t『文化通信』(メディア産業の総合専門紙)2月12日号を読んでいたら、こんなコラムに目が止まった。

 2年前に閉店した池袋リブロの菊池壮一さん(日比谷図書文化館)の「書店員の目、図書館員の目」で第1回のタイトルは「行きつけのリアル書店の大切さ、一冊の大切さ」。

 池袋リブロが閉店した時のことを菊池さんはこう書いている。

〈閉店後何日間かは、事務所整理、備品撤去などで忙しく過ごしたが、店舗の明け渡しが済むととてつもない喪失感に襲われた〉

 むろん仕事がなくなったというのもあるだろう。しかし、それとも少し違う。

〈私は自分の本はほとんど(リブロの)池袋本店で買っていたのだが、これからどこで買えばいいのだろう。他の大型店をのぞいてみるのだが、並べ方や分類がなじまない。書名を見ても著者名を見てもまるで響いてこない。「本を買うという行為」がパタッとできなくなってしまった〉

 そうなのだ。よく寄っていた書店が、特に、家族でやっているような小さな書店がなくなっていくのは実に寂しい。

 店主や店員と本について話をする楽しみは大型書店にはない。むろん、大型書店には大型書店の良さがあり、たいていの本は揃っている便利さはあるけれど、忙しそうに立ち働いている店員さんに声はかけにくい。だから何十ぺん通っても「馴染みの店」にはならないのだ。

 ぼくが学生時代から銀座に出ると必ず覗いていたのが近藤書店と教文館。

 近藤書店は狭いのだが1階が雑誌、2階が書籍、3階は洋書のイエナだった。まず雑誌売り場を見て、2階へ。平積みの本も棚の本も並べ方がぼくの好みに合っていた。イエナは雑誌を眺めるだけで、1冊も買ったことがないのは英語を学んでいた身としては情けない。

 そこから教文館へ回る。1階は極端に狭いが、階段(この階段の幅がなぜかしっくりくる)を上ると、売り場全体に開放感があるのが好きだった。

 文藝春秋時代に中村義治社長と知り合いになり、夜、銀座に出ると必ず寄った。白髪の中村社長はいつも店の前で椅子に座って客を迎えていらして、ちょっとした話をするのが楽しかった。

 キリスト教を基盤とする書店で、中村社長もクリスチャン。ある時、当時文藝春秋の社長だった田中健五さんと一緒に中村社長と食事をし、2次会で田中さん行きつけの麹町のピアノバーに寄った。

 順番が来たら、中村社長、いきなり賛美歌を歌われ、びっくりしたのも懐かしい思い出だ。

 その後、ぼくが朝日新聞出版局に移り、『uno!』という女性誌を創刊した時は、とても力を入れて3000部以上、売って下さった。2004年に亡くなられた。

 教文館は今や、銀座で唯一の路面店、今も時々、行っているが、近藤書店は2003年に店を閉じた。あの緑のカバーも保存しておいたのだが……。

 2000年に全国で21495店あった書店が、2017年には12526店、9000店近くが、やめてしまったわけだ。

 菊池さんのコラムを読んで懐かしい書店、消えてしまった書店と、顔馴染みになっていた書店員さんたちのことを思い出した。

ちなみに僕が今いちばん好きなのは神保町、すずらん通りの東京堂書店。