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選挙カーの連呼騒音は規制できない、でも、やめさせることはできる

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(提供:イメージマート)

 騒音問題には季節ネタというものがあります。その季節になると話題になる騒音問題であり、代表的なものは年末になると取り上げられる「除夜の鐘は騒音か?」という話です。結論から言うと、除夜の鐘は騒音ではないと考えています。確かに鐘のそばで音を聞けばかなり大きいですが、距離の離れた住宅で、窓を閉め切った状態での鐘の音はテレビの音より遥かに大きいとまではいえません。時間もせいぜい10数分なので、環境基準の夜間の対象時間(午後10時から午前6時までの8時間)で均した等価騒音レベルで見れば、大した値にはなりません。何より、除夜の鐘は長らく社会に根付いてきた音風景の一つであり、いわば自然の音であるため規制の対象に馴染みません。これらの点から、法律用語で言えば「受忍限度を超えているとはいえない」ということになります。

 夏の盆踊りもその季節になると騒音問題が話題になります。こちらの方は、「無音盆踊り」も定着しつつあり、主催者側の自主規制が進んでいることから騒音問題としての解決ができているといえます。無音盆踊りとは、FMの送信機で音楽を電波として飛ばし、踊り手はイヤホーンでそれを受け取って踊るというものです。音が出ないので苦情に対応できるだけでなく、周波数を変えれば、年配者には「炭坑節」、子供向けには「おどるポンポコリン」と音楽を分けて踊ることもできるということです。この無音盆踊りが見事に定着し、年々、参加者が増えている地域もあるとのことですが、これで地域の親睦が図れるかどうかは心もとない気がします。

 このような毎年の話題ではありませんが、選挙のたびに取り上げられる選挙カーの連呼問題も、一つの季節ネタといえます。いま正に衆議院議員選挙の真っただ中であり、選挙カーも連日走り回り、ウグイス嬢のさえずりが響き渡る日々です。候補者の名前と支持の呼びかけだけを大音量で連呼し続ける選挙カーの場合は紛れもなく騒音ですが、もちろんこの騒音に対する規制というものはありません。

 拡声器を使った拡声放送の規制に関しては2つの条例があります。一つは自治体の騒音防止条例であり、もう一つは右翼などの街宣車などを対象とした暴騒音の規制条例(拡声器による暴騒音の規制に関する条例)です。それぞれ規制の条件には違いがあり、騒音防止条例では、拡声器から10m地点で暗騒音より10dB(デシベル)を超えてはならないという規定であり、暴騒音規制条例では、拡声器から10m地点で85dBを超えてはならないという規定になっています。これを見ると、どちらが厳しいかよく分からないと思いますが、実は規制としては騒音防止条例の方が遥かに厳しいのです。なぜなら、暗騒音が75dBになることは、都会の街頭などを除けば通常は殆どないからです。

 ではなぜ、暴騒音の規制条例があるかといえば、騒音防止条例の罰則は、拘留または科料なのですが、暴騒音規制条例は、6ヶ月以下の懲役または20万円以下の罰金になるのです。暴騒音規制条例の方が罰則が遥かに厳しく、本格的に右翼などの違法な活動を取り締まるための法律になっているのです。

 これらの騒音に関する条例に関して、選挙運動や災害時の放送、運動会などの地域の行事などはもともと規制の対象から除外されています。公職選挙法でも、連呼行為自体は禁止されていますが、車および船舶からの連呼は禁止ではありません。したがって、選挙カーがどれだけ大きな音量で連呼し続けてもそれを取り締まることはできません。学校(保育園等含む)や病院、診療所等の周辺では静穏を保つよう努めなければならないと書かれているだけで、何dB以下という規制があるわけではありません。当然、それ以外の場所ではどれだけ大きな音を拡声器から流しても法律的には問題はないということになりますが、しかし、これでは形の上では暴騒音と何ら違いがないことになってしまいます。暴騒音に対する罰則は上記したように6ヶ月以下の懲役または20万円以下の罰金と大変に厳しいものですが、それだけ影響が大きく、公序良俗に反することだと認識されているからです。

 選挙カーの場合には音量規制がないのですから、学校や病院周辺でどれだけ配慮がなされているのか分かりません。過去の記事をみていると、保育園の保護士の男性が、「せめて午後のお昼寝の時間帯は避けてもらえないでしょうか」とツイートして話題なった記事などが載っていました。これだけではなく、自宅などで病気療養中の人や夜勤明けで寝ている人、育児で大変な思いをしているお母さんなどには選挙カーの連呼は辛く感じられるかもしれません。それ以外の人でも、名前だけの連呼にはフラストレーションが溜まるばかりです。例え、選挙という公益性のある活動に伴うものであっても、選挙カーの過度な拡声器音は間違いなく騒音だと言えます。

 では、このような騒音にどのように対処すればよいのでしょうか。考えられる対策は、道路沿いの所に選挙カーから見えるように、「この地域では拡声器の使用はやめて下さい!住民一同」というような張り紙や看板を立てることです。選挙カーの最終的な目的は住民の支持を得ることですから、それを無視して連呼を続ければ、逆の効果になることはたちどころに分かるでしょう。できれば、文字以外にもすぐに分かるような絵や記号などの統一的なサインがあれば、このような行動が他の地域にも拡がり、ひいては、日本の選挙活動のあり方を変えるきっかけになるかもしれません。

 外国では名前を連呼しながら選挙カーが走り回るという選挙活動はないそうです。以前、日本在住の外国人を対象として日本の音風景に対する評価を調査したことがありますが、嫌いなものの真っ先に挙げられたのが選挙カーでした。外国人だけでなく、日本人でも殆どの人が嫌いではないかと思っているのですが、候補者側は、嫌われてもそれ以上に効果があると判断しているのでしょうか。腹立たしさで、決して名前は忘れないという効果は確かにありそうですが。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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