カザフスタンの「コリョサラム(高麗人)」――デニス・テン選手のルーツ

羽生結弦選手が金、デニス・テン選手が銅メダルを獲得した2014年のソチ五輪(写真:ロイター/アフロ)

すでに和解したことが報じられたが、フィギュアスケート世界選手権(ボストン)の3月30日に行われた公式練習中に、カザフスタンのデニス・テン選手が日本の羽生結弦選手の進路を「妨害」したとされる問題が話題となるなか、テン選手が自身のメールボックスに、見知らぬ人からの人種差別的な非難のメールがあふれていると明かした

テン選手のインスタグラムから察するに、その差別は彼が「コリョサラム(高麗人)」と呼ばれる朝鮮系のルーツであることに対するものだろう(テン選手のインスタグラムにはその後、羽生選手との「和解」を示す握手での2ショット写真もアップされている)。

2年前のもので恐縮だが、羽生選手が金メダルを、テン選手が銅メダルを獲得した2014年のソチ五輪の際に書いたコラムを以下、紹介したい。

アジア系が表彰台を独占したソチの男子フィギュア

2月23日までロシアのソチで開催されていた第22回冬季オリンピック。14~15日に行われたフィギュアスケート男子シングルでは日本の羽生結弦が金メダル、銀メダルはかねてから羽生のライバルと目されていたカナダのパトリック・チャン、銅メダルはカザフスタンのデニス・テンだった。

メダル授与式に先立つフラワーセレモニーで表彰台に立つ3人を見ながら、ああ、3人ともアジア人だなと改めて思ったが、フィギュアにまったく興味がない人なら疑問に思うかもしれない。羽生はともかく、「カナダのチャン、カザフスタンのテンがアジア系?」と。でもそうなのだ。チャンは名前からも想像がつくように、カナダ出身だが父母ともに香港から移住した中国系の選手。フランス語を第一言語とする高校を卒業し、家族の日常言語が広東語であったことから、フランス語、英語、広東語に堪能らしい。現在はアメリカの大学で学んでいる。

苦難の歴史を持つ中央アジアの「高麗人」

またカザフスタンのテンは、いわゆる高麗人だ。カザフスタンやウズベキスタンなど、旧ソ連邦だった中央アジア各国には高麗人と呼ばれる朝鮮系の人々が少なくない。19世紀後半、朝鮮王朝末期からの生活苦から逃れて当時のロシアに、また20世紀に入ってからは日本帝国の支配に抗い当時のソ連に、豆満江を越えて極東地域に移住し暮らしていた朝鮮人たちは、日露戦争を経て第二次世界大戦勃発後、1930年代には日本のスパイだという疑いをかけられ、スターリンによって中央アジア地域に強制移住させられたという苦難の歴史を持つ。さらにテンは大韓帝国の義兵隊長、閔肯鎬の玄孫だということから韓国でも注目される選手だという。

スポーツで知る移民問題や民族・人種問題

今回のソチ五輪は、ロシア・プーチン政権によるセクシュアル・マイノリティの人権弾圧をめぐって問題含みだが、そもそも五輪自体、不必要にナショナリズムをあおるとして批判する声も多い。ただ、たとえば今回の表彰台の様子を見たフィギュア好きの若者が、「なぜカナダ人とカザフスタン人が羽生君と同じ顔してるの?」と疑問に思ったりするところから、移民問題や民族・人種問題に興味を持つきっかけになればいいな、とは思った。このような問題が「可視化」されにくいここ日本においては、目を開くための扉になりうるかもしれない。そういえば、2010年に南アフリカで開かれた前回のサッカー・ワールドカップに北朝鮮代表として出場した鄭大世の涙を見て、在日コリアンの存在を知った人が世界に何人いただろうかと、ふと思う。

ただし、これを書いているのは女子ショートプログラムを終えフリーを控えた20日夕方。前回金メダルの韓国のキム・ヨナが首位で、同銀だった日本の浅田真央は16位。ある程度想定内とはいえ日本語のインターネット上を見る限り、もちろん一部だと思うが目を開くどころか閉ざしているような言葉の洪水だった。これが現実か。

(『週刊金曜日』2014年2月28日号「メディアウォッチング」)