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Jリーグのクラブ経営責任者と一般企業の経営責任者、その果たすべき役割と責任の違いはどこにあるのか

左伴繁雄(株)スポーツBizマネジメント 代表取締役
(筆者撮影)

■Jリーグのクラブ経営責任者に、最も多く寄せられてきた質問とは

 私は、これまでJリーグのクラブ経営に責任者として19年ほど携わってきた。また、同業者と比べても、かなり対外的な情報発信の多い存在であったと思う。そこを見込まれてか、先日とあるサポーターが運営する動画サイトから、ロングインタビューを申し込まれる機会があった。主旨としては、「サポーターはクラブを応援している中、時には『社長辞めろ』と厳しく迫ることもあるが、実際の社長の仕事がどんなものかというのはわかっていない。だから社長の仕事について教えてくれないか」というものだった。

(写真: リンク・アンビション)
(写真: リンク・アンビション)

 私としても、そもそもサポーターの皆さんはクラブと共に戦う仲間だと思っており、もう現役のJクラブ社長でもないことから、インタビューに応じることにした。少しでもフロントの仕事を知ってもらうことで、サポーターとフロントとの距離が縮まればという思いが強かったからだ。そして、そのインタビューの中で、「Jリーグのクラブの社長と一般企業の社長って、やっぱり違うんですよね」という質問をいただいた。

 実はこの質問こそ、私がこの世界に転じて以降、最も多く受けてきた質問である。メディアさんから、スポンサー法人の皆さんから、大学の講義での学生さんから、そして私の勤めていた日産時代の友人から……100回は下らないだろう。ただし正直に言うと、その質問を受けるたび、少しずつだが私の答えは変わっていった。なぜなら、Jリーグのクラブのようなプロスポーツ法人の在り方を言い表すにあたり、この質問の答えほど相応しいものはないからだ。リーグの変貌、発展や私の成長と共にその答えが変わっていくのも至極当たり前のことだろう。

 キャリアを積み重ねていく中で、この質問の答えを考え続けることは、自分なりにプロスポーツビジネスというものの核心に近付いていけるのではないかと感じている。そして、今ちょうどJリーグはクラブの社長交替の時期でもある。シーズン始めに行われる新体制発表も多くのクラブで実施されている。というわけで今回は、今後もスポーツビジネスの発展に対して私なりに寄与していくための羅針盤とする意味でも、以下に現時点で私が考える3つの答えを挙げてみることにした。プロスポーツ法人の経営とは縁がないという方々にとっても、何かの参考となれば幸いである。

■1. 経営の基本を実務レベルで徹底的にやり抜く

(筆者撮影)
(筆者撮影)

 まずは、どんな些細なことであっても、会社を経営していくうえで必要な事項をきちんと遵守・遂行できているか、を強く意識しなければならない。これは一般企業の経営者にとっても当たり前のことではあるが、プロスポーツ法人の経営者なら尚更だ。

 取締役会での規定通りに事業が行われているか、決裁基準は守られているか、就業規則に則った勤怠となっているか、中期計画・年度計画・予算計画はきちんと作成されているか、月次の予実算管理や資金繰り、各事業の進捗の報連相に抜け漏れや遅滞はないか。そういう会社としての当たり前の事項に加え、社員およびチームのコンディションに異変はないか、外部発信しなければならない情報は適宜的確に発信されているか、といったプロスポーツ法人ならではという事項がある。さらに、外部発信という点では、チーム広報のみならず企業広報としても機能しているか、チーム情報だけでなく業績ハイライト掲示や業績の定期的開示の実施がきちんとできているかなど、両者の観点が必要となる事項もある。

 それら会社運営に不可欠の経営マターに対してすべからく関与すると同時に、そのPDCAの全てを掌握することは、密に・細部に噛み込む度合という点において、一般企業のトップとプロスポーツ法人のトップは異なる役割が求められていると言えるだろう。それには二つの理由がある。

