揚かつ軽快な演出でこうしたキャストたちをリラックスさせ、その持ち味を余すところなく引き出し、いつもながら間然するところない。

そう言えば本作は、緊急判断で乗客を救ったはずの機長が疑われる『ハドソン川の奇跡』と市井の平凡な若者が英雄になる『15時17分、パリ行き』を合体させたような内容だが、その美談とともにさんざん非情な冤罪をつくりあげながら、また掌がえしの英雄譚に盛り上がるメディアや市民の厚顔ぶりへの苦味も感じさせ、大傑作『運び屋』から時をおかずしてこんな行き届いた作品を送り出すイーストウッドのタフネスにはこうべを垂れるばかりだ。