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石木ダム建設事業に第三者委「妥当」。将来世代の負の遺産にならないか。

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
石木ダム事業用地(著者撮影)

第三者委「妥当」、市民グループ「水需要増に根拠なし」

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業を巡り、佐世保市水道局が再評価を示した。それは、「1日の市民1人当たりの水使用量は、全国の同規模都市の水準に近づいて増加する」「不足する水量約4万立方メートルを石木ダムで賄えば費用対効果が高い」というものだ。

 それに対し、佐世保市が諮問する第三者委員会は、2月28日、3回目の会合を開き、「概ね妥当なものと認める」と結論付けた。

 一方、3月1日に市民団体が集会を開催。「架空の予測値を設定し、ダムの必要性を創出した」と批判し、審議のやり直しを求める宣言を採択した。

 だが、こうした議論に関心のある長崎県民、佐世保市民は少数派と言える。「自分の生活との関連性が見えない」という声、「計画された公共事業は反対しても実施される」という声がいる。

 この2つの声について考えてみたい。

青森県知事の政治的な決断

 まず、後者から。たしかに「計画された公共事業は止まらない」と言われる。

 しかし、過去には止まった公共事業もある。青森県と秋田県を結ぶとされていた青秋林道である。

 1978年、ブナ原生林を横断する林道計画が持ち上がった。秋田県八森町(現八峰町)の町長が青森県西目屋村、岩崎村(現深浦町)、深浦町、鰺ヶ沢町に「青秋林道」建設を働きかけた。

秋田県側につくられた林道は青森県境で突然終わる(著者撮影)
秋田県側につくられた林道は青森県境で突然終わる(著者撮影)

 青森、秋田両県の交流が目的とされたが、そこに具体性はなく、八森町議会の議事録には、「青森の森林資源を秋田のものにできる」という趣旨の町長発言があった。それゆえ工事とそれによって伐採される木材など、八森町側の業者の利権獲得が本当の目的だったと考えられている。

 1982年、秋田県、青森県側ともに工事が始まる。

 ところが1983年、鰺ヶ沢町の赤石川で天然記念物のクマゲラの生息が確認された。秋田側は1986年に工事が完了したが、青森では反対運動が激化していった。

 林道工事予定地である赤石川源流域は、水源涵養保安林に指定されていたが、1987年、国がルート周辺の指定を解除する方針を決めた。この強引なやり方に反対運動はピークに達した。

 地元で反対が広がった背景には、苦い経験があった。1945年3月22日、赤石川で土石流が起き、下流の大然集落で87人が死亡した。記録によると災害発生の前日、奇妙なことが起きていた。村を流れる赤石川の水かさが、やけに少なくなったのだ。村人たちは異常事態に気付いたが、その意味までは考えなかったようだ。

 実はこの時、赤石川の上流では、水の流れがせき止められていた。この冬の豪雪によって自然のダムができていたのだろう。川の流れを氷の塊がせき止める「アイスジャム」だった可能性もある。夜になると激しい雨が降り続き、これによってダムが決壊した。大量の雪、土砂、水が村に襲いかかった。雪混じりの鉄砲水を、雪泥流という(雪泥流の威力は非常に強く、気候変動が大きくなる中、寒冷地で被害が出る可能性があるとされている)。直撃を受けた集落では、家も住民もたちまち押し流された。

 さらに1955年には東北電力の発電用ダムが赤石川に建設され、たびたび渇水が発生した。戦後、ブナが伐採され、赤石川の水量が減り、名物の金アユ(赤石川に生息するアユは、魚体が金色を帯びていることから「金アユ」と呼ばれている。川に含まれる黄鉄鉱の成分がアユに吸収され、背や腹部を金色にするのではないかと言われている)が取れなくなりサケ、マスのふ化場にも悪影響を及ぼした。沿岸部では海藻が枯れ、磯焼けの現象が起きた。漁獲量は最盛期の半分以下に減ったという。自然を破壊することが生活の破壊につながるという事実を、暮らしの中で感じ取っていた。

 1990年、青森県の北村正哉知事(当時)は工事の凍結を宣言した。

 自然保護の立場から工事を凍結させたわけではない。知事は新聞のインタビューに答えて「青秋林道が青森県民の所得向上に1円でも寄与するならば断固としてやる。しかし、あんな山奥に道路を造って、どれだけの人や車が行き来するのか。経済的なメリットがない」と言っている。

 すなわち事業が止まった理由は2つ。

 1つは森林伐採による河川流量の減少、生き物への影響、農林漁業の不振により、流域住民が反対の意思表示をしたこと。

 もう1つは「経済的にメリットのない林道を造っても意味がない」と、青森県知事が中止の政治的決断をしたことだ。

 この決断は現代に参考になる。経済的にメリットのない不合理な公共事業が、「計画されたから」という理由だけで粛々と進むことが多いからだ。計画時には合理的な理由があっても、工事をはじめる段階では環境が変わり、合理的理由を失っているケースもある。そうなると地元の建設業者などに短期的な利益はもたらしても、将来の市民にはツケを残す可能性もある。

昭和は水需要拡大時代、令和は水需要減少時代

 公共事業は規模が大きいほど計画から実施までの時間が長くなる。その間に社会が大きな構造変化を起こすことがある。

 水道が普及していった高度経済成長期は、1人あたりの水使用量が増える、人口も増えるという時代だった。この課題の解決方法として各地でダムがつくられていった。

 しかし、時代は変わり、当初の需要予測を大きく下回ることになった。料金徴収の対象となる水量(有収水量)は、2000年の日量3900万立方メートルをピークに減り続けている。2015年には日量3600万立方メートル、2065年には日量2200万立方メートルになると予測される。

 全国的に見て、水道事業者の大きな課題は、有収水量の減少による経営の悪化である。簡単に言えば、水道水が売れなくなっている。

 家庭で使用される水を家庭用水、オフィス、ホテル、飲食店等で使用される水を生活用水と呼ぶ。1人あたりの生活用水使用量は減っている。2000年頃は1人1日322リットルほどだったが、そこから少しずつ減り、現在は297リットルになっている。

 これは節水機器の普及が大きい。たとえば、水洗トイレ。20〜30年前には1回流すと13リットルの水が流れていったが、現在では1回4・8リットルの便器が主流だ(最新型は4リットル以下)。世帯別で考えてもかなりの節水になるが、オフィスビルが建て替わるとトイレが一新され、大規模な節水が行われるようになる。今後も世界的な水不足に対応するため節水技術は進歩していく。すでに家庭内で水を何度もリユースする技術が開発されており、これが普及すれば1人あたりの水使用量は大幅に減る可能性がある。

 同時に人口が減っている。現在の日本の総人口は約1億2000万人だが、2065年には約8800万人になると推計されている。1人が使う水の量が減り、人口が減るので社会全体の水使用量が減っていく。

 人口が減少すれば、過去につくったインフラの稼働率は低くなる。「思ったより人が増えなかった」、「想像していたより早く人が減っていく」、「想定していたよりも水を使わない」ということになり、現在の水道施設の利用率は全国平均で6割ほど。つまり、4割は余剰だ。

 そうしたなか、各地の水道事業者はダウンサイジングを考え始めている。これは施設を減らしたり、小さくすること。人口減少に直面する地方ほどダウンサイジングが急務だが、都市部でも無縁な話ではない。

 水道は装置産業で多額の固定費がかかっている。投資分よりも水需要が少なければ水道料金が上がる。

 かつては水需要の増加に合わせて施設を増やす必要があったが、社会の変化によって、現在は、現有施設を有効活用すること、大事に長く使うこと、無駄な設備を廃止していくことが大切と考えられている。

石木ダム建設は未来を見据えたものか

 では、長崎県が計画する石木ダムはどうか。社会の構造変化に対応した計画と言えるだろうか。「自分の生活との関連性が見えない」とう声があるが、はたしてそうだろうか。

 たしかに佐世保市は長年水不足に苦しんできたが、近年は人口減や節水家電の普及によって水需要は減っている。

 新日本監査法人「人口減少時代の水道料金はどうなるのか?」(2018年発表)は、全国の水道事業者の給水人口や水道料金の変化を予測したものだ。これによると佐世保市の2015年の水道料金は4119円(1か月に20立方メートル使用した場合)だが、2040年のそれは5827円で、背景には23%の人口減少があるとされている。

 冒頭の佐世保市の説明では、市の水需要の予測値は今後増えていくことになっている。それがダム建設の根拠になっている。これについて多くの人が納得する説明が必要になるだろう。

建設予定地に座り込みをする地元の人たち
建設予定地に座り込みをする地元の人たち

 その一方で、同市には1日約1万トンの無効水量(主に漏水)がある。せっかく浄水場を出発したのに家庭に届く前に、水道管の穴から水が漏れている。

 これについてダム建設より老朽管対策をしたほうが有効ではないのかという意見がある。地道に水道管路を更新したり、水漏れしている箇所を修繕すれば、蛇口まで届いていなかった無駄な水が減り、浄水場でつくる水量を減らすことができる。これは水道の経営改善につながる。

 一方で、ダムには莫大な費用がかかる。現在、総事業費は285億円、佐世保市の負担金は約67億円と見積もられているが、これはダム本体にかかる費用であり、導水・浄水施設など付随施設設備費を含めると約360億円が見込まれる。佐世保市の予測する水使用量の増加がなければ過大投資となり、将来世代へ膨大なツケを残すことになる。

 決断は現代人の多数決だけでしてよいものではない。現代に生きる私たちは、子や孫よりも自分たちの暮らしを優先しがちであり、このままでは未来へ負の遺産を残してしまう可能性もある。そうならないためにも将来世代の利益を考える必要がある。自分の生活だけでなく、子や孫の生活に関わる大きな決断になりそうだ。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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