古館氏「偏るんです」と言い放つ

「キャスターが意見を言ってはいけないということはない」

その通りだ。

ニュースステーションの久米さんは「はっきり言わず芸」だった。

雰囲気や表情で視聴者に訴えかけた。

自分の意見を述べるべきだと当時思った。

ニュースキャスターが「自分の意見を言い、印象操作することは

あってはならない」そうだ。

雰囲気や表情ならいいのか?

映像の構成による「印象操作」なんて日常的だ。

「巧み」であると言ってもいい。

キャスターもコメンテイターも自分の意見を言えばいい。

しかし、それが「番組の方針」に影響されたり、

左右されるなら、おかしい。

報道ステーションも、「偏った」コメンテーターだけでなく、

古館氏やコメンテーターの考えとは違う人物を

もっと積極的に出演させれば良かった。

古館氏個人は「偏って」いたとしても、

自分とは考えの違う人の意見を「聞きたい」「伝えたい」

とは思わなかったのだろうか?

古館氏はジャーナリストではない。

「おもしろい報道番組ができるかもしれない」との気持ちで

キャスターを受けたらしい。

「私のような素人が・・・」とは、よく聞いた言葉。

これこそが彼のキャスターとしての立ち位置だった。

ならば、自分とは考えの違う人達の意見を聞き、

それに対して質問もぶつける、彼が好きな「本質」を

見極めていくためにすべきアプローチがあったと思う。

古館氏に熱量があったせいか、レギュラー・コメンテーターは

総じて「静かに語る」方ばかりだった。

これはテレビ演出のひとつだと思うが、

そんなコメンテーターにも時に反対意見をぶつけてくれたら良かった。

報道ステーションは視聴率が高かった。

番組の考えに共感する人とそうでない人の両方にとって

魅力的な番組だったのだろう。

私は後者だが、それでもプロレスアナとして古館ワールドに引き込まれ、

朗々と語るフリートークライブに驚き、関心し、

報ステも毎日視ていた時期もあった。

「古館ワールド」を作り上げられなかった、不自由だった、

というのが辞めた理由かもしれない。

ならば、正規軍と維新軍のバトルを実況したように、

数々の名勝負をその独特な表現で描写したように、

違う考えをぶつけ合う「報ステ・プロレスワールド」を

視聴者に見せつけて欲しかったな。

テレビとはまさに、プロレスじゃないか。

田原氏や岸井氏、鳥越氏らも素晴らしいレスラーだ。

まるで場外乱闘のような抗議行動だったと思うけれど、

迫力もなく、観客もかつて「右往左往」して客席を逃げ回ったような、

そんな高揚感もなく終わった。

テレビとはまさにプロレス・・・そんなことも、

もう求める時代ではないのだろう。

にしても。

「報ステ・プロレスワールド」を視たかったなあ。