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京急踏切事故から1年。現場で改めて感じる「たられば」

橋本愛喜フリーライター
(写真:REX/アフロ)

京浜急行線下りの快速特急電車と大型トラックが衝突した事故から今日でちょうど1年になる。

2019年9月5日。現場は、横浜市神奈川区の「神奈川新町~仲木戸」間の踏切だ。

同日午前4時ごろ、千葉県香取市の運送会社を出発した大型トラックは、横浜市神奈川区にある青果市場で荷を積み、予定通り千葉県成田市へ向けて出発。

ところがトラックは青果市場のある出田町ふ頭を出た先で、会社から教えられた正規のルートから外れると、最終的に京急の線路と並行する小道に進入。踏切を右折しようとしたところ立ち往生し、午前11時40分ごろ京急下りの快速電車と衝突した。

事故当時、ネット上では電車とトラックどちらに非があるのかという憶測と、それに伴う双方への誹謗中傷が激しく飛び交った。

とりわけ死亡したトラックドライバーには、世間から「トラックドライバー運転下手クソか」、「方向音痴の高齢者なんて使うな」といった心無い言葉が多く向けられた。

トラックドライバー本人が死亡したことで、どうして彼が過去数回使用した正規のルートを外れたのか、どうして小道から抜けるのに左折から右折に切り替えようとしたのかなどは、もはや想像の範疇を超えない。

今日で7度目になる現場取材でも、やはりその答えは見出せなかった。

以下は1年前、ハーバー・ビジネス・オンラインに寄稿した記事の抜粋だ。

(元記事:元ドライバーが京急踏切トラック事故現場を再訪して検証する、4つの「たられば」

元トラックドライバーとして、事故車と同じルートを走り感じた「たられば」を、改めて紹介したい。

<現場を走って感じた4つの「たられば」>

1.標識がもっと分かりやすかったら

15号線を右折した先にある標識(手前・奥)情報量が多く、木の葉がかかっているのが分かる(昨年筆者撮影)
15号線を右折した先にある標識(手前・奥)情報量が多く、木の葉がかかっているのが分かる(昨年筆者撮影)

現場を走ると感じるのは、小道手前の道路にあった2枚の標識の「情報量の多さ」だ。

その道路の制限速度は、時速40km。同時速のクルマは、1秒で約11m進む。そんな中、情報が凝縮された標識を早朝4時から働き始めた67歳が瞬時に見て理解するのは、決して簡単なことではない。

また、その標識は現在、2枚とも道路の奥のほうに設置されているのだが、実はそれよりも手前に、大型車でも余裕を持って回避できそうな側道がある。

「最終警告」ともなるこの標識が、もしこの側道よりも手前にあったら、回避のチャンスが1つ増えていたのではと思えてならない。

さらにもう1つ気になったのは、標識に街路樹の葉がかかっていたことだ。今回の事故の直接的な原因になったとは考えづらくも、こうした行政による街路樹の管理は徹底してほしいと改めて思う。

2.「4軸低床車」でなければ

3軸高床車(上)と4軸低床車(下)(読者提供)
3軸高床車(上)と4軸低床車(下)(読者提供)

トラックに乗ったことのない人にはあまり気付かれないのだが、大型トラックには種類がある。現在よく使用されているのは、「4軸低床車」と「3軸高床車」だ。

「4軸車」は、横から見るとタイヤが4列(前輪2軸、後輪2軸)、「3軸車」は3列(前輪1軸、後輪2軸)になっている。

「低床車」は文字通り、トラックの荷台の底が低く、「高床車」はそれが高い。今回事故を起こしたトラックは、タイヤが4列で床が低い「4軸低床車」だった。

決してこの4軸低床車自体が悪いわけではないが、事故車が同車だと知った瞬間、真っ先に浮かんだのが、もし今回のトラックが3軸高床車だったら、彼は立ち往生しなかったのでは、という思いだった。

大型トラックの全高(クルマの高さ)は、法律で「3.8m以内」と決まっている。

一方、現場は少しでも多くの荷物を運びたい。そのため、天井を上げる代わりに荷台の床を下げ、スペースを広げた。

こうして床を低くすれば、必然とタイヤも小さくする必要がある。タイヤを小さくする分、その数を増やして荷の重さに耐えられるようにした。これが「4軸低床車」だ。

そのため同車は、多くの荷物を運べるだけでなく、タイヤの数が多くなることで接地面積も増えるため、ブレーキの利きもよく、直進運転が安定。床が低い分荷積みも幾分楽になる。ゆえに同車は、精密機械の輸送や、それほど重くないものを大量に運ぶのに重宝されている。

