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ASEAN外相会議で米国務長官指摘「ダム建設でメコン川の流れを支配する中国」

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
村上雅博著『水の世紀』を参考に作成(構成著者/イラスト加藤マカロン)

ASEAN外相会議で指摘された中国のダム建設

 河野太郎外相は8月3日、タイ、ベトナムなどメコン川流域5カ国との外相会議をタイの首都バンコクで開いた。5カ国の地域協力の枠組みである「経済協力戦略会議(ACMECS)」へのインフラ整備を含む開発パートナーに日本が参画することで合意した。

 経済活動を行うには水が欠かせない。

 この数日前、東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国との外相会議が、7月31日、バンコクで開かれた。

 中国が軍事拠点化を進める南シナ海の問題が主要議題だったが、南シナ海に注ぐメコン川にも注目が集まった。米国のポンペオ国務長官が、7月31日、関連会合で、中国のダム建設を批判したのである。

「中国はダム建設を通じてメコン川の流れを支配しようとしている」

「下流の水の流れをコントロールしている」

 メコン川は、チベット高地の源流から5000メートルの高さを流れ下る。6か国を流れ、下流デルタを形成し、南シナ海に注ぐ。

メコン川流域(著者作成)
メコン川流域(著者作成)

 流域諸国はメコン川の恩恵を受けている。ラオスは水力発電量の半分をメコン川に依存しているし、タイは耕地の50%が流域に存在するし、ベトナムではメコン川の三角州で米生産の半分以上が行われている。

 メコン川のように2つ以上の国を流れる川を国際河川という。上流にある国が思いのままに水を使うと、下流の国にストレスを与える。これが争いの原因になる。

 日本人が水問題に敏感でないのは、「雨に恵まれ、水資源が豊かだから」と考えられている。

 だがそれ以上に、島国であるためメコン川のような国際河川がなく、水利用するときに、他国との関係を気にする必要がないからだろう。

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流域での水不足や洪水は人災か

 メコン川の最上流に位置する中国は、次つぎに大型ダムを建設している。

 ダム建設は下流域に大きな影響を与える。中国がダムによって水量をコントロールすると、メコン川の水量は増えたり、減ったりする。

流域は水を分配している(著者作成)
流域は水を分配している(著者作成)

 タイ・ラオス国境地帯では、ダム建設前とくらべて漁獲量が減っている。タイの穀倉地帯では水不足が深刻になっている。ベトナムでは、川の水位が下がり海水が逆流する現象も起きた。そのため淡水養殖場の魚が大量死した。

 あるいは予告なしのダムの放水などによりメコン川下流域で水位が上昇し、洪水の原因になっているとされている。

 四川大地震の後、中国は雨による2次災害を恐れ、ダムを開き放水した。2009年夏のメコン川流域の洪水は、これが原因と考えられている。

 特に2010年に完成した雲南省にある景洪ダムによる放水は、ラオス北部やタイ北部の田畑、家屋、漁業に被害を与えていると米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア」が伝えている。

 タイの環境団体によると、2019年になって3.7メートルの河川水位の上昇が観測された。これは過去37年間の観測で最高だった。このためメコン川の中州や島で畑が水没し、農作物が甚大な被害を受けた。

 中国では景洪ダムのほかに現在7つの水力発電ダムが稼働している。

 さらに雲南省、青海省などで20のダムが建設中あるいは計画中といわれ、下流域への影響はますます深刻になるだろう。

メコン川流域のダム(メコン川委員会作成)
メコン川流域のダム(メコン川委員会作成)

無力化するメコン川委員会

 1995年、下流域のタイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの4か国は、互いの河川利用に関する利害の調整を図る目的で国際組織「メコン川委員会」をつくった。

 委員会は一定の成果を上げた。90年代にタイとベトナムが対立した。タイがダム建設による電源開発を進めた際、下流に位置するベトナムは「上流の開発のために川の流量が減り、塩害が起きて困っている」とダム建設の中止を求めた。しかしタイは「自由な水利用」を譲らなかった。この時、メコン川委員会が両国の主張を調整し、その後、本流へのダム建設は凍結された。

 しかし、この組織には大きな問題がある。上流に位置する中国とミャンマーは未加盟で、オブザーバー参加にとどまっている。下流に位置する4か国だけで協定を結んでも、上流国の行動を抑止できないので根本的な解決は図れない。

メコン川委員会加盟国(著者作成)
メコン川委員会加盟国(著者作成)

 中国ではメコン川を国際河川と認識している人は少ないとも言われる。「瀾滄江という国内河川」なので「自国内の水を使うのは主権の範囲」と大規模ダム計画を着々と進めている。

 メコン川委員会は、環境保護団体などと連携して中国政府に対応を求めるが、中国側は「自分たちの水利用はメコン流域に影響を与えてはいない」の一点張りで、事態は悪化の一途をたどっている。

 メコン川委員会の内部でも温度差がある。中国は巨大経済圏構想「一帯一路」に積極的なカンボジアに巨額の支援や投資をする一方で、政治・外交的な見返りを求める。それゆえ自国内の流域農民や漁民の被害の実態を公表していない。

 かつて中国の温家宝元首相は「水不足は中国の生死を分かつ」と発言したことがある。中国の水不足は深刻だ。水が足りないという状況を前に、主要な河川の上流に相次いでダムを建設している。

 メコン川は環境面だけでなく周辺住民の生活にも直結した河川である。上流国の中国が優先的に利用すれば、下流国の利用は厳しくなる。水利権紛争の可能性があり問題解決が必要な河川である。

 日本もメコン川流域国とともに経済活動を行うのであれば、この問題の当事者ということになる。関係国だけでなく国際社会で考えていく必要がある。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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