朝日新聞の大久保真紀編集委員に質問がありまーす。

7月12日付朝日新聞の「ザ・コラム」という欄に大久保真紀編集委員が志布志事件について書いている。

志布志事件と言ってもピンと来る人は少ないだろう。

2003年春、鹿児島県議選で初当選した県議が、志布志町の懐集落で住民らを買収したとして15人が逮捕され、県議夫妻と住民ら13人が起訴されたという事件だ。

取り調べの段階で6人が自白したが、裁判では否認に転じ、鹿児島地裁は被告全員を無罪とし、検察は控訴せず、無罪が確定した。

なぜ、やってもいない買収を自白したのか。

長期に渡る勾留(住民は最長185日、中山議員は395日)と強引な取り調べによって被告たちが追い込まれていく無法な捜査については粟野仁雄さん(フリージャーナリスト)の『警察の犯罪 鹿児島県警・志布志事件』(ワック刊)に詳しい。

この本の出版にはぼくも関わっていたので、大久保編集委員のコラムはことのほか興味深く読んだのだが、国と県を相手に損害賠償を求めて民事訴訟を起こした藤山忠さんのことに触れた部分で、どうにも納得いかない点がある。

「無罪判決の後に県警本部長なり担当刑事なりが志布志に来て我々に謝罪してくれていたら、民事訴訟なんて起こしていなかったと思う」

藤山さんのこの言葉を引いて大久保編集委員はこう書く。

〈なぜ警察は謝らないのだろう〉

そして松本サリン事件で犯人とされた河野義行さんの件に触れ、コラムをこう締めくくっている。

〈人はだれでも間違いを犯す。だが、その過ちを、自ら認め、謝ることができるかが、人としての分かれ道になる〉

全くおっしゃるとおりだ。その結論に異論はない。

ならば、大久保編集委員は慰安婦に関する朝日新聞の誤報(捏造と言うべきだが)に関してはどうお考えなのか。

吉田清治なる詐話師のデタラメな話を度々引用し、「従軍慰安婦」「強制連行」なる誤報をタレ流し続けてきた自社の責任を、どうお考えなのか。朝日新聞の誤報が元で、今や日本は「性奴隷」の国とまで非難されている

〈人としての分かれ道になる〉そうだが、誤報をしながら謝らない朝日はいったい、どっちに曲がっていったのか。

大久保編集委員にぜひお聞きしたい。

朝日はなぜ謝らないのか。