アリ追悼「猪木VSアリ」~ナレーションの役割

(写真:アフロ)

視聴率は関東地区で8.5%だったそうだ。「試合」が始まってずっとCMもなく「格闘技世界一決定戦」が放送された。

当時の生放送の平均視聴率は46%。高校2年生だった私もそのひとりだった。

「なんやねん、この試合」

あの頃の私は、「世紀の凡戦」と評された試合に肩すかしを食らわされた気分だった。

40年後にその評価は変わる。そして番組の視方も変わっていた。

今回の追悼番組のナレーターは、佐藤政道氏と平野義和氏だった。佐藤氏といえば「アンビリバボー」、平野氏は「ザ!鉄腕!ダッシュ」、

と言えば「ああ、あの」となるくらい有名、いや「有声」だ。今回、佐藤氏は「アリ・猪木の紹介」を担当、平野氏が試合部分を担当した。

40年前、期待に胸を躍らせ、どんな試合になるのか緊張しながらテレビに見入った。実況アナの声や内容なども上の空だったように思う。

今回は「果たしてどんな試合だったのか?」と期待した。実はあの試合は「世紀の凡戦」などではなかったということも知っていた上で、

あの時解らなかかったことを確認したいと思って視ていた。

リング上の緊張感が今でも画面を通して伝わってきた。「あの頃」感じていた熱量が今もなお大量に溢れていた。

だからこそ、ナレーションは「他の番組の色」がついていない方が良かったと、一視聴者として思った。

試合部分のナレーションは抑制的だったし量は多くなかったけれど、どうしても「ダッシュ」が想起された。

私もバラエティ番組のナレーションをしているので、長きに渡って放送されている人気番組を担当していると致し方ないことかと思う。

ナレーションは、スタジオの録音ブースにあるマイクを前に、モニターに映し出される映像を目の端で感じながら録音する。

「猪木VSアリ」戦のナレーション録音は、おそらく興奮を抑えながらのものだっただろうと思う。しかし伝えるべきことは伝えなければならない。ナレーションの難しいところだ。情緒のまま語ってはいけない。自らの語りをコントロールしながら「最適な語り」を常に意識していく必要がある。

目立たず、しかししっかりと伝える。ナレーションの王道だ。私は王道から外れている。だからこそ、「被写体」の感情、熱をどう伝えるかをいつも感じ、考える。テレビ番組は情緒的である。いや情緒そのものかもしれない。バラエティ番組は情緒を煽る。視聴者を巻き込んでいこうとする。ドキュメンタリー番組は違う。「被写体」に入り込みながら、感情移入もしながら、表出する語りは落ち着いている、落ち着いているが熱がある・・・難しい。

今回の「猪木VSアリ戦」放送、やりたかったなあ。