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水道水の浄水方法には3つあるって知ってました? 長野で開催された水道持続セミナーの驚きの内容

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
令和元年度水道統計(日本水道協会)より作成

施設統廃合の際に、すべての方式を有効活用する必要性 

 2022年2月4日、長野県企業局経営推進課スマート化推進センターは、「伝承!!緩速ろ過の極意」(令和3年度 第10回長野県水道事業実務研修会)をオンラインで開催した。

 長野県は昨年5月、人口減少社会を見据え、水道改革に着手。県営水道と長野市、上田市、千曲市、坂城町で、水道事業の広域化と水道施設の統廃合を検討している。50年後までに整備費など計160億円を削減する計画で、今後の水道料金の値上げを最小限にし、持続可能な経営体制をつくるねらいがある。

 長野県内の浄水施設の内訳は、急速ろ過方式が71か所、緩速ろ過方式が31か所、膜ろ過方式が30か所。

 一般的にはあまり知られていないが、浄水方式には主に3つある。いちばん普及しているのが、以下の図の急速ろ過。沈殿池で大きな汚れを沈め、上ずみを砂でろ過し、消毒する。

拙著「通読できてよくわかる水の科学」より
拙著「通読できてよくわかる水の科学」より

 緩速ろ過は後述するとして、もう1つが膜ろ過。これは微細な穴のあいたフィルターで水と汚れを分離する。穴の大きさによってろ過できる物質が異なる。

拙著「おいしい水きれいな水」より
拙著「おいしい水きれいな水」より

 施設の統廃合を行う際には、現存するすべての方式の特徴を知り、有効活用する必要がある。しかしながら、急速ろ過方式、膜ろ過方式については、運転や維持管理のマニュアルが十分に整備されているが、緩速ろ過については十分といえない。そこで勉強会の開催となった。

緩速ろ過ではなく生物による浄化

 登壇した中本信忠信州大学名誉教授は、長野県上田市にある染屋浄水場をベースに30年以上、水の研究を続けてきた。また、開発途上国での浄水施設の普及に情熱を傾けた。2005年には「藻の繁殖に着目した緩速ろ過技術」で愛知万博「愛・地球賞」、2019年には「生物浄化法による安全な飲料水の普及」で「第21回日本水大賞」(主催:日本水大賞委員会/国土交通省)の「国際貢献賞」を受賞した。

 中本教授は勉強会で「ゆっくりとろ過するから緩速ろ過という名前がついたが、これが運転や維持管理に誤解を与えている。実際には小さな生き物たちが水の汚れを食べる。『生物浄化法』と呼ぶべき技術」と話した。

 かつて、この技術は「小石や砂による物理的なろ過」と考えられていた。英名はSlow Sand Filtration。つまり「砂層にゆっくりと水を流すことによって浄水するしくみ」である。

 しかし、それでは細菌などは砂粒と砂粒の間を通過してしまうはず。1892年、ドイツのアルトナとハンブルグでコレラが流行したとき、「緩速ろ過方式」で浄水されていた水を飲んでいたアルトナ市民は、ほとんどコレラに感染せず、そうでなかったハンブルグでは多くの感染者がでた。砂による物理ろ過では「緩速ろ過法」で細菌が除去できる説明がつかない。

 実は、ろ過池の砂層の表面や密集する藻の隙間には、昆虫の幼虫、小さなミミズ、線虫などの微小な生き物たちがいて、水の濁りや細菌を食べ、分解、除去する。ろ過池では藻は光合成により酸素を生産し、生き物が活動しやすい環境をつくる。中本教授は「生物群集が活動しやすい環境をつくることが、緩速ろ過方式の浄水場の維持管理のコツ」と語った。

拙著「通読できてよくわかる水の科学」より
拙著「通読できてよくわかる水の科学」より

 また「緩速ろ過の浄化時間は非常に長いイメージがあるが、実は数分である」と指摘。ろ過池で生物群集が活躍し、極端に変色している砂層の厚みは約1cmで、この厚みを水が通過する時間は1〜2分である。

 さらに以前は、急な増水などで水が濁ったら対応できなくなると懸念されたが、前処理施設を数段つくり、そこで濁度の高い水をある程度きれいにし、その後、ろ過すれば安全な水ができるとわかっている。

 中本教授は、こうした知見を「おいしい水のつくり方-2」(信州大学繊維学部同窓会 一般社団法人 千曲会)にまとめている。

著者撮影
著者撮影

広域化と施設統合計画の際に必要な「学び直し」

 厚生労働省によると、水道事業体の広域化は2010年代に本格化し、北九州市、大阪府、岩手県、群馬県などに広がった。岩手県の北上市など3市町の水道事業を統合した「岩手中部水道企業団」は、これまでに10浄水場などを廃止し、89億円の将来投資を削減した。

 緩速ろ過方式について、水道に携わる人々は「昔の技術」と感じるかもしれない。だから、複数ある浄水場の統廃合を考える場合、まっさきに緩速ろ過方式の浄水場が候補に上がる。しかし、緩速ろ過を見直すことで、水道事業のコストダウンを図れる可能性がある。

 岩手県盛岡市では施設更新に際し、緩速ろ過、急速ろ過、膜ろ過のコストを建設費、維持管理費の両面から試算した。その結果、盛岡市の地域環境では、緩速ろ過が最もコストが抑えられるとわかった。緩速ろ過のコストの大部分は、ろ過池の建設やろ過砂利など初期投資だが、耐用年数が長いので割安になる。同市の米内浄水場(1934年創設)はいまでも現役で稼働している。急速ろ過の場合、30年程度で機械設備の更新が必要になるので単純に初期投資だけで比較すべきではない。

 また、維持管理については、緩速ろ過の場合、急速ろ過でかかる電気代、薬剤代の節減が可能だ。

 緩速ろ過はろ過池の砂のかき取り作業のための人件費が高いとされる。かつては盛岡市でも毎月、手作業でろ過池のかき取りを行っており、毎月人件費がかかっていた。しかし、3年前、かき取りをする機械を購入し効率化を図り、人手を減らした。かき取りは毎月行う必要はない。原水の質にもよるが、盛岡市では最長4か月程度はかき取りしなくても正常にろ過できている。

 さまざまな要素を100年スパンで比較した場合、緩速ろ過は急速ろ過の2分の1にコストが抑えられるとわかった。

 もう一度、冒頭のグラフを見てほしい。全国の浄水施設の内訳は、急速ろ過方式が2137か所、緩速ろ過方式が1175か所、膜ろ過方式が526か所。財政再建、省力化が必須な時代に、わが町にふさわしい浄水方式はどれか。いまある施設を有効活用する視点での、学び直しが必要だろう。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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