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「トイレの消臭剤を自らの体に吹きかける」コロナ禍でトラックドライバーが直面している現実

橋本愛喜フリーライター
写真提供:ヒロ・サワヤさん(トラックドライバー)

「ガソリンスタンドにある洗車機の水で体洗ったんですが、寒くて死ぬかと思いました。飲んだらダメな水かもしれませんが歯も磨きましたよ」(30代男性大型トラックドライバー)

コロナ禍のトラックドライバーを取材してきた中で、今のところ一番インパクトを受けた言葉だ。

貨物輸送の実に約9割をトラックが担っている日本。これは、今顔を上げて視界に入るほぼ全てのモノが、一度はトラックに載ったことがあることを意味する。

物流を止めたらどうなるか。その末路を一番よく知る彼らトラックドライバーは、このコロナ禍においてもいわゆる「エッセンシャルワーカー」として全国各地を走り、これまで以上の使命感をもって荷物を運んでいる。

新型コロナウイルス感染拡大によってテレワークや巣ごもり生活がなされるようになり、世間からも物流関係者たちへ「私たちの生活を支えてくれてありがとう」という労いの言葉をよく聞くようになった。

純粋でまっすぐなトラックドライバーたちは、そんな言葉に「当たり前のことをしているだけだから」と照れながらも、その表情や語り口からは一様に誇らしさが垣間見える。

<コロナ禍で起きた知られざるトラックドライバーの苦労>

4月中旬、突如として彼らが愛用しているシャワールームが閉鎖された。

世間にはあまり知られていないが、各大手のガソリンスタンドの中には、トラックドライバーたち向けにシャワールームを無料で開放している店舗が数多くある。

厚意で貸してくれているそのシャワールームは、給油のついでに身を清められる、彼らにとってはもはや日々の生活や労働に欠かせない最も身近な「オアシス」。

トラックステーションのコインシャワーはどこも常に「使用中」で、スーパー銭湯などの施設は大型トラックの駐車枠を設置しているところがほとんどないのだ。

そんな中、同施設が新型コロナウイルス感染拡大防止のため突如閉鎖となり、全国のトラックドライバーは一斉に「シャワー難民」と化したのである。

「これから日に日に暑くなっていくのに、今からシャワーが使えなくなるのは考えられない」

「衛生面が保てなければ感染リスクは高まる。本末転倒だ」

「これからますますドライバーへの偏見が増えるのでは」

そんな現場の声が届いたのか、結果的にほとんどのガソリンスタンドが1週間ほどで閉鎖を解除。おかげでトラックドライバーは感染リスクに配慮しながらも、今まで通りシャワールームを利用することができるようになり、全国のドライバーは皆胸をなで下ろしたのだった。

<シャワーがなかった1週間>

こうしてシャワーを取り戻した彼らに、そのシャワー難民と化した1週間をどのように乗り切ったのか聞いてみたところ、次々に想像だにしなかった対処法が集まった。

冒頭の大型トラックドライバーの言葉は、その時に聞いたうちの1つだ。

その他にも、

「赤ちゃん用のお尻拭きで体を拭っていました。肌が敏感なので、みんなが使っている爽快感のあるボディシートだと刺激が強すぎるので」(50代男性大型トラックドライバー)

「コンビニのカップ麺用のお湯をいただいて、タオル濡らして体を拭きました」(男性長距離トラックドライバー)

「公園のトイレでシャンプー。洗面台と蛇口の距離が近いので大変だった。体は、ボディソープを濡れたタオルにちょっとだけ垂らして拭いていた」(40代トラックドライバー)

など、それぞれの奮闘がうかがえるものばかりだ。

同じ頃、「労いの声」があがる一方で、トラックドライバーたちには「コロナ運ぶな」という心無い言葉が投げかけられたり、除菌スプレーを吹きかけられたりするなどの差別的言動も多く発生していた。

