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3月22日は「世界水の日」。30年のテーマ変遷から「水問題」とは何かを考える

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
井戸の水を使うインドの少女(著者撮影)

水不足、水汚染、温暖化による水循環の変化

 現在、世界人口の4人に1人(20億人)が自宅で安全な飲料水を得ることができない。このうち1億2200万人は、湖や河川、用水路などの未処理の地表水を使用している。(WHO/UNICEF Joint Monitoring Programme (JMP) Report 2021)

 3月22日は国連が定める「世界水の日」。1993年から数えると今年は30回目。1994年から毎年、設定されている重点テーマを振り返りながら、水の課題の移り変わりを考えてみたい。

著者作成
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 この時期は包括的なテーマが多く、「水問題」の定義をしていたと言える。地球に水が偏在していることを確認したうえで、①人口増加、産業の発展にともなう水使用量の増加(水不足)、②生活排水、産業排水による水汚染、③地球温暖化にともなう水の変化などが議論された。

 そのなかで1995年の「女性と水」に注目したい。開発途上国では水を探し運ぶことが、女性の仕事になっている。そのため教育を受ける時間、仕事をする時間を水くみに費やしている。それが貧困状態が続くことにつながる。

「ミレニアム開発目標」期のテーマ

著者作成
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  2000年に「ミレニアム開発目標(MDGs)」が制定された(2001年〜2015年が実施年)。現在の「持続可能な開発目標(SDGs)」の前の目標だ。主に開発途上国が抱える問題をいかに解決するか、いかに先進国がサポートするかが定められていた。

 「ミレニアム開発目標」には、開発途上国が抱える「安全な飲料水と衛生施設を利用できない人口の割合を半減させる」があった。たとえば、5歳以下の子どもの主な死亡要因は下痢だが、90%近くは水と衛生の環境が悪いことで発生していた。

こうした課題を共有するため「世界水の日」では、2001年の「水と健康」、2008年の「衛生」、2010年の「きれいな水、健康な世界」などのテーマが取り上げられた。

 しかし、すべてうまくいったとは言えない。2015年のMDGs最終年までに「安全な飲料水」についての数値目標はクリアできた。なぜ目標が達成できたかといえば、人口の多い中国、インドで改善が進んだためで、サブサハラ・アフリカでは改善されないどころか悪化したところもあった。

 一方の「衛生」については達成できなかった。

 この時期のテーマで注目したいのが、先進国に関連する水問題として2012年「水と食糧の安全保障」、2014年「水とエネルギー」が取り上げられたことだろう。

 まず、水と食料の関係だ。全世界で利用できる淡水の7割以上が食料生産に使われる。その水が「無尽蔵にある」と誤解されたまま使用されていたり、開発途上国の水の少ない地域でつくられた作物が、比較的水の多い先進国に向かうケースもある。また、過剰な農薬や施肥によって水質が汚染されるケースも後を絶たない。

水はエネルギー生産にも必要だ。水力発電は水が重力によって動く力を利用している。火力発電や原子力発電でもタービンを動かすのは水(水蒸気)である。水力発電は重力によるが、火力発電や原子力発電の場合、水を温めることで強制的に動かしている。低炭素技術とされるバイオ燃料製造、集光型太陽熱発電、炭素回収貯留、原子力発電にも大量の水が必要だ。世界のエネルギー関連の水消費は2014年から2040年の間に約60パーセント近く増えるとみられる。一方でエネルギーは水供給、廃水処理、海水淡水化に必要だ。こうした需要の増大により、2040年までに水部門のエネルギー使用量は2倍以上に増える。

 エネルギーをつくるには水が必要であり、水をつくるのにもエネルギーが必要だ。私たちの社会はエネルギーと水を大量消費する連鎖のなかにある。これを断ち切る。エネルギーをつくる水の量を減らし、水をきれいにしたり、運んだりするエネルギーの量を減らさなくてはならない。

「持続可能な開発目標」期のテーマ

著者作成
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 2015年に「持続可能な開発目標(SDGs)」が制定された。2019年の「誰ひとり取り残さない」はSDGsの基本的な理念だ。

 2020年には「水と気候変動」がテーマになった。産業革命以前から、すでに1度上昇している地球の平均気温が、今後1.5度を超えて上昇すると、北極の氷がとけ、温暖化が加速する。気温の上昇は水不足や豪雨災害につながる。豪雨災害は日本でも頻発している。

2019年台風19号での崩壊(著者撮影)
2019年台風19号での崩壊(著者撮影)

 しかし、この年は新型コロナウイルスの感染が拡大し、国連は「手や指の衛生は、COVID-19および他の多くの感染症の拡散を抑えるために不可欠。水と石けん、あるいはアルコールなどをつかって、定期的に手を洗うことを忘れないでほしい」というメッセージを発表した。

 そして2022年のテーマは「地下水〜見えないものを見えるようにする〜」だ。地下水は生態系を支え、人の飲用、生活用水、農業、産業を支える。世界人口の4分の1が生活用水を地下水に依存する。地下水は目に見えないために「無尽蔵」だと誤解され過剰な開発が行われてきた。

 さまざまが取り組みが行われているが、水問題の解決は難しい。2016年から2020年の間に、「自宅で安全な飲料水を得られる人の割合」は70%から74%に増加し、SDGs最終年の2030年までには81%になるが、16億人は取り残されると予測されている。

2018年の「水のための自然」という大切な視点

 そもそも水の問題の解決を人間目線だけで考えるのは無理がある。注目したいのは2018年の「水のための自然」だ。他のテーマは「人間目線のもの」だが、この年にはじめて「自然」が取り上げられた。

大山のブナ林(著者撮影)
大山のブナ林(著者撮影)

 マギル大学ブレース・センターの水資源マネジメントの研究グループは、2050年の世界の予想人口が必要とする水の量は年間3800km3と試算した。これは地球上で取水可能な淡水量に匹敵する。つまり人間だけが地球の淡水を独占しないとやっていけない。人間が享受している自然からの恩恵は失われ、それは同時に人間が生きていけないことでもある。

 これまで水マネジメントというと、人間のための水の供給量を増やしたり、需要を削減することだった。しかし、将来の生態系に必要な水をまず保障し、そのうえで人間の水使用量を逆算して考える必要がある。

 生態系を淡水の正当な利用者として認識する。自然は人類の存在に不可欠であり、人間が生きていくためには、自然が必要とする。その理由は何より、自然が唯一の水の供給者だからだ。そして人類に水やその他の恩恵を提供するために、自然も水を必要としている。健全な生態系は、水をつくるということにおいても、水を浄化するということにおいても、すばらしい機能をもっている。

 将来の生態系保全を最重要に考え、そこから逆算して、水使用量を考える必要があるだろう。それがめぐりめぐって、水の恩恵を受けること、水の脅威をやわらげること、水環境を楽しむことにつながっていく。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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