 一つ目は「当たり前業務クオリティの保証」である。やはり、スポーツビジネスとしての法人は日本では歴史が浅い。当該ビジネスの先鞭をつけたと言われるJリーグにしても、その発足からまだ30年も経っていない。正直一般企業と比較して、会社としてのガバナンスやマネタイズのメソッド、コストコントロール、人事労務管理に至るまで、経営の基本が担当者レベルで粛々と行われているかと言うと、そうでもないと個人的には感じている。それならば、たとえ社長であっても、ときに営業、経理、人事、総務、強化等の各事業タスクに踏み込んでいくことで、代々培われてきた歴史の上に「当たり前化」している民間企業の業務と同等のクオリティを担保していかなければならない。そういう強い危機感を抱くべきだろう。その姿は、社長というよりオールラウンドプレイヤーと呼ぶのが相応しい。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

 二つ目は「社員の育成促進」だ。歴史の浅い業界の常だが、どのクラブも、いわゆる新人からの「生え抜き社員」がほとんど存在しない人員構成となっている。クラブの社長も、私のように大企業で新人から仕事を学んできた人間が系列会社への異動という形で就任するか、既に別会社の社長として一社員からの経験を経てきた人間が就任する、という場合がほとんどだ。それゆえ会社を円滑に経営していく上では、社長も若かりし頃の一担当時代を思い出し、社員レベルの仕事を一緒になって汗を掻いていくのがいいだろう。そうすることで、社員の成長は格段に早まり、会社の発展に対しても、効果的に作用していくようになるはずだ。

 逆に、もしそれら会社業務のすべてに明るくないトップしか居ないクラブがあるとすれば、至急上記要件を満たすプロ社長(オールラウンドプレイヤー)を探すことを強く推奨する。そうでなければ、あらゆるプロスポーツ法人およびその業界全体が、脈々と経営の歴史を積み重ねてきた財界筋から、舐められてしまうという事態になりかねない。

■2. 細事に至るまで説明責任を果たす

 次に、プロスポーツ法人、特にJリーグのクラブのトップに求められるのは「説明責任」だ。それも細事に至るまで、である。もちろん一般企業にも、経営計画や年度業績、役員人事、組織改正といった年次、そして定期的に行う中間決算に対しての説明責任がある。だがプロスポーツ法人には、それに加えてスポンサー決定やトップチームに関しての説明責任はもちろん、育成、アカデミー、物販、地域事業に関する情報提供を、遅滞なく行わなければならない。

 特に経営に関わる重要事項、ファン/サポーターの関心度が高いトップチームの戦績に関わる事項、あるいはブランド毀損につながるような不祥事については、その些細に至るまで、トップ自らが書面なり自身の声なりで発信することが大切だ。そしてこの発信こそ、一般企業のトップと大きく異なる部分になると考えている。さらに、トップが語りかける先は外部の支援者だけに限らない。共に働いてくれる社員や現場スタッフに対しても、同様でなければならない。

 私がここまでトップの説明責任にこだわるのは、Jリーグの各クラブを支援している方々は、クラブにとって単なる消費者ではないからだ。

写真:アフロスポーツ

 例えば、総収益の5割以上を担ってくれるスポンサー法人。地上波での放映さえも稀である日本のスポーツ業界に対し、名目上「広告宣伝費」として、自らが汗水垂らして稼いだ利益を投じ続けてくれる貴重な存在だ。ブランド認知の向上や製品の拡販にどれだけ貢献できたのか、定量的に示すことが難しいにもかかわらず、である。もちろん、ただチームが勝つことで、喜んでいただけるという面もあるかもしれない。ただ、それはあくまでも一部の方々に対してだけであろう。その現実がある以上、せめていただいたお金をどのように使わせていただいているのか、キチンと発信すべきである。そして、スポンサー法人の社員の皆さんに喜んでいただくために、さらにはその法人の所在地の皆さんに喜んでいただくために、私たちが必死に働いているさまを知っていただくメッセージを出すことは、例えそれが悪いニュースであったとしても、トップとして果たすべき最低限の義務だと考えている。

