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熱中症から高齢者を守るために:行動科学を活用した情報伝達のコツ

原田隆之筑波大学教授
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

熱中症での死亡者の急増

 今月に入って東京都内で熱中症によって死亡した人が100人を超えたとの報道がありました。これは新型コロナウイルス感染症による同月の都内の死亡者数の約10倍です。全国では、救急搬送された人は、先週1週間だけで12,000人を超えています。しかも、列島を覆う猛暑はまだしばらくの間続きそうです。

 統計的に見ると、年代別では70代以上が8割を占めています。また亡くなった人のうち、83人はエアコンを使用していなかったということです。

 高齢者の死亡が多いのは、体力的な問題に加えて、温度に対する感覚が弱まっていて「危険」の察知ができにくいこと、そもそも体内水分量が少ないため脱水状態になりやすいこと、脱水状態に陥ってもそれに気づきにくいこと、などが原因として考えられています。

 さらに、心理・社会的な原因も考えられます。第1に、熱中症に関する情報が伝わりにくいこと。第2に、伝わったとしても「長年大丈夫であったから大丈夫だ」という経験に基づく「楽観バイアス」を持ちやすく、自分自身のこととして考えにくいこと。第3に、冷房への苦手意識や節約意識から、エアコンに対する拒否感があることなどが挙げられるでしょう。

情報の氾濫

 熱中症の危険情報や対策については、国や自治体などがさまざまな情報を発信し、啓発活動を進めています。しかし、情報の内容と伝達の方法、それぞれに問題があるように思います。

 内容に関しては、情報が氾濫しすぎていて、受け手としては何をどうすればいいのかわかりにくいという問題があります。たとえば、環境省と厚生労働省による啓発資料(図1)には、5つのポイントが示されていますが、その下にまたいくつもの項目が小さく並んでいて、一見コンパクトにまとまっているようで、実はそうなっていません。しかも、「4 日頃から健康管理をしましょう」「5 暑さに備えた体作りをしましょう」というのは、長期的には大事なことですが、いきなり今言われても対策の取りようがありません。

図1(環境省・厚生労働省 令和2年度の熱中症予防行動)
図1(環境省・厚生労働省 令和2年度の熱中症予防行動)

 

 また、環境省の別の資料(図2)は2ページにわたっており、どれもイラストやグラフなどを使って見せる工夫をしているのはわかります。しかし、やはり情報が氾濫しすぎていて圧倒されそうです。2ページ目の右下にある「予防法メモ」をもう少し簡潔にしたものだけでもよいのではと思います。

図2(環境省 熱中症~思い当たることはありませんか?~)
図2(環境省 熱中症~思い当たることはありませんか?~)

 80代の高齢者が、このすべてに目を通して対策を取るということは現実問題として、非常に難しいのではないかと思います。

 新型コロナ感染症対策では、「三密の防止」ということがよく言われますが、これはとても優秀なメッセージだと思います。このように、理想的な対策をすべて並べるよりも、特に重要なもの3つくらいに絞って、そしてできるだけ具体的な行動の言葉として提示するのが効果的です。また、文字情報だけでなく、インパクトのある少数のイラストなど視覚的情報を用いたほうがより効果的です。

 人間の記憶のスパンは、言うまでもなく加齢とともに低下します。伝える内容を絞って、頭のなかにいつも置いておけるようにするほうが現実的な効果があります。

 したがって、1つの案として以下のような例が提案できます。こうした簡潔な内容を、自分の問題としてとらえてもらえるように伝える工夫が重要です。

あなたの命を守るために

1 30℃を超える日は出歩かず、エアコンをつけて過ごしましょう

2 1-2時間おきにコップ1杯の水を飲みましょう

3 入浴前と就寝前には水を飲み、エアコンをつけて寝るようにしましょう

情報伝達の方法

 もう1つの問題は、情報の伝え方です。環境省と気象庁は、今年から「熱中症警戒アラート」を関東甲信地方で試行的に運用しています。しかし、これはLINEを使っての配信です。高齢者にもLINEを使っている方はいると思いますが、わざわざ「友達登録」をして情報配信を受ける人はどれくらいいるでしょうか。

 そもそも高齢者には、デジタル情報に拒否感や苦手意識がある人が多いことは、ずっと前から言われていますし、研究データにもそれが示されています。1)

 実際、コロナ対策の際には、さまざまな自治体が特に高齢者に情報をどのように伝えるかについて、工夫を凝らしていました。ウェブサイトのようなデジタル情報だけに頼らず、防災無線、チラシ、看板など、古典的な情報伝達の方法を試みていたようです。2)

 重要なことは、複数のチャンネルを通して、情報を伝えることです。また、家族や地域社会の人々が、直接高齢者に伝えることも効果的です。情報が受け取られる際には、身近で信頼の置ける人からの情報のほうが行動変容に対する効果が大きいと考えられています。3)

 情報は流せばいいというものではありません。完璧性よりも現実的な取捨選択のほうが重要な場合もあります。何をどのように伝えれば、相手に届くのか。そして、それが効果的な行動変容につながるのか。今以上に心理学など行動科学の知識を活用することが大切です。

文献

1) Hough MG J Bus Ecom Res, 2(6), 2004

2) ITmedia NEWS. WebやSNSでの発信では限界がある 2020.5.19

3) Zimbardo P et al. Influencing attitudes and changing behavior. 1977

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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