再公営化されたパリ市の水道事業、日本が学ぶべきことは

老朽化した水道管の内部(著者撮影)

パリ市の水道実務者が証言する民営化

 日本の水道事業は、人口減少や節水型社会の進行などで収入が減少している。経営が悪化し、老朽化した水道管などの施設の更新が遅れている。

 先の国会(第196回)では、水道事業に関連する法改正が議論された。

 1つは、改定PFI法の成立。

 PFIとは、公共施設の建設、維持管理、運営を民間の資金、ノウハウ・技術を活用して行うこと。PFIの一形態である「コンセッション」という手法を使えば、高速道路、空港、上下水道など、料金徴収を伴う公共施設について、所有権を公に残したまま、運営権を民間に売却できる。

 とくに上下水道事業については導入インセンティブが設けられ、地方公共団体が過去に借りた高金利の公的資金を、補償金なしに繰上償還できることになった。

 もう1つは、水道法改正案が衆議院で可決されたこと。その後、参議院に送られたものの会期切れとなり、次期国会で審議される予定となっている。

 審議中に問題視されたのは、法案に盛り込まれたコンセッションだ。国会では、

「20年以上もの長期間、民間に運営を任せることで、事業が不透明にならないか」

「サービス低下、不適切な料金値上げが起きないか」

「民間企業の倒産時や災害時の事業体制はどうするか」

「自治体に責任を残すというが、長期間民間に任せておいて、責任遂行能力は残るか」

 などの質問が出たが、明確な回答は得られなかった。

 そうしたなか、民営化された水道を「再公営化」した仏パリ市の水道公社「オードパリ」の業務部長、ベンジャミン・ガスティン氏が、9月21日、衆院第1議員会館で開かれた水循環関連イベントで講演した。

 パリ市では1985年以降、水メジャー2社とコンセッション契約などを結び、事業運営を任せた。ガスティン氏によると「契約期間の25年間、経営は不透明だった」「料金値上げがたびたび行われたが、その理由も行政、市民に十分説明されなかった」「契約事項がきちんと実施されているかのモニタリングはとても難しかった」という。

 今年2月、元パリ市副市長、アン・ル・ストラ氏によると、「料金は1985年から2008年までに174%上がった。施設更新など必要な投資ならよいが、パリ市の場合、金の流れに関する情報公開が不十分で、再公営化後の調査では、利益が過少申告されていたこともわかった。7%と報告されていた営業利益は、実際には15~20%であり、差額がどのように使われたかがわかっていない」という。

 その結果、2010年、水道事業の委託先はオードパリ社(100%公営で市による管理。株主はなし。独自の予算を持った半独立の法人)に切り替えられた。

 一般的にパリ市の再公営化の事例は、「政治的なもの」と解釈されることが多いので、現場の実務者の発言は注目を集めた。

水道事業の範囲を長い目で見直す時代に

講演するガスティン氏(著者撮影)
講演するガスティン氏(著者撮影)

 ガスティン氏の話で考えさせられたのは、「水道という仕事」の範囲と時間である。

「持続的な水供給を考えるなら、空間的に広い計画が必要だ。パリ市だけでなく同じ水の流れをともにする周辺地域、さらには流域で考えていく」

 オードパリは公営企業として5つの異なる流域、12の県、300以上の自治体とパートナーシップを結んでいる。

「パートナーシップを結んだ広い範囲で、地下水マネジメントも行っている。法的な枠組みのなかで、水源地はオードパリが所有し、保全活動を行う。私たちは必要な水源をすべて保全対象としている」

 さらに、水道事業は水を確保し、浄水し、各家庭に配水するだけが仕事ではない。様々な領域での公共政策に貢献しなくてはならないと考えている。

「たとえば、水資源管理、生物多様性、持続可能な農業、持続可能な地域開発、循環型社会、食料の地産地消など。長期的な水保全と水質改善のために、地域連携、地方自治体、農業セクター、NGOとの連携も必要だ」

 同時に、長い時間軸で水道事業を考えている。

 19世紀から培ってきた水関連の設備・資産など、遺産を受け継ぎながら未来に向けた開発を行う。

 特殊な技術の継承とデジタル時代への適応。

 公営企業として、古くなった設備を新しい設備に更新するだけでなく、過去を受け継ぎ未来に向けて継承するという哲学をもっている。

「5年間の経営計画あるが、2018年から2038年の計画、さらにその先まで見据えている」

 そのためにもっとも必要なのは人材育成だ。

「技術・独自の専門性に基づく総合的産業アプローチだ。水の生産(取水、水源保全、運搬導水、浄化)、供給(メンテナンス、揚水、貯留、流量制御)、管理(水質管理、計量、課金、顧客サービス)などの分野がある。仮に業務を民間企業に任せるのであれば、しっかり監督をするために、自分たちで専門技術をもつ必要があり、内部には研究所もある」