が、その反面、前に2軸、後ろに2軸タイヤがあることで、3軸車と比べると「小回り」が利きにくくなるというデメリットが生じる。今回の事故は、それが仇となった可能性が考えられるのだ。

この推察について、現役のトラックドライバーに意見を求めたところ、多くの同意があった一方、「あの道は4低じゃなくても曲がれなかっただろう」、「3軸車だったら左折はできたのでは」という意見もあった。

いずれにしても、やはりあれほどの小道に車長のある大型貨物トラックが進入するのは無理がある。

現時点では、車長の短い大型ダンプなども通るためか、当該の小道は大型車の進入が禁止されていないが、今後、全国の小道・路地含め、進入可能車の確認や細分化、見直しなどを検討していくべきだろう。

3.警察を呼んでいれば

トラックドライバーは世間から「運転のプロ」とみなされる。無論、ドライバー本人たちも、プロ意識が強い人がほとんどだ。

が、トラックドライバーも人間である以上、時には大なり小なりミスはする。

今回のドライバーも大きなミスを犯した。が、それは世間の言う「小道に入ったこと」でも、「踏切を右折したこと」でもない。「無理だとすぐに判断できなかったこと」だ。

この件でも現役ドライバーに、どうすれば今回の事故は防げたか意見を聞いたところ、「手前の道路で早めにUターンするべきだった」、「小道をバックして戻るべきだった」といった声のほか、「警察を呼ぶべきだった」という回答が多数出た。

トラックは車体が大きいため、立ち往生すると周囲に多大な迷惑を掛ける。その時のプレッシャーは、普通車の比ではない。

が、そこで無理をして周囲のクルマにぶつけたり、歩行者と接触したりすれば、どんな言い訳もきかなくなる。

それゆえ、立ち往生した時は潔くプライドを捨てて自力での脱出を諦め、警察に誘導要請するべきであり、それができる人こそが、「真のプロドライバー」だというのが、多くの現役ドライバーの意見だった。

ちなみに、警察を呼ぶべきなのは、トラックドライバーや踏切での立ち往生に限ったことではなく、普通車がどんな道を通った際でも同じだ。

交通課の警察は、「交通整備」も職務の一環であるため、誘導要請のために110番しても叱られたり、違反切符を切られたりすることはない。

4.トラックを降りていれば

今回の事故で何よりも残念なのは、彼が最後までトラックを降りなかったことだ。

どちらにせよ電車との衝突が避けられなかったのならば、彼にはせめて衝突前に脱出していてほしかった。

警報機が鳴り始めて電車が衝突するまでは約30秒。彼はこの時間を、逃げるためではなく、現状を挽回するためのものとして捉えたのだ。

トラックドライバーは、世間からその印象を「強引」「ヤンチャ」「自分勝手」などとされがちだが、実際は、非常に繊細で責任感の強い人が多い。

ましてや彼は、67歳で入社1年足らず。トラックに傷をつけてはいけない、会社や社会に迷惑を掛けてはいけない、という心理が強く働いたに違いない。

幹線道路から突如現れる小道、大型トラックの大容量化、ドライバーの高年齢化。

踏切に付いた黒いタイヤ痕から、車体が引きずられ止まったベニヤ板の仮壁までの約20m。踏切の音を背に何度も歩いて見えたのは、日本の運送業界が抱える問題の縮図だった。

少しの工夫で避けられたかもしれない彼の死。今回の事故が、少しでも今後の物流や道路環境改善の教訓として活かされることを切に願わずにはいられない。

(抜粋ここまで)

<事故から1年経った現場は>

事故現場に残されたタイヤ痕(昨年筆者撮影)
事故現場に残されたタイヤ痕(昨年筆者撮影)

1年が経った事故現場からは、その痕跡がほとんど消えていた。踏切内に残っていた生々しいタイヤ痕も、ベニヤ板が立てられていた衝突現場も修復されていた。

逆に1年前になかったものがある。小道に入る直前や踏切前に掲げられた看板だ。トラックの侵入に対して注意を呼びかけるものだが、大型車の進入そのものは今でも禁止になっていない。

去年はなかった看板(筆者撮影)
去年はなかった看板(筆者撮影)

事故が起きた時間、京急社員の姿は現場になかった。

鉄道が好きだという4歳と1歳の子どもが、無邪気に電車に手を振っていたことが非常に印象的だった。

フリーライター

フリーライター。大阪府生まれ。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆・講演などを行っている。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。メディア研究

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