 チームを応援してくれている方々、サポーターの皆さんが相手ともなれば、その説明責任はさらに重いものになるだろう。何故なら、そうした方々は個人として身を切りながら、遠方であってもチームと共に戦いに来てくれるありがたい存在だからだ。スタジアムをクラブカラーに染め上げ、チームを鼓舞する応援をしてくれて、勝って喜び、負けて悔しがり……。そしてすぐに気を取り直し、次の戦いに向けて精一杯の力を込めてチームを送り出してくれる。これほどの自己犠牲をいとわぬ方々を、一般企業にとってのお客様と同様に「消費者」などと呼んでしまうのは、極めて失礼なことだろう。

 そして、サポーターの皆さんに身を切ることを強いている以上は、クラブ側も真摯に正対するのが当然の筋となる。人生の喜怒哀楽を共にする同志に対し、隠し事などあってはならない。経営もチームも、良い時だろうと悪い時だろうと、胸襟を開いたガラス張りの状態になっていなければ、私たちはお金をいただくわけにはいかない。特に状況の悪い時ほど、トップは自らサポーターの皆さんの前に立ち、共に歩むことをお願いするという責任がある。少なくとも、私はそう考えている。そしてそれこそが、サポーターの皆さんをリスペクトしている証になると言えるだろう。そうでなければ、降格後にわざわざゴール裏へ出向き、長々と話をすることなどできはしないのだ。

■3. お客様を「仲間/身内」として強く意識する

(筆者撮影)
(筆者撮影)

 最後に、私はJリーグの各クラブを支えてくれる皆さんを、「お客様」と呼んでしまうことに対しては相当な抵抗がある。そもそも「お客様」という単語には、どうしても施しを与えられる側というイメージが伴ってしまうが、私としてはこれっぽっちも施しているという意識はない。むしろ、皆さんから施しを受けているような心持ちでこの仕事を続けてきた。

 苦しい時、そして辛い時、皆さんが背中を押してくれたからこそ乗り越えられた苦難や困難の場面は、一度や二度ではなかった。チームがなかなか結果を出せない時、或いは会社のステージを一段上に持っていかねばならない時、その都度皆さんに対してありのままを話し、ご理解をいただいた上で、更なるご負担をお願いしてきた。それらのやり取りを通じて培われてきた信頼関係は、もはや「お客様」などと呼べるものでは決してない。「仲間」であり、「身内」とでも思ってしまわなければ、逆にどうにも具合が悪いのである。

 このような感覚は、どこからどう見ても一般企業のそれとは異なるものであり、極めて濃密な関係にあるがゆえと言えるだろう。そしてそれゆえに、Jリーグのクラブ経営のトップという存在は、自社の社員だけではなく、クラブにエールを送り続けてくれる全ての方々と深く関われなければ、その責を果たすことは到底できないと考えている。

 以上が、私が皆さんと苦楽を共にした19年間を通じて至ったJリーグのクラブ経営トップとしての在るべき姿勢である。Jリーグのクラブ経営トップと一般企業のトップは、その業態としての歴史の浅さ、そして皆さんとの濃密な関係性ゆえ、その果たすべき役割、その在るべき姿にかくの如き違いがあるということを、少しでもご理解いただければ幸いである。

(本稿は、筆者が過日寄稿したnoteをリファインして出稿している。 )

https://note.com/hidari1026/n/n578ece30cf49?magazine_key=m2322b1b3a443

(株)スポーツBizマネジメント 代表取締役

慶應義塾大学卒業後、日産自動車を経て、Jリーグ横浜マリノス社長、湘南ベルマーレ専務、清水エスパルス社長、Bリーグベルテックス静岡エグゼクティブスーパーバイザー、二輪スポーツ法人エススポーツエグゼクティブアドバイザーと、スポーツビジネス経営歴は今年で20年。2021年よりJリーグカターレ富山に移籍。代表取締役社長就任予定。J1年間優勝2回/ステージ優勝3回/J2優勝1回/J1昇格4回/J2降格3回/ナビスコカップ優勝を経験。プロ経営者として、スポーツがもたらす喜怒哀楽を人生の豊かさに転化させる事が生業。数値化/可視化/相対化/標準化/デジタル化で、権限/責任を明確にした実践的経営コンサルを志向。

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