さらに、トラックドライバーを理由に家族が診療を拒否されたり、後述するが、中にはドライバーの家族が出勤や登校を拒否されたという事例も複数起きている。

それらは感染拡大地域を行き来する彼らへの完全なる偏見だ。

トラックドライバーは業務のほとんどを1人車内で過ごし、現場作業時も単独で荷積み・降ろしすることが多いため、実際のところ感染リスクはむしろ低いといえる。

しかし、前出のトラックドライバーの声にある通り、衛生が保てなければ話は別。日々暑さが増してゆく4月。身を清潔に保てなくなれば、差別の深刻化さえも考えられた。

先の見えないコロナ禍の中、「シャワーなし」の生活はさぞ不安だったに違いない。

<「トイレの消臭剤を自身の体に吹きかける」でもあっけらかん>

しかし、そんな彼らに同情を向けながら話を聞く中で、「1週間の過ごし方」以上に感心させられたことがあった。

その「口調」である。

実に明るく、そしてあっけらかんと話すのだ。

「自分は体中に『ファブリーズ』ぶっかけてましたが、周囲には『トイレその後に』を使っている人もいて負けた気がしました(笑)」(40代長距離トラックドライバー)

コロナ禍で仕事がなくなった他業種からは、「トラックドライバーにでもなるか」という声が聞こえてくる。

実際、ゴールデンウィーク前後には、ドライバー未経験の就職希望者が近所にある運送企業に突然履歴書を持って現れたという話もあった。

一部からは「底辺職」とも揶揄されるトラックドライバー職。ちょっと我慢して運転の練習をすればトラックドライバーは誰にでもなれると思っている人が多いのだろうが、彼らのその「口調」からは、「にでも」でなれる仕事では決してなく、彼らにとって同職は「底辺職」どころか「天職」なのだと改めて痛感させられる。

<家族にまで及ぶ偏見や差別>

コロナ禍においては、トラックドライバーの家族に対する差別も各地で起きている。

シャワー問題が終息してすぐのこと。地方で長距離トラックドライバーをしているという読者からこんな相談メールが届いた。

「日本有数のメーカー工場で長年働いている妻が、夫である自分がトラックドライバーをしているという理由で半月以上出社拒否に遭っている。しかも年次有給休暇を消化して休まされているため、今後子どもの学校行事などに参加できなくなってしまう」

このメールの数週間前、愛媛県新居浜市では小学校に通う児童数名が、長距離トラックドライバーをしている親が感染拡大地域に行ったという理由で新年度の入学式・始業式への出席を断わられ、自宅待機させられるという出来事が起きたばかりだった。

※参照:<新型コロナ>トラック運転手の子に「自宅待機を」 愛媛の小学校で入学式など3人欠席(東京新聞)

運送企業やトラック協会による指摘・抗議でこの自宅待機措置は撤回・謝罪されたものの、その登校を断られた児童の中には新1年生も含まれており、大人の勝手な判断で人生の大切な行事に出席できなかった事実は今後変わることはない。

メーカーからの回答書
メーカーからの回答書

そんな出来事があった直後の相談メール。やりきれない思いで同メーカー本社に調査要求と質問状を送付したところ、2工場計8名の取り扱いに該当する事実があったという調査結果と、「当該従業員には謝罪し、特別休暇を付与。有給休暇としては加算しないよう処理する」という内容の回答書が返ってきた。

その後、ドライバーの妻は現場に復帰。有給消化も撤回され、同件は解決に至ったのだが、こうしたドライバーやその家族への差別や偏見に関する相談は後を絶たず、中には「仕事があるだけでもいいと思え」という当て付けのような内容が送られてきたというケースもあった。

<コロナがもたらすもう1つの症状>

新型コロナウイルスは咳や発熱などの他に、もう1つ大きく深刻な症状が出ることがある。

「人間性疾患」だ。

トラックドライバーだけでなく、医療従事者やスーパーの店員、保育士などのエッセンシャルワーカー、海外におけるアジア人などへの差別や偏見など、「見えない敵」の出現によって、今まで隠されていた人間の暗部がむき出しになって表れ続けている。

ヒトは、そんなに醜い生き物だったのだろうか。

報道やトラックドライバーからの報告を耳にするたび、そんな思いに陥ってしまうが、登校を断られた前出の愛媛県の児童が事情を説明された後、自身の母親に「じゃあ、お父さんはすごいお仕事をしてるんだね」と興奮気味に語っていたと聞いた時には、心が洗われる思いがした。

フリーライター

フリーライター。大阪府生まれ。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆・講演などを行っている。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。メディア研究

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