「地震対策・風水害対策マニュアル」の未策定が3割超 水道事業、東日本大震災の宿題

震災後に水汲みに行く人々(釜石市で著者撮影)

当たり前のように出た水がぴたりと止まった

 東日本大震災から9年。あのときの宿題は終わっているのか。それとも手付かずのままなのか。共同通信社が、厚生労働省が危機管理対策マニュアル策定指針を定めている「地震対策マニュアル」「風水害対策マニュアル」の策定状況について調査を行った。

 その結果、「地震対策マニュアル」未策定は水道事業者の約3割、「風水害」を未策定は約4割に上った。策定が進まない理由は「人員不足」「予算不足」「ノウハウ不足」。小さな水道事業者ほど日々の業務に負われてマニュアル策定にまで手が回らない。

「断水マニュアル未整備、3割以上 地震や風水害、全国の事業者調査」

 2011年3月11日に発生した巨大地震と大津波は、生命線である水インフラに壊滅的な打撃を与えた。さらに福島第一原子力発電所の事故により、水道水から基準値を超える放射性物質が検出された。

 人々はペットボトル水の購入に奔走し、店頭からは瞬く間に水が消えた。「空気と水はただ」「安全な水は蛇口をひねれば流れ出す」と考えていた私たちはかつてない水の危機に直面した。

津波に襲われた取水場(陸前高田市にて著者が撮影)
津波に襲われた取水場(陸前高田市にて著者が撮影)

 水道管が壊れ、市中に水があふれる。浄水場の地盤が陥没する。ろ過池や貯水池が崩れる。電源を失い機能停止になる浄水場。水源もダメージを受けた。大量の土砂が流れ込み水が濁る。沿岸部では海水が入り込む。

 蛇口をひねれば当たり前のように出た水が、その日からぴたりと止まった。岩手、宮城、福島、茨城、千葉を中心に220万戸以上が断水した。

 内陸部は各地の水道事業者らによる支援隊が続々と現地入りし、応急給水活動が始まった。その動きは早く、地震の起きた夜には各地の水道事業者が被災地に向かい始めていた。活動が本格化した14日から復旧スピードが上がり、緊急救援の効果が顕著に表れた。最大事には355台の給水車が全国から集まった。

応援給水の様子(著者撮影)
応援給水の様子(著者撮影)

 これは1995年に発生した阪神・淡路大震災以降、大都市の水道事業者の間で相互支援方法が考えられていたことが大きい。たとえば、仙台市が被災したら札幌市の水道局は苫小牧からフェリーで現地に入るなどと、シミュレーションしていた。実際には津波の影響があり、急遽秋田へ出るルートに切り換えて給水車を入れたが、具体的に割りふりを決めて訓練していたことが活きた。また、普段は相容れない主張をもつ水道関連団体が同じテーブルにつき、一丸となって復旧活動に取り組んだことも大きかった。

 4月7日、11日の余震で復旧作業は後退、一時現場は疲労感、絶望感につつまれた。それでも作業の手が止まることはなかった。

 しかし、水道事業は地域環境に左右される。沿岸部の復旧は難しかった。標高の高い内陸部は比較的作業がしやすかったが、海沿いの津波に襲われた地域、液状化した地域の作業は困難を極めた。震災直後、沿岸部は情報すら入ってこなかった。なんとか被災地に行けるようになっても、まず路上に堆積した瓦礫と土砂を取り除くことから始めなくてはならなかった。

水源を失ったまち

 阪神・淡路大震災、新潟県中越沖地震(2007年)と東日本大震災には決定的な違いがある。前者は水道管破損が中心であり、作業によって復旧できた。しかし、後者は津波で水源がやられた。

 6月初旬、津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の水道供給率は7%だった。震災前、町は6つの浄水場で井戸水を汲み上げていた。そのうち1か所が津波で壊滅、3か所の井戸に海水が入り、飲用できなくなった。町は新しい水源を確保し、仮設の導水管を敷設し始めたが、水道管を渡す主要な橋が津波で落下しており、普及は困難を極めた。

 岩手県釜石市で、給水施設までポリタンクやバケツを手に水をくみに行く人たちの姿を見た。20リットルのポリタンク2つに水をいっぱいに入れ、自宅まで運ぶ。手押し車を使っている人もいたが、手で運んでいる人もいた。

 瓦礫も復旧を阻んでいた。水道管を直したら、通水前に一度、各世帯につながる管の栓を閉める必要がある。管に穴が開いていたり、蛇口を閉めていなかったりすると、水が流れっぱなしになる。この作業は瓦礫を移しながら行わなければならなかった。

 千葉県浦安市では舞浜地区や新浦安地区など、市内の4分の3を占める地域で液状化現象が発生し、ライフラインが被害を受けた。水道管の詰まり、ズレ、蛇行、亀裂が発生し、マンホールがあちこちで浮き上がった。下水道管が詰まって流れないところでは、水道が復旧したにもかかわらず水道の使用は制限された。水使用量が多くなれば、下水道に負荷をかける、当たり前だが普段は忘れていたことに気付かされた。

耐震化の必要性

 震災を通じて水道がかかえている問題点が浮かび上がってきた。盛んに言われ始めたのが水道管や浄水施設の耐震化の必要性だった。

 東日本大震災では激しい横揺れによって水道管が継ぎ手部分で抜けた。これによって断水が起きたわけだが、耐震性のある水道管(耐震管)であればある程度防げたと考えられる。日本水道協会の「水道事業ガイドライン」の指標では、「ダグタイル鋳鉄管」と呼ばれる素材で、かつ接続部が「耐震継ぎ手」のもの、材質が「鋼管」のものを主に耐震管としている。水道管のジョイント部分が伸び縮みする構造で、鋳鉄管の長さの1%の伸縮が可能なため、4メートルの水道管であれば、4センチメートル、ひとつの管には2つの継ぎ手がついているので最大8センチメートルの伸び縮みが可能になる。これによって震災時の揺れに対応しようというわけだ。

 だから原型復旧ではなく耐震性のあるものを使用してほしいという要望が強かった。耐震化はコストアップ要因ではあるが、応急給水や復旧事業のコストはそれを上回るという声もあった。

 しかし、議論はやがて冷え込み、耐震管の普及率は低いまま。全国の耐震適合性のある基幹管路の割合は39.3%にとどまっている。

水道管の実態は悪化の一方

 宿題は手付かずのまま。いや、どんどん増えている。

 老朽化した水道管の破裂事故は、毎年1000件超。法定耐用年数40年を経過した管路(経年化管路)は15%あり、法定耐用年数の1・5倍を経過した管路(老朽化管路)も年々増えている。2018年6月18日に発生した大阪北部地震では、水道管が破損し、21万人が一時的に水を使えなくなった。

 業務の民間委託が進み、水道現場を担う職員の減少が加速した。1980年に全国に7万6000人いた水道職員は、現在は4万5000人ほどになった。全国的に水道事業から地域の水環境についての知見や専門性の高い技術が失われ、多発する災害への対応が懸念される。

 被災直後、優秀な水道技術者の適切な処置によって、小さな町が救われたケースはいくつかある。震災後に水道が復旧していく過程では、ベテラン職員の知恵が難局を救った場面が何度もあった。地震でマニュアルが失われるなか、ベテラン職員の頭のなかに入っていた配管図やバルブの位置が役立ったケースもある。彼らの指示で同時にいくつものバルブを微調整し、通水エリアが広がった。

 ベテラン水道マンは、かつては修理現場に泊まり込んで先達から技術を学び、市民のライフラインを守る誇りをもっていた。それが管理を外部委託するようになり、技術も失われるようになった。

 2018年に改正された水道法では、資産台帳整備が義務付けられた。台帳は施設や水道管の現状把握や将来予測に欠かせない。今後の事業計画に欠かせないものだが、厚労省の調査では全国の約4割の自治体が正確な図面をもっておらず、小規模事業者はこの割合は多くなる。民間のコンサルタントの活用がうながされているが、事業が赤字で費用の捻出が難しいケースもある。つまり、基盤強化の第一歩を踏み出すためには人と金の手当が必要だ。小さな事業者に自助努力を求めるだけでは、基盤強化は掛け声だけになるだろう。

水害への対策も必要

 2019年の台風19号は各地に甚大な被害をもたらした。国土交通省によると、豪雨で川の堤防が壊れる決壊は7県、71河川、140か所で発生。川の水が堤防を越える越水は16都県の延べ285河川で発生した。

 同時に数多くの浄水場が浸水し、断水が発生した。福島県いわき市では平浄水場の運転停止により4万5400戸が断水した。宮城県丸森町では町内の浄水場の取水機能が停止。水道管も各所で破損し、全域で断水となった。完全に断水が解消されたのは10月末である。このとき発覚したのが危ない場所にある浄水場だ。浸水想定地域にある浄水場3152、そのうち2552施設が防水対策がなかった。

 今後もこのクラスの台風がたびたびやってくるだろう。気候変動という課題にどう向き合うかが急務だ。今回冠水した浄水場は、流域内で水が集まりやすい場所にあり、今後も冠水する可能性がある。今回の台風は「これまでにない」「特別なもの」ではない。地球温暖化で海水温が上がり台風はエネルギーを蓄える。

流域単位での水害対策が必要

 台風19号の際は、治水の面で「流域単位で考えるべき」という意見が出ていたが、水道事業も自然の水を相手にする仕事なので、流域という視点をもったほうが合理的だ。

 山に降った雨は、尾根で分かれ、低い所へと流れ、川に集約され、海へ出る。この流域という視点で水道事業を見直すと、さまざまなものが見えてくる。森林が荒廃すれば貯水機能は弱まり、渇水や水害のリスクは高まる。水田の減少は地下水の減少につながる。同じ流域に住む人は同じ水を使い、時には洪水や渇水、水質汚染などの影響をともに受ける。

 流域という視点で水循環を健全にしていく人材と部署が自治体内に必要だ。水道事業の広域化で人知を集積してダウンサイジングを図ったり、逆に、数軒しか家がないような集落では独立型の水道を考えるなど、地域や環境に合ったさまざまな対策を講じていかなければ水道事業は継続できない。さらには多発する豪雨災害への対策、荒廃した森林の保全など、水道の枠を超えて総合的に水行政を担う人材も必要になる。