火星最接近 - 本番は2年後? -

古来より多くの人々の心を捉えてやまない惑星・火星  クレジット:NASA

火星を眺めよう

さあ、今晩8時過ぎて晴れていたら、東から南の空に注目しましょう。火星を楽しめるのは決して最接近の晩のみではありません。今年、火星は9月上旬ぐらいまで楽しむことが出来ます。今晩、てんびん座にいるマイナス2等の火星のすぐ左(東)側、へびつかい座には0等星の土星が白く輝いています。そして、その南側には1等星のアンタレスが。さそり座の心臓アンタレスは明るさでは火星に負けていても、アンタレスの赤さは火星の赤さと比べてどうでしょう?語源のアンチ・アーレスとは、火星と争うものという意味です。今回の火星最接近は「中接近」レベル。決して「スーパーマーズ」と呼べるほどの大接近ではありません。しかし、なぜ、これほどまで火星に注目が集まっているのでしょう?

国立天文台石垣島天文台で撮影された今回接近中の火星 
国立天文台石垣島天文台で撮影された今回接近中の火星 

5月31日、火星最接近

夜空に驚くほど赤い星が輝いていることがあります。それは火星。火星は太陽のまわりを1.88年(1年と10か月)で一回公転しています。地球は1年で一回公転なので、軌道上を進む速さが異なります。天体の運行の道筋を「軌道」と呼びますが、お互いが自分のペースで軌道を運行していくと、2年2か月毎に太陽と地球と火星のお互いの位置関係が同じになります。太陽-地球-火星の順で並んだ時を「衝」と呼びます。衝を迎える頃、真夜中に南の空に火星は輝いています。今回の衝は5月22日に起こりました。

各惑星の軌道は、太陽を中心にコンパスで描いた同心円の形からは少しずれています。惑星の軌道は正しくは楕円形で、その焦点の一つに太陽がいます。惑星のなかでも火星の軌道の離心率は高く、そのため、幾何学的な衝の位置と地球-火星間の距離が最少になる位置には、ずれが生じます。5月31日、火星は地球から7,528万kmに接近しました。

2016年5月31日の太陽、地球、火星の位置関係 (Mitakaにて作図)
2016年5月31日の太陽、地球、火星の位置関係 (Mitakaにて作図)
2018年7月の位置関係 (Mitakaにて作図)
2018年7月の位置関係 (Mitakaにて作図)

2年2か月ごとの火星最接近のなかでも、地球と火星のお互いの軌道間の距離が狭いところで衝を迎える時、火星はもっともっと地球に近づきます。これを「火星大接近」と呼び、およそ5,500万kmも近づきます。一方、もっとも遠い接近「小接近」では9,900万km程度。これほども衝毎に接近距離が違うのも、主に、火星の軌道が円ではなく楕円だからです。今年は「中接近」レベルですが、次回の接近2018年7月は5,759万kmまで近づく堂々の火星大接近となります。今晩の火星でさえ、マイナス2等級と都心でも簡単に見つけられる明るさですので、大接近の時はというと、不気味なくらい明るく火星が輝いて見えるので歴史的にはさまざまな騒動をおこしてきました。

火星大接近騒動

1877年、日本では西南戦争のあった年ですが、その年9月、西郷隆盛が自決した頃、5,630万kmも地球に近づいた火星が-3等もの明るさで深夜に輝いていたため、人びとは火星を「西郷星」と呼び、その表面に西郷の姿が見えるとの噂が絶えませんでした。

筆者が国立天文台に勤めるようになって、忘れられない思い出の一つが、2003年9月12日(金)の国立天文台定例観望会です。通常200名程度の観望会がこの日はおよそ2500人もの人が訪れ、大パニックとなりました。6万年ぶりの大接近と宣伝されたこの年の火星は、8月末に5,576万kmまで接近し、みずがめ座で-3等で輝いていました。この日、火星が沈んで観望会が終了したのが午前2時30分、しかし、集まった人のうち約半数が大型望遠鏡で火星表面を観ることができませんでした。天体望遠鏡には一人ずつしか覗くところがないからです。

火星人を探して

火星人探しにまつわる有名なエピソードとして19世紀末の米国人パーシバル・ローエルについてご紹介しましょう。資産家として生まれたローエルが火星に魅せられた理由は、火星表面に「運河」が見られたという誤報から始まりました。イタリアの天文学者スキャパレリの詳細な火星スケッチには、直線状の構造が複数描かれ、この構造をスキャパレリはイタリア語で水路を意味するcanaleと表現していました。この言葉がcanal=運河と英語に誤訳されて伝えられ、ローエルは火星に運河を建設するくらいの高等な生物、つまり火星人が住んでいると信じ込んでしまいました。ローエルは私財を投げ込んで、アリゾナ州フラグスタッフに私設の天文台を建設し火星の観測に没頭したのです。じつは、今から100年ぐらい前までは、火星人の存在はかなり一般に信じられていました。ローエルは火星の表面に火星文明を空想したままその生涯を閉じます。火星に火星人がいないと人類が認識するのは、火星に探査機が向かうようになった1960年代以降のことです。

火星運河説に影響を受けたH・G・ウェルズは、1898年に『宇宙戦争』(原題は『The War of the Worlds』)を発表します。地球人より高度な文明を持つ、お馴染みのタコ型火星人が地球に攻めてくるSF小説の名作です。40年後、名優オーソン・ウェールズがラジオドラマとして、この『The War of the Worlds』を放送しました。1938年、全米で放映されたこのラジオドラマは、火星人がアメリカに攻めてきたという想定でしたが、「これはドラマです」というたびたびの注釈にも関わらず、全米に大パニックを引き起こしました。多くのリスナーが現実に火星人が攻めてきたものと思い込んでしまったのです。

すすむ火星探査 -火星生命を探して-

時代が下り、20世紀後半の宇宙開発時代に入ると、無人探査機が次々と火星を来訪しました。1964年、マリナー4号は世界で初めて火星の近接撮影に成功しました。運河はもちろん、生き物の気配は全くありませんでした。火星の大気は地球の170分の1、平均気温も-23℃と過酷な環境であることも分かりました。

ただし、火星に生命が存在しているのかいないのか、または、かつて存在していたのかいないのかという論争を巡っては、未だに明確な答えは得られません。夜空に赤く不気味に輝く火星。火星が赤く見えるのは、その表面が鉄さび、すなわち酸化鉄を含む砂でその表面が覆われているからです。火星では、地球と同じように地軸が25度傾いているため、四季の変化が起こります。大気はほとんどが二酸化炭素です。

これまで、ソ連、米国、ヨーロッパが数多くの火星探査機を打ち上げてきました。その中でも、2011年11月にはNASAが重量約1トンの本格的火星探査ローバー「キュリオシティ」を送り出しました。キュリオシティは6輪駆動で、大きな岩をも乗り越えられる能力を持ちます。火星に有機物や生命の痕跡がないかを調べるのが目的です。キュリオシティの火星探査から、火星の岩石には粘土鉱物や硫酸塩鉱物が含まれていることがわかりました。粘土は粒子の極めて細かいケイ酸塩鉱物で、その形成には水の存在が推定される物質です。これらの鉱物を含む火星の岩石が堆積した時代、火星表面の水に塩分はそれほど多くなく、中性に近い性質であったこともわかりました。太古の火星は穏やかな海の覆われ、生命が誕生しやすい環境だったとではないでしょうか?キュリオシティからはいまのところ、メタンガスなどの有機物の発見や生命の痕跡の発見の一報はありませんが、今後の探査に期待を持って見守りたいと思います。

火星有人飛行は実現可能?

今、国際的には米国NASAを中心に、かつてないほどの火星有人探査計画遂行への期待が高まっています。米国では親ブッシュ政権以降、スローガンのみで浮かんでは経ち切れ続きの有人火星探査計画ですが、オバマ政権は残りわずかな任期中にどこまでその歩みを進めることが出来ることでしょう。この動きは、1999年から運用している国際宇宙ステーションISSの利用目的の見直しと深くリンクしています。参加国が膨大な費用を投じて維持しているISSですが、費用対効果として皆が納得するような成果が残念ながらあがっていません。新素材・新薬などの開発、無重力環境下での生命活動調査、地球環境の監視、天体観測など多くのミッションをこなしてきたISSですが、このままでは維持費用に見合わないという批判が高まっています。ISSは2020年までは共同運用することが決まっているものの、その矛先をかわす目的で火星有人探査遂行への準備とそのための諸開発事項がISS運用の今後の主目的となりそうです。日本もアメリカの火星有人探査に協力するかどうかが注目されています。

また、日本は独自の計画として火星の衛星の無人探査を目指しています。2022年頃に無人探査機を打ち上げて、2つある火星の衛星、フォボスとダイモスのいずれかに衛星に着陸させ、表面の石などのサンプルを持って帰る計画を進めようとしています。