 官民連携するにしても決して丸投げにしない。スタッフが十分な知識、将来の課題にとりくむための専門性を身につける。すべてのスタッフがモバイルデバイスをもち最新テクノロジーを駆使しながら、一方でワークショップを行い、古い機械の維持管理方法など匠の技を継承している。

「これからは気候変動、デジタル化という変化が激しくなる。政府の信頼低下、民間企業への不信も起きている。だから"水道事業以上"にならなくてはならない。すなわち公共政策の一部になることだ」

 気候変動をはじめとするさまざまな変化が起きている時代だからこそ、公の力が試される。広い範囲で、かつ長期的な展望をもちつつ、柔軟に対応する姿勢は大切である。

コンセッションは変化に弱い

 こうしたパリの動きから日本で進められようとしている民営化(コンセッション)が学ぶことはないのか。

 コンセッションは当然ながら、「契約」と「契約の遂行」が重要になる。

 自治体と民間企業が互いの責任と役割を明確にし、きちんとした契約を作り、あらゆるリスクを想定した上で、金額も含めた契約条件が決まる。

 契約の際、現状を把握できなかったこと、将来起きることが見通せなかったことが、海外では失敗につながっているため、日本では契約とモニタリングを強化しようとしている。

 1つの危惧は、コンセッションをまじめにやろうとするほど、変化に対応しにくくなるということだ。25年後が現在と何も変わらないなら、厳密な契約を結び、粛々と業務を履行すればよいかもしれない。

 しかし、そんなはずはない。予測より早い人口減少、気候変動にともなう災害や水環境の変化、あるいはパリ市が行っているような水行政のあり方の変化などが起きるはずであり、コンセッションはそれらに柔軟に対応することは難しいだろう。

 2000年~2014年の間に、世界35か国180都市で水道事業が再公営化されたが、主な要因は「事業者の経営不振」である。予想以上の人口減少や想定外の災害はその引き金になるだろう。そして、こうしたリスクをヘッジしようとすれば、企業の取り分は多くなり、水道料金は高騰するだろう。

 よく「海外の再公営化した自治体は一握り。多くは民営化を継続している」という指摘があるが、その場合でも、コンセッションよりも自治体の裁量が多い「アフェルマージュ」という方式に切り替えられたり、25~30年という長期契約では変化に対応しにくいという理由で5年契約に縮められたりしている。

 こうしたことを考え合わせると、長期間、企業に運営権を売却するコンセッションという手法は日本の現状に合っていないのではないか。

 先の国会では水道法の議論はわずか7時間だった。次期国会では大所高所から水政策のあるべき姿が論じられることを望む。

<記事修正>

修正前:

 パリ市では1985年以降、水メジャー2社とコンセッション契約などを結び、事業運営を任せた。ガスティン氏によると「契約期間の25年間、経営は不透明だった」という。

 正確な情報が行政、市民に十分に開示されず、料金は1985年から2008年までに174%上がった。施設更新など必要な投資ならよいが、パリ市の場合、金の流れに関する情報公開が不十分で、再公営化後の調査では、利益が過少申告されていたこともわかった。7%と報告されていた営業利益は、実際には15~20%であり、差額がどのように使われたかがわかっていない。

修正後:

 パリ市では1985年以降、水メジャー2社とコンセッション契約などを結び、事業運営を任せた。ガスティン氏によると「契約期間の25年間、経営は不透明だった」「料金値上げがたびたび行われたが、その理由も行政、市民に十分説明されなかった」「契約事項がきちんと実施されているかのモニタリングはとても難しかった」という。

 今年2月、元パリ市副市長、アン・ル・ストラ氏によると、「料金は1985年から2008年までに174%上がった。施設更新など必要な投資ならよいが、パリ市の場合、金の流れに関する情報公開が不十分で、再公営化後の調査では、利益が過少申告されていたこともわかった。7%と報告されていた営業利益は、実際には15~20%であり、差額がどのように使われたかがわかっていない」という。

(修正日:2018年10月25日)