樋口尚文の千夜千本 第25夜「ソロモンの偽証」前後篇(成島出監督)

(写真:毎日新聞デジタル)

激情の爆発をポーカーフェースで見届ける

宮部みゆきの原作は、そのものの文体や展開に強烈なアクや癖があるわけではないので、逆に映像化される時に作り手ごとのカラーや解釈でずいぶんさま変わりする。大林宣彦監督の『理由』を筆頭に森田芳光監督の『模倣犯』、金子修介監督の『クロスファイア』、同じく金子監督のドラマ「おそろし~三島屋変調百物語」や澤井信一郎監督のドラマ「蒲生邸事件」などなど、仕上がった作品のタイプも雰囲気も実にさまざまだ。日本で幾度かドラマになった「火車」と(未見だが)韓国で映画化された同作を見比べたりしても、またその印象が広がるかもしれない。

宮部がひときわ力をこめたという『ソロモンの偽証』は、こうした映像化作品の系譜のなかではひじょうにプレーンな視点でバランスよく撮りあげられた部類に入るだろう。私はたまたま本作の試写を観た頃にフレッド・ジンネマンの『ジャッカルの日』をぼんやり再見していたのだが、よくもまあこの天下一の職人監督はこれだけの長尺を一切余計なこと、出過ぎたことをせずに淡々と乱れなく撮り進めるものだと、ちょっと身震いがした。とかく映画の監督というのは興行的なくびきを逃れていかに「私性」を滑り込ませるかというところで勝負しがちなのに、ジンネマンはさながら「無私性」の旗印を掲げている感じである(それが映画の作り手として真に幸福かどうかは意見のわかれるところであろうが)。

そして、『ソロモンの偽証』の成島出監督のすわった演出にも、同じようなものを感じた。もちろんここにはある中学校の男子生徒の謎の死に絡めて、生徒たちの日常にひそむ暴力や欺瞞の地獄図めいたものが一見どぎつく描かれている。が、この実に4時間30分(!)に及ぶ前後篇に伴走していると、そこで映っている出来事の見た目こそどぎついのだが、一貫して成島監督の演出は身じろぎひとつしないのである。つまり、これだけの生徒たちの息詰まる葛藤の数々を描きながら、その葛藤に共振して映画自体のタガが外れてゆくことは一切ない。むしろこの激情の爆発のつるべ打ちを、映画自体はポーカーフェースで凝視しつづける感じであって、この成島監督の「無私性」きわまるところに上々のストーリーテリングが実現しているのであった。これまでの作品でも当然そう思ったのだが、本作の乱れなさとストイックさにふれて、成島監督は稀有な「語り口」の人と再認識させられた。

さて、そんなことを考えながら、私はこの前後篇4時間30分をあれよあれよと観させられてしまった。かといってこの作品を二度観たいかというとあまりそんな気持ちにもならないのだけれども、とにかく成島監督の無私な「語り口」の安定感によって(特段凄い盛り上がりを感じたり、意表をつかれることもないのに!)するすると見きってしまう。いや娯楽作というのはそれでもう使命達成なのである。そもそも中学生がクラスメートの不審死をめぐって学校で裁判を開廷するという、映像化するとちょっと無理がありそうな内容なのに、成島監督は全体にある劇画チックなフィクションの圧をかけて、「少年ドラマシリーズ」特大版みたいな構えにしつらえてみせた。そこでは子ども裁判が、彼らの欺瞞的な生き方に本音でオトシマエをつける、思春期の踏み絵的な儀式としてとらえられ、そのことによって意外やこのいかにもジュブナイルな感じの設定を抵抗なく観てしまうのである。そういったあたりの虚構のテンションのうまい匙加減は、成島監督の語り部としての冷静なチューニングの賜物だろう。なにげなくも、本作で最も難しいところはこのへんのあんばいではなかったかと推察する。

それともうひとつ本作の大いなる魅力の源泉は、この大勢の中学生たちを演ずる子役たちがほとんど色のついていない俳優のタマゴや演技初体験者によって占められていることだ。ちょっと冗談めくが、たとえば往年のオールスターキャストの「金田一耕助」シリーズなら、もうキャスティングが発表された時点でスター序列からだいたい犯人がわかったり(!)したものだが、こんなメジャーな映画にこんなに未知なるキャストがぞろぞろ出て来るというのはまことに稀有な試みであり、原作を読んでいない向きには誰がどういう役回りでいったいどう展開してゆくのか予想がつかないことだろう。こういう読めない楽しみは本来ごくふつうに担保されてしかるべきものだが、現実はどんな映画を観てもおなじみの似たり寄ったりのスターの順列組合せばかりで、時にはキャスティングの時点でもう映画が収縮して見えたりする。

その点、本作では主役のクラス委員役の藤野涼子(これで初演技というのは本当なのか?!)、ミステリアスな他校の生徒役の板垣瑞生、ワル役の清水尋也、いじめられっ子役の石井杏奈、秀才役の西村成忠をはじめ、出会うのが初めてか数回かぐらいの子役たちの演技がいちいち印象的で、彼らを囲む永作博美、黒木華、小日向文世、松重豊ら芸達者なオトナたちも今回はせっせと引き立て役にまわってこれまたよかった。