12年という歳月は長い。

ぼく自身の12年前というと――。

『編集会議』という雑誌をやっていた。ライターや編集者になりたいという若い読者向きの月刊誌で、出版界の大先輩たちに話を聞いたりして楽しかった。

井上ひさしさんから、「毎号自分で買って、おもしろく読んでいる」というハガキをいただいて感激したことも。

と、こんなことを思い出したのも『6才のボクが、大人になるまで。』という映画を見たからだ。

人生というものを深く考えさせる傑作だ。

なにしろ同じ俳優たちが12年間、毎年集って、その家族の物語りを演じ続けたというのだから。

監督がこの映画を思いつき、製作会社を当たるとこんな返事が返ってきたという。

「すごいアイデアだ。しかしお金が返ってくるまで12年も待つのかね。うちは銀行じゃない」

「だったらあんたはプロデューサーじゃなくて、銀行家になるべきだよ」

主人公の6歳の少年は12年で18歳の大学生になり、姉は娘として成長してゆく。両親や、周りの大人たちも齢をとる。

むろん、彼らを演じる俳優たちも齢をとる。

監督は『恋人までの距離(ディスタンス)』でベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞したリチャード・リンクレイター。『恋人まで――』に続く『ビフォア・サンセット』『ビフォア・ミッドナイト』も、心にしみるいい映画だった。

あの三部作も同じカップルの数年後、またその数年後という設定だったから、この監督、時間に対する意識が強いのだろう。

舞台はテキサス。

離婚を繰り返す男運の悪い母親(パトリシア・アークウェット)、姉(ローレライ・リンクレイター=監督の実の娘だ)と暮らす6歳の少年メイスン(エラー・コルトレーン)が、実に愛らしい。

売れないミュージシャンで、アラスカを放浪、クルマだけはGTOを乗り回すという、典型的なダメ親爺をイーサン・ホークが楽しそうに演じている。

映画は坦々と、実に坦々とこの家族の12年間を描いていく。

突然、同年代の2人の子供を持つ大学教師と再婚する母親。子供たち同士は仲良く暮らしているのだが、新しい父親は口うるさく、酒乱で、母親に暴力を振るい始める。

2人の子を連れて家を出る母親。男には騙され易いが、この母親、勉強熱心で大学に通い、ついには大学の教師になる。

その間、また再婚。

2人の父は時々、現れて、姉と弟に人生について教えてくれる。齢ごろになり、ボーイフレンドのできた娘にこんな忠告をしたりする。

「妊娠には気をつけること。そのためには二つの方法がある。ひとつはセックスしないこと。もうひとつは必ずコンドームを使うこと」

この映画を見ていると、アメリカの家族というものについて考えさせられる。

離婚した相手とも平気でつき合い、その再婚相手を呼んでパーティをしたり。ある意味クールというかベタベタしていないのがいい。

映画の中で、成長した少年のガールフレンドがこう言う。

「一瞬を掴まえろというけど、一瞬の連続が私たちを捕まえるのよね」

人生は一瞬の連